虫鳴くや―与謝野蕪村
わが国の古典、『伊勢物語』は何度読んでもよい。平安朝初期の在原業平のロマンに満ちた歌物語である。その25段に、幼馴染の女と、恋歌を交わす場面がある。女が年ごろになって親からの縁談をことわり、昔一緒に遊んだ男が忘れられなかったが、折りしも男から、
筒井つの井筒にかれけしまろがたけ 過ぎにけらしな妹見ざるまに
と、女に恋歌が届いたので、女は嬉しく
くらべこし振り分け髪も肩過ぎぬ 君ならずして誰かあぐべき
と歌を返して、二人は本意の如く結ばれることになった。
ところがそのうち女の親が亡くなり、男は心変わりして、河内の国高安の女に行き通うようになった。だがいつも高安に出掛ける時、女は快く出してやるので、女に異心があるのてはと疑い、出かけるふりをして前栽に隠れて見ていると、女は美しく化粧して、
風吹けば沖つ白波たつた山 夜半には君が一人こゆらむ
と夫を案じて詠むのを聞いて、いとほしく思い河内に通わなくなった。一方たまたま高安に来てみると、はじめ品が良かった女は、手づから飯を器に盛っているのを垣間見て嫌になり、高安へは行かなくなってしまった。
よし知られた歌物語であるが、その舞台は奈良駅から三つ目、櫟本の駅の南、石上町にある在原寺であるといわれ、芭蕉ほか多くの文人に交じって与謝野蕪村もこの寺を訪ねている。寺の前を奈良・三輪・長谷寺を結ぶ最古の古道、上つ道が走っているが、門前にある地蔵尊の横の細い道を行くと、JRの桜井線の線路に突き当たるが、それをまたいて西に向かうと細い農道に繋がり、暫く行くと、
虫鳴くや河内通いの小提灯 蕪村
の句碑が建てられている。遠くに龍田山がかすんで見えている。業平の河内に通った道は、大和川沿いの道と、十三峠を越える山越えの道が業平道と呼ばれている。この山道の峠を降りた山麓の神立の辻に、業平河内通いの八尾市の石碑が建っている。
生駒山は大阪側は険しいが、大和側はなだらかな丘陵で、開発も遅れて今時にない峠道である。秋風がたつ頃にはよい散歩道である。
在原寺
蕪村の句碑
川沿いと山越えの業平道
















