姫発が自らの肩布を脱ぎ、寝ている子供たちにそれを掛けた、まさにその同じ時、いびきをたてているもうひとりの人物がいた。
敗軍の将、沙旦であった。
彼は檻に入れられるないなや、いまいましい縄を軽くぶち切り、無造作に五体投げ出し、寝入っていた。そのいびきは大気を震わせ、大地をどよもすほど豪快であった、
完全に熟睡していた。が、ふと檻の向こうに番兵たちとは異なる毅然とした人の気を感じ、瞬時に覚醒し、素早く上半身を起こす。
「あいかわらずの剛毅」
「誰だ、おまえは?」
すでに中天にさしかかろうとする太陽を背にしているため、声の主には陰がかかってよく見えない。
沙旦は目を細める。
「おれだよ、子牙だ」
「子牙……? 姜子牙か?」
沙旦には懐かしい名前であった。
五年前にふらり沙旦の前に現れ、義渠が周辺部族攻略の際、彼の傍らで采配を振るった金髪の男である。
奇略縦横。その神算鬼謀は十万、いや百万の騎馬に相当することを沙旦は知っている。
知りすぎていた。
「なぜ、おまえがここにいる? もしや、俺を救いに来たのか?」
沙旦の顔が明るくなった。
狼がそのまま人間になったような精悍な顔立ちだが、笑うと存外愛嬌がある。
「おのれの都合よく物事を考えるな。その逆、お前を捕えるよう姫発さまに進言した」
「なにっ!」
沙旦は立ちあがり、子牙との間を遮る策を両手で掴んだ。今にも柵が壊れそうであった。いや、彼の膂力をもってすれば、あっさりと破壊できるだろう。
彼は獣じみた激しい眼光を子牙に叩きつける。