二年生の階だけ不気味なほど静まり返っている。
教室の窓から見えるオレンジ色の裏山を絵の具で切り取る。同級生は今頃、
北海道に到着した頃だろうか。修学旅行に参加しない者は、その期間登校しなければならない、と知らされた時は目眩がした。
修学旅行も授業の一貫であり、例え参加しないにしても学校へ行かなければならないとのことだった。
しかしいつものように授業を受けるのではなく、こうして好きな教科を選択して自習したり、図書室にいればいいそうである。これはこれで新鮮で、
ゆったり満喫してるのが本音である。
人の目を気にせずに学校にいれるのは居心地が良かった。彼女は図書室で漫画を持ち込み、一日中教室から出ない。
僕は物音一つしない自分の教室で寝るか、こうして美術か音楽を選択する。
この開放的な学園生活も今日で最後となる、来週の月曜日には、また賑やかに同級生が溢れるのだろう。そして修学旅行の話題で大いに盛り上がるのである。
残された僕は、更に開いた皆との温度差を嫌でも感じなければならない。
少々憂鬱ではあるが、今はそのことは考えずにいようと決め、筆を置く。
椅子にもたれ、両手を頭の後ろへ組む。丸二日間かけただけあって、見事に美術室から見える裏山が手元の画用紙に切り取ることが出来た。昼寝でもしようとブレザーのボタンを外す。冬物を出したばかりで、防虫剤の臭いが鼻を突き抜ける。
彼女はなぜ修学旅行に参加しなかったのだろう、と考えた、様子見ついでに図書室に向かうことにした。図書室の中の様子を、廊下からドアの窓越しに覗くが誰もいない。
ふと教室の端のカーテンが揺れるのを見つけ、ドアをゆっくりと開けて中へ入る。
図書室のベランダを覗くと、ヘッドホンをはめた彼女が体育座りの姿勢で眠っていた。頭を右膝に乗せて、体操着のジャージを身体にかけていた。
長い睫に半開きの口元が子供っぽく見え、愛らしく思えた。男子生徒の噂では彼女はなかなかの美人で、隠れた人気女子らしい。だが最初に会った日以来、化粧はまったくせず、地味で無口な印象を受けた。お寺で話す彼女と、
学校で見る彼女は大きく異なった。
彼女だけ皆より一つ年上だし、馴染めないでいるのか、と訪ねたこともある、
しかし答えは違っていた、彼女はつまらない話を聞くのが苦痛らしく、飾らないのも魅力的な異性がいないからだと言い放った。
昼過ぎからまた雲がかかり寒くなるだろう、自分のマフラーを彼女の首に巻き付け、少し身体を揺すった。
だらりと下がる腕が動き始め、長い睫の下からガラスのように澄んだ瞳がゆっくりと開き、僕を捉える。
「風邪ひいても知らないぞ」
彼女はまた瞳を閉じ、軽く微笑んだ。
口元が微かに動いたが何を言ったのかわからなかった。
僕は図書室を出る前にもう一度揺れるカーテンを見る。あそこが彼女にとって、学校にいる間の非難場所であり、
心が落ち着く隅っこであり、孤独でいられる絶対的空間なんだろう、と勝手に思った。
地球上には隅も端も最果てなんかも存在しない、地球は丸いのだ。
最果ての先が奈落としよう、そして仮に奈落は"死"として、最果ては"死を決めた場所"もしくは"死を決めた瞬間"と置き換えてみる、そうすれば地球上どこにいようが最果てにたどり着くことができる。
そう、最果ては存在するのである。
『僕の最果てはどんなんだろう』と考えながら、煙草を吸いに裏門へ足を運んだ。
けさ駐輪場で自転車に鍵を掛けるのを忘れた、当然の結果だろう。日が落ちるのを待ち、彼女を後ろに乗せてやっと近くのコンビニに着いた。
自転車を止める間もなく彼女は颯爽と荷台から降り、店内へ向かう。
僕は予想以上に後ろではしゃぐ彼女を、落とさないようにここまで全神経を身体のバランスに集中させた。当然だ、自転車を盗まれたと彼女に告げると、みるみる彼女の顔が明るくなり『漕げ』と命じられた。それだけじゃない、一度でも彼女を荷台から落とすと、僕は歩いて帰らないといけない、バスで帰ればいいのだが、負けた気がして断れず承諾した。容赦ない暴れん坊を乗せ、ゴールしたのはいいが、まるで体がいうことがきかない。
自転車のサドルにもたれるように崩れ落ち、呼吸を整えていた、真冬だというのに身体から湯気があがる。彼女が店内から出てくる、その手にはコンビニの袋をぶら下げていた。そうだった、ここまで彼女を運べば、褒美としてコーラとパンを買ってくれると言っていたのを思い出した。
霞む目線の先に映る彼女が天使に見える。
駐車場の端でパンを食べていると、怪獣のような大きなジープが乱暴に入って来た。
横目で見ているとまたまた期待を裏切らない派手そうな女が出てくる。 まだ目の霞みが治まらない、頭痛も始まり全てがどうでもよくなってきた。視線を地面に落とす。
「なゆた?」
聞き覚えのある声に反応し、素早く顔を上げた。
「何してんの?で、誰よ、その女?」
「その、友達、、、」
「学校の帰りが一緒だなんて仲いいねぇ、まさか私を裏切ったんじゃないよね?」
うまく呼吸ができない。
まさかこんな所でこいつに出くわすとは。
しかも状況が悪い、僕がバンドをやめてから暗い奴になって一人ぼっちになったって思っている。確かに事実だが、最近友達ができただなんて言ったって信じてもらえるはずがない。
「なゆた、何黙ってんの?あんた約束忘れたんだ」
「いや、そんな、だから友達だよ」
「なんで私に隠れて会うの?」
「隠してたわけじゃないんだよ」
「じゃあ何?」
「言う機会がなくてさ、ごめん、本当に誤解だよ」
「気に入らない」
しゅりの顔が夜叉に見える。いや、今までその奥へ忍ばせていたものが、
たった今顔を出しただけかもしれない。
「ゆるさない」
そう言ってしゅりは車へ戻った、まさかこっちへ突っ込んで来るんじゃないだろうか、あいつならやりかねない。
とりあえずここは逃げるか、と思考をフル回転させるが頭が混乱して冷静な判断も整理もつかない、頭痛が酷くなるばかりだ、どうすればいい!
袖を引っ張られそっちを向く。
「ねぇ?あの人が彼女でしょ?なんかやばくない?あたし帰ろうか?」
「いや、いい、寺に戻ろう」
「何がいいの?何言ってるの?」
立ち上がり顔を上げると、車から男が二人と泣きべそかいたしゅりが出てきた。一瞬で全て察知した、こりゃやられた、名女優め。
「おい、お前か?俺の女に唾かけて罵声浴びせたのは?」
「え?いや、そんな、、」
「この人だよ」
く、デタラメだ、万事休すか。
いきなり男に胸ぐらを掴まれ、腹におもいっきりいいのを食らった。呼吸が出来ない、苦しい、胃液が込み上げる、我慢できずそのまま地面に屈伏した。冷たくざらついた地面の匂いと、
胸や首筋に浮かぶ油汗の匂いが鼻につく。
悶絶してると不意にいい香りがした、
しゅりが僕の耳元に顔を近づけてきた。
「ふふ、痛い?でも許さない、地獄をまだまだ見せてあげる、とりえず二百万返してよね、また連絡するわ」
「 う、二百万!?なんだよそれ、、」
「はぁ?!あんた馬鹿?契約破棄ってことだよ!利子付けてよこせよ、わかった!?」
もう言い返す元気などなかった、しゅりはそう言い残し奴らと車で消えた。
何事もなかったのように大きな車は走っていった。まだ起き上がらない彼に『大丈夫?』と声を掛けた。
『こりゃ参ったよ、だせーな』と言いながら服の汚れを払う。顔を上げバスで帰ると言い出した。流石に引き止めれず、今日のロス人サミットは御開きとなった。
なんだかこんなもんじゃ済まされない、何かが起きる、そんな不安がした。
倒れ込んだなゆたに、あの女はなんて言ったのだろう、ていうか"なゆた"って名前なんだ。
月曜日がっこ来るかな、彼を見送りながら煙草に火をつけた。