こんにちは、神社伝書びと守本です。

京都編です。

伏見稲荷大社①
伏見稲荷大社②左矢印今回はココ
八坂神社
平安神宮
晴明神社
北野天満宮
平野神社
貴船神社
賀茂別雷神社
賀茂御祖神社

伏見稲荷大社の続きになります。

いつもブログを書くときは
先に載せる写真を選定して、
人の顔にモザイク入れたり、
投稿できるファイルサイズに変更したり
というような作業をします。
その作業を通して、
記事全体の組み立ても考えるんです。

伏見稲荷大社さんの写真は凄い量で
うーん、500枚ほどあるかも。
その大量の写真から、参拝2日目の
記事に使う写真を用意していたら
…………。

80枚ばかしになってしまいましたアセアセ

あんまり減らすと、
流れがわからなくなってしまうし、、、
ということで、これはもう
2日目の記事を2分割で
書かせていただきます。

クローバークローバークローバー

伏見稲荷大社のご参拝本番の日。
早朝参拝と前回書いていましたが、
着いたのは朝5時でした。

実は、後ろの稲荷山に、どうしても
登ってご参拝したかったんです。
そして、全て巡るご参拝には、
所要時間が最大4時間くらいかかる
と聞いていたので、このような時間に
スタートすることにしたのです。

前泊したのは、このためでした。

それでは読者の皆様、お詳しい方も
いらっしゃるでしょうが、
のほほんオノボリ守本と共に
稲荷山を登りましょう♪

今回の記事は、また楼門から始めて、
稲荷山の頂上までの道のりです。
まだまっくら。

それでも、参拝者は他にもいらっしゃいました。

楼門です。


本殿。




もう一度ご参拝。
少し明るくなって来ました。良かった。
稲荷山の登り口は、奥社遥拝殿の
ところにあるので、昨日と
同じ道を行きます。
本殿の左側、奥に向かって進みます。
↓の写真は、本殿を左横から見たもの。


前回は載せませんでしたが、
この鳥居から先が摂末社・千本鳥居に
続く道になります。


摂末社は、帰りにご紹介しますね。
↓千本鳥居アゲイン。
この時間は、さすがに
マジの海外撮影者が多かったです。



前回は載せなかった、奥社遥拝殿です。
ここが今までで1番、
ウカノミタマさまの気配がしました。↓
でもきっと、稲荷山頂上の上社にも
いらっしゃるだろうから、
そこできちんとご参拝しよう、と思い
ここもご挨拶のみで過ぎました。



この奥社遥拝所のところには、
「おもかる石」というのがあって、
昨日は人が並んでいました。
人気のスポットなんだと思いますが
よくわかりません(興味なし)笑。
だけど、奥社遥拝殿のところには
こんな一画が。


この小さな鳥居がたくさん並んでいる
雰囲気が、凄いなと思って撮りましたが
この先は、ずっとこんな風景で
すぐに見慣れてしまうことになりました。

では!
いざ、稲荷山に登りますよー!
その入り口にあたると思われる鳥居で
ペコリ。


境内の案内看板です。


この看板は、前回の記事で載せた
ものとは違って、楼門や本殿はなく
奥社遥拝所から稲荷山頂上までが
描かれています。

「四ツ辻」という分岐から
右回り・左回りのルートがあります。

雨は霧に少し雨が混じったような感じで
傘をさすほどではありませんでした。
悪路を覚悟してきたので、
とても助かりました。
むしろ、この先
とても幻想的な光景を見ることが
できて、ラッキーでした。

とにかく、鳥居、鳥居。
いちいち美しいので写真が
増えていきます。



まずは熊鷹社というところに
着きました。
ちょっと怖い人いるかもあせる

ここ、猫がたくさんいました。
普段ならカワイイと思うところですが
この薄暗い場でたった一人で
猫が周りに沢山いる状況は
やはりちょっと怖かった汗



お社は、あまり後ろに下がれないため
超近影になりました。


ここは、あまり近影を載せるのが
神様に良く思われないようなので
奥の方はぼかしてあります。
ご祭神は熊鷹大神様です。

え・・・?と少し困惑しました。
この困惑は続きますが、
またあとで書きますね。

登って行きます。鳥居省略 笑。

稲荷山には、お社が点在しています。
上で載せた看板は、綺麗なのですが
微妙につかみにくいので
三ツ辻のところで撮った手書きの看板写真に
この先の行程を書き込みました。



今回の記事は、
①熊鷹社→②四ツ辻→③下ノ社→
④荷田社→⑤中ノ社→⑥上ノ社
の道のりを書いていきます。

熊鷹社はもう書きましたね。
下の写真ですが、
大地の大神と書かれた鳥居があり
後ろに祀られている石には
また違う神の名が彫られていました。
(藤田大神・藤吉大神と読めた)
また困惑しました。



登って行きます。
途中、たくさんの美しい鳥居もあり
小さなお社や祠や石もたくさん祀られて
いましたが、とても紹介しきれません。

四ツ辻に着きました。
ここは、少し開けていて
休憩所のようなところもあります。
朝早いので開いていませんが。

ここは絶景みたいですね。
霧がかかっていて、あまり
よく見えませんでしたが
外国人の方々が懸命に写真を
撮られていました。


手水のところだったと思いますが
こんな場所にも奉納鳥居がたくさん
下げられています。


この先は田中社になりますが
ここは帰りに寄ることにします。
古い道標、新しい道標さまざま
ありましたが、、
私は、右回りを選択しました。


登って行きます。


道中の祠。白菊大神とありますが
背後にもみっしりと鳥居、祠、お社
があり、違う名の神様が祀られて
いました。



下ノ社(三ノ峯)に着きました。
ご祭神は、白菊大神様です。
これまでは男性神ばかりでしたが
ここで初めて女性神にお会いしました。


下ノ社御神蹟配置図という
看板がありました。


じっくりみていただく必要はないですが
ここには104の神蹟があるようです。
神蹟とは何かと言いますと、
伏見稲荷大社さんのFAQによれば
神様のお鎮まりの所に、かつて祠が
あったようですが、それが廃絶後、
神蹟と称し今日に至ります。

となっています。
この下ノ社のまわりも、びっしりと
祠や石(お塚というそうです)、鳥居
が密集しています。


これは・・・何なの?

これまで私は、
稲荷大神は絶対的な「ウカノミタマ」様
であって、
稲荷神社には、位の高い眷属神として
キツネ様がいらっしゃることはあっても
それ以外はないという印象を
持っていました。

だけど、
この膨大な数の「〇〇大神」と
名の付くここの神々は、そうじゃない。
ウカノミタマ様とは違う個性の
神々でした。
だから、困惑していたのです。



荷田社(間ノ峯)です。↓
ご祭神は伊勢大神です。
荷田氏は稲荷大神を祀った社家
なのだそうです。



中ノ社(二ノ峯)です。↓
ご祭神は、青木大神様です。

ご神蹟はここにもたくさんありました。
(看板の写真を撮っていない)

また、違う個性の神様です。



まだまだ登ります。
まあまあきつくなってきました 笑。


やっと!頂上に着きました。
ふう~えーん


上ノ社です。↓
ご祭神は、末広大神様です。


ここは特に高波動でした。
お許しをいただいたので
中をお見せしますね。


しかし、、、
ここにいらっしゃるのは
ウカノミタマさまではありません。
頂上できちんとウカノミタマさまに
ご参拝しようと思っていたのに、
どういうことでしょうアセアセ
ご祭神は
公式には末広大神となっていますが
大宮能売(オオミヤノメ)大神さまとも
一説ではサルタヒコさまとも、
スサノオさまとも。

私のここの印象は、少し違っていて
仏様の波動に近いと感じました。
ここでの信仰の形が、
仏様に対するそれと似ているから
そう感じるのかもしれませんが、、
仏教は詳しくないので
(神道も詳しくないですが)
どの仏様と示すことはできませんが
仏様の名を検証していけば
近い波動のものが見つかるのかも
しれません。

これまでの中ノ社や下ノ社の神々も
記されている名はもしかしたら
民間信仰での名で、
正体は違う神様なのかもしれませんね。

ご神蹟は、158ありました。


お社を取り巻く
たくさんの小さなご神蹟は、
信者が私的に建立したもので
その名も由来も、大社側は
わからないのだとか。

ここまで登ってきて、
無数の奉納鳥居、祠、お塚を
見てきた結果、感じたのは

民間信仰の層の厚さでした。

はるか昔からの人の祈り。
その小さなつぶやく声で、
この稲荷山は隅々まで
埋め尽くされている、と
感じました。
物理的には標高233mの山ですが
精神的にみると
「祈りで形成された山」と。
うまく説明できませんが、
その祈りの精神は
聞こえるとか感じるとかを超えて
もはや私にとっては
触れそうなほどリアルに
濃く、深く、強く折り重なっていました。

人はこんなにも祈るものなのか。
人は何のためにこんなに祈るのか。
稲荷信仰とは何なのか。

そんな思いが押し寄せてきて
ドキドキしました。

それでは、これより下山します。


写真が多くて、きっと重いと
思います。ごめんなさいね。

次回は、稲荷山の残り半分と
摂末社をご紹介しますね。
ご朱印も次回載せます。

だけど、もしかしたら
ちょっと違うつぶやきの記事を
次回挟むかもです。
コロナ関係ね。
本当は伏見稲荷さんを終えてから
書きたいのですが、今の更新ペース
だと、だいぶ先になりそうなので
・・・



AmebaOwnd神社伝書びとのおぼえがき
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