こんにちは、神社伝書びと 守本です。
GWはどう過ごされましたか?
守本は介護でお出かけも
ままなりませんでしたが、
こうしてPCに向かうことができて
良かったです。
2024年1月初めの参拝記録、品川神社です。
東京訪問の際に隙間時間で行きました。
だいぶ前に同じ品川にある
荏原神社にご参拝したんですが
荏原神社と品川神社は、ともに
品川の代表的な神社なのに
片方しか行けなかったことが
心残りだったというのがご参拝の
動機です。
品川神社
個性的な境内
東京十社、東海七福神の1つだそうです。
初詣の時期は過ぎていますが、
なかなかの賑わい。これが普通なのかも。
鳥居には龍が巻き付いています。
双龍の鳥居というらしい。
カッコいいですね。
品川神社の起源は、鎌倉時代に
源頼朝が天比理乃咩命(アメノヒリメノミコト)
を勧請して祀り、品川大明神と
称したことに始まるとのこと。
天比理乃咩命さまは
天太玉命の后神様です。
その後、宇賀之売命(稲荷神)、
素戔嗚尊(天王神)もお祀りされました。
双龍の鳥居の先の階段を登ると
朱の社殿が見えます。
ずっとご参拝の列が途切れず
人がいない写真が撮れませんでしたので
市販の写真↓です。
徳川家康が関ヶ原の戦いに際し
戦勝祈願をしたことから、
のちに社領をいただき
社紋も徳川の三葉葵となりました。
アメノヒリメノミコトさまは
洲ノ神(すさきのかみ)とも呼ばれ
海上交通の神様らしい。
フトダマノミコトさまには
お会いしたことがあるのですけど
奥様の方にはお会いしたことはなく、
あまり守本には馴染みがないんですが
安房の国(千葉県南部)の開拓神
であります。
社殿に向かって右側に鳥居があり
行ってみます。
鳥居の先には…
阿那(あな)稲荷神社です。
すごくパワフルで、変な表現だけど
神様が「生きて呼吸をしている」感じ
がしました。
それぐらいにリアルに神様の存在感がある
場所でした。
鳥居はさらに下に向かって続いています。
降りた先には、、、
またお社があって、こちらにも
阿那稲荷神社と書かれています。
上のお社を上社、下のお社を下社と
いうようですね。
下社の中は薄暗くて、人がたくさんいます。
中に入ると、
(少し人が少ない時を狙って撮りました)
左側に阿那稲荷神社、
正面には
八百萬神社、
大国主恵比須神社、
天王白龍辨財天社、
と書かれた祠が並んでいます。
阿那稲荷神社の祠はこちら。
そして何より人気らしいのが、
この阿那稲荷神社の隣にある…
「一粒万倍のご神水」です。
(この画像は市販のものです。)
ざるにお金や印鑑を入れて洗うと
吉なのだそうです。
それで、ここがこんなに人気なんですね!
もう一つ、品川神社には
有名なスポットがあります。
「富士塚(品川富士)」です。
江戸時代に流行した富士講(富士信仰)
により造営された、都内最大の
ミニチュア富士です。
この横には、浅間神社があります。
(人がいない写真が撮れなかったので市販の画像です)
登ってみます。
富士塚の鳥居のところに祠が
あります。
↑猿田彦神社です。
一合目から五合目までは登りやすく
五合目で少し平らになって休め、
そこから急に勾配がきつくなる。
実際の富士山を登るような
リアリティが追求されているらしい。
昔の人は、このゴツゴツした塚を
踏みしめながら、実際に富士山を
登るのと同じ御利益を求めたの
でしょうね。
見下ろすと、なかなか高いと実感。
境内にある御嶽神社です。
こちらも山岳信仰の神社ですね。
御朱印です。
品川の町並みを歩くと、
かつての東海道の風景が時々
重なって見えます。
(土地の記憶を見る能力がたまに出ます)
これは荏原神社への道ですが
実際の東海道はもう少し東側にあります。
品川区立品川歴史館さんの品川宿マップを
お借りして、品川神社付近を切り出しました。
赤い道が東海道ですが
現在の埋立地の部分は水色に着色されていて
かつての東海道は海のそばだったことが
よくわかります。
品川神社の御祭神がアメノヒリメノミコト
さま、海上交通の神様であることは
今の品川の姿からは繋がりが見えない
かもしれませんが、東京湾の入口かつ
目黒川の河口でもあった昔の品川は
海運がそれだけ重要であったということ
の現れなんでしょうね。
江戸の風景を感じる
道幅は3間半(6.4m)で人口は7000人ほど。
長さは・・調べてもいろいろあって
よくわかりませんが、2,3キロ?ですが
江戸でも最も栄えた宿場町でした。
江戸と京を行き来する人だけでなく、
伊勢参宮、こんぴら参り、大山参り、
富士山詣で、鎌倉、箱根に向かう人が
通る場所であったことを考えると
どれだけ賑わった場所であったか想像
できますね。
さらに海のそばで納涼によく絶景、
桜、紅葉の名所もあり、
吉原に次ぐ遊郭地・・・参勤交代や旅人だけではなくて、
リゾート地の性格もあったようです。
守本び見える光景も、
飛脚や籠が忙しく行き交って土煙が上がり
食べ物の匂いや人々が笑ったり怒ったり
しているような、非常に活気ある光景です。
品川神社も、江戸時代に多くの人が訪れ
ご参拝したり富士塚を登ったりして
楽しそうに過ごしていたような姿が
陽炎のようにうっすらと感じられます。
現代の人が御朱印集めで神社に行く
ような感じにも似て、流行りに乗って
デートしたり、女同士でしゃべったり
美味しいものを食べたりするのと
セットで、ツアー的な感じで
ご参拝されていたような雰囲気です。
なぜかわからないけど、東京では
昔の光景が目の前に見える体験が
割と多い気がします。
江戸っ子たちの非常にあか抜けた感じ
飛脚も魚売りも、皆が「粋」を意識して
いて、一つの特殊なライフスタイルで
あったことを感じて面白いなと思います。
かと思えば空襲のあとのむごい光景も
見えたりします。目黒川苦手ですw。
歌川広重の東海道五十三次 品川宿です。
AIさんに描いてもらった、品川宿の
様子です。
北の天王祭
品川神社では毎年6月上旬に北の天王祭と
親しまれている例大祭が行われ、
神輿の勇壮な徒卸が行われます。
2026年の開催予定は公開されていませんが
6月5日(金)、6日(土)、7日(日)頃
ではないかと言われています。
動画を少し見ましたが、すごい活気ですね。
それこそ、昔から脈々と続いている
この爆発的なエネルギーは、神様が
大変喜ばれるものです。
ごめんなさい、本物とは似ても似つかない
けれど、イメージ画像です。
公式動画はなさそうだったので
リンクは貼りませんが、良かったら
ぜひお祭りの様子を検索して
見てみてくださいね。
次は、荏原神社の予定です。























