ニュース番組で、

南三陸のウニの話をやってました。


駆除したウニを陸上で養殖するというもの。


これを見ていた次女が、

「南三陸ってよく聞くけど、

東三陸とかってあるの?」

と、聞いてきました。


「いやぁ、東三陸ってのは無いなあ。」


壁に貼ってある日本地図を指差しながら、

「三陸ってのは、この部分を指すんだよね。

これの南側ってことだよね。」


「あ〜、東がないのかぁ。」


次女の疑問を解決はしたけども、

自分の中に新たな疑問が。


なんで、「三陸」っていうんだっけ?


陸が3つある?


調べてみたら、

陸奥、陸中、陸前

の3つなんですね。

仕事から家に帰ってきて、
家族でご飯を食べながら、
自分の今日あったことを話したり、
家族のそれぞれの話を聞いていたら、
ふと気づきました。

家族4人、昼間はみな別々の所にいるんだなぁ、と。

子供は前までは
同じ小学校に行っていたから、
2人まとめてイメージしてましたけど、
長女が中学校に行ったことで、
完全に別な景色を見ているんだな、と。

そして、夜にみんな集まって、
その日の話をする。

長女は、先生との2者面談との話
担任とも、副担任ともそれぞれ面談するみたいです。

次女は、1年生を迎える会の話。
間違って、「1年生を送る会」と言っちゃってました。

みんな、着実に成長しているなぁ、と感じました。


子供の育て方の本とか記事とかを読んでいると、

よく出てくるのは、

「自己肯定感を高めましょう。」


言葉では簡単ですけど、

じゃあ、何をすれば良いの?

となると、


「小さな成功体験を積み重ねる」


とか言うのが出てくるんですよね。


でも、これを書いちゃうと、


「成功体験を積ませなきゃ」

となっちゃって、

裏返すと、

「失敗しちゃいけない」

みたいな流れになっちゃうんじゃないのかな

と、思うんですよね。


私が思うには、

まずは、自分が出来ていないと思っても、

或いは出来ていると思っても、

ありのままを受け入れる

という所から始まるんじゃないかと思います。


不完全な自己を肯定する


これこそ自己肯定感。


そして、

誰しもが持っている成功体験の最小単位

というものに気づきました。


それは、

「こんな自分でも、今日まで生きていられている。」


生きている限り、

この成功体験日々積み重なります。


成功という基準も人それぞれですね。


他人から見たら十分成功していると

思われていても、


その人にとっては、

「いや、私はまだまだ」

と、思っているかもしれません。


私は、「行動体験を積み重ねる」

とした方が、すんなり理解できるような

気がしますね。





天気が良くて、その日は用事がなかったので、

朝ごはんの時に思い立ち、

家族でサイクルスポーツセンターに行ってきました。


そういえば、最後に行ったのは、

1年以上前?


何だかんだ言って、

子供たちは普段、自転車に乗ることが

全然ありません。


なので、特に次女は、

「乗れるかなぁ?」

と心配してました。


でも、自転車は一度乗れるようになると忘れない。


確かにそうで、

自転車にまたがって漕ぎ始めると、

よろよろとしながらも転ばずに走ってました。


お〜、やっぱり覚えているもんだねぇ。


コースを1周しては、自転車を変更し、

中くらいのコースを3周しました。


次女は後半の慣れてきた所で、

2回ほど軽く転んでました。

怪我は無かったです。

油断が最大の敵ですね。


あとは、オモシロ自転車を何台か乗りました。


久しぶりに体を動かして、気分転換になりました。



次女の授業参観に行ってきました。


長女の中学校の授業参観も

同じ日だったので、


私は次女、

妻は長女

と役割分担しました。


先に、妻も子供たちも家を出ちゃって、

なんだか手持ち無沙汰になったから、

ちょっと早いかなと思ったけど、

もう小学校に行くことにしました。


小学校の近くまで来ると、

別に早すぎることもなく、

保護者たちが徐々に多くなっていく。


授業が始まるまで10分くらい余裕あったので、

他の学年の教室の前を素通りしてみたり、

廊下から図書館や保健室を眺めてみたり、

廊下に貼ってある絵をみたりしてました。


次女のクラスに着くと、

すぐさま次女を発見。


授業は算数でしたね。

折れ線グラフについてでした。


他の親が廊下からも覗いているから、

緊張したみたいです。


先生の話をよく聞いて、

真剣にノートも取っていました。


ある都市の月ごとの気温を折れ線グラフで

表していました。


先生からの問題で、

横軸のものを自由に並べ替えるのは、

良いことか?良くないことか?

というのがありました。


大きい順に並べるとかですよね。


正解は、「良くない」ですけど、


試しに、並び替えてみたらどんなグラフになるか、

見てみたくなりました。





心屋仁之助のポッドキャストを聞き返して、

心に刺さったこと。


味噌汁の話。


具の少ない味噌汁と、

贅沢な具がたくさん入った味噌汁。


どちらが美味しそうかと言ったら、

後者でしょうね。


しかし、

具の少ない味噌汁には普通にダシが入ってるけど、

具だくさん味噌汁にダシが入っていなかったら、、、


どちらが美味しいでしょうね。


ポッドキャストでは、

人間をこの味噌汁に例えてました。


世間は、

美味しそうな具を乗せたほうが良いと言って、

肩書とか、資格とか、容姿とか、持ち物とか

を勧めてくるし、

つい、人と比べて

自分には無い具を持っていると、

羨ましく思えたりしますね。


でも、味噌汁で大事なのはダシ。

見た目では、ダシが入っているかどうかは

なかなか区別できない。

やはり味わってみないと分からない。


人間で言えば、内面ですね。





ゴミの日だったので、

朝にゴミをまとめてました。


すると、妻から、

玄関にあるものもお願い、と。


そういえば、

前の日、仕事から帰った時に

置いてあったのを見たなぁ。


長女が小学校の時に使っていた、

探検ボード


学校の外で、

理科の観察とか、

社会科見学とかする時に

持っていっていた、立派なバインダー。


学校で買わされましたね。

これを使って、

植物の観察とか、

商店街の探検とか、やったんだよなぁ。


確かに、

中学校になったら使わないね。


次女にお下がりにするにも、

次女ももう持ってるしね。


まあ、ご卒業ですよね。


ありがとう、

と言いながら、ゴミ袋に収めました。





私が昔、

心理カウンセラーの心屋仁之助さんの

ポッドキャストをよく聞いていて、

妻もネットなどで読んで

一緒にその話をしていた頃がありました。


先日、妻がそのことを思い出し、

長女に話したそうです。


そのなかで、

愛情の表現の仕方という話がありました。


人間を海に浮かぶ島に例えると、

1つ目は、島が隣同士になっているというだけで、

すでに愛情として認識するというもの。


2つ目は、島がとなりにあるだけではなく、

橋を架けて、常にモノのやりとりをしていることで、

愛情を認識するというもの。


長女は、

「私は1つ目のほうだ。」

と答えたようです。


世の中は1つ目の方だけの人ではないから、

2つ目の方の人がいることも

分かっておく必要があるよ、

という話でした。


仕事から帰ってから、

その話を妻から聞いて驚きました。


ちょうどその日の朝に、

何となく、

心屋さんのポッドキャストの事を思い出し、

何年ぶりかに最初から聴き始めた所でした。


おお、なんと良いタイミングでしょう。





小学校の時は私服で学校に通っていた長女。

朝は、着替えてから顔を洗ってた。


中学校になって、制服を着るようになり、

小学校と同じように、

着替えてから顔を洗ったら、

とてもやりにくいことが発覚。


次の日からは、

顔を洗ってから着替えるように。


すると、


着替え終わって、

髪を整えるために洗面所を使っていた

私と、時間がかぶることが判明。


長女がいる洗面所に入り、

脇から手を伸ばして、

整髪料などを取る。


鏡は別なところを使うなど。


おぉ、こっちに影響が来るのか。


ということで、

私が髪を整える時間を前にずらすことにしました。


代わりに歯磨きとか筋トレを後ろにずらします。


これで渋滞なく朝を過ごせます。










普通、夜は

次女が寝て、

長女が寝て、

親が寝る

という順番の我が家。


私が、風呂から上がってリビングに戻ると、

本を読んでいた長女。


その日に買ってきた本を、ずーっと読んでる。


風呂ですっかりリラックスしてしまった私は、

普段寝る時間より1時間も早いのに、

眠くて、歩くのもフラフラしてきた。


妻にも、

「眠そうだよ。」

と言われる。


あ〜、もう駄目だなと思い、

長女に、

「パパ、先に寝るね。」

と言うと、

「はい。」

と本から目を離さず答える。


長女の頭をちょっと撫でて、

私は2階に上がりました。


こうして、段々と

子供と親の寝る時間が逆転してくるんだなぁ。