驟雨 夏の夕立、豪雨は困りますが、夕立は人間や生物に生気を与える上、夕立の後は涼しくなるのが楽しみです。
ある都会の
美しき真夏の昼下がり
大河が海に消えんとする彼方から、
沛然と驟雨がかけてくる
⦅羊どもよりも優しく白く
一群の雲が進み出る
羊飼いの女は上品だった
ことに嵐を愛している時には》 ーラディゲ
遥かな空に向かっての階段
サイン23 エチュウド・ドゥ・ポエジィ
――だから賛歌を地上に降ろしてはならない
驟雨 夏の夕立、豪雨は困りますが、夕立は人間や生物に生気を与える上、夕立の後は涼しくなるのが楽しみです。
ある都会の
美しき真夏の昼下がり
大河が海に消えんとする彼方から、
沛然と驟雨がかけてくる
⦅羊どもよりも優しく白く
一群の雲が進み出る
羊飼いの女は上品だった
ことに嵐を愛している時には》 ーラディゲ
遥かな空に向かっての階段
サイン23 エチュウド・ドゥ・ポエジィ
――だから賛歌を地上に降ろしてはならない
京都東山 大文字焼の謎
祭り過ぎ大文字過ぎ夏も行く いと慌し京の暦は 吉井勇
祭りとは祇園祭のこと。大文字山焼きは盆に迎えた先祖の精霊の送り火。京の夏の風物詩として観光名物にもなっている。
始まりは平安初期に空海が始めたという説、室町中期足利義政が始めたという説、江戸初期に近衛信尹が始めたという説。どれが本当かよくわからない。大文字山焼きは平安時代の物語にも出てこないから空海説は疑問で、恐らく江戸時代からであろう。
比叡山を開いた最澄の後、第三世を継いだ円仁によって、シナから齎され、「浄土三昧堂」を建て、狭い御堂の中で念仏を唱え続ける念仏三昧の行をされ、それを受継いで今の浄土宗の宗派が出来た。「南無阿弥陀仏」を宗旨とする浄土宗は比叡山が発祥の地で、現在の知恩院の浄土宗、東・西本願寺の浄土真宗、融通念仏宗などは比叡山から発生している。
下の地図のように、比叡山の京都側の山麓は、銀閣寺から西に大きく浄土寺町が広がっている。もとは比叡山の京都の所領地であったからで、其処に平安末期の建久年1191比叡山天台系の浄土寺が完成し、丹後の局が移り住んでいる。高階家の美貌の娘で、平業房の妻であったが、夫の亡きあと後白河法皇に召され寵愛された。彼女の権勢欲は有名で今楊貴妃とも呼ばれ、産んだ皇女は上皇崩御の後、膨大な荘園の遺産を独り占めして継いでいる。浄土院には美貌の丹後の局の絵像がある。
さてその浄土寺が応仁の乱で焼失、室町に移転した。その跡地の景勝地を召し上げて、足利義昭が銀閣寺を造営する。その後江戸時代になって、銀閣寺の入り口に浄土院が再建された。その浄土院の僧侶が大文字山焼きに山に登り、山にある空海の廟に祈りを捧:げて
げてから、松明に火がつけらる。