美形の蛇姫ー上田秋声『雨月物語』
紀州新宮の網元の三男に生まれた豊雄という男は、学問好きな美少年であった。新宮の寺子屋から帰る途中夕立になり、雨宿りしている時に、鄙には稀な二十歳ぐらいの美女が、十四五位の童女に包み物を持たせて「この軒しばし恵ませ給へ」と同席を求めて入ってくる。気の毒に思った豊雄は、「もしこ私の傘でよければ差し上げましょう」と女に傘を貸す。 女は「私は新宮の傍ら、県―あがたーの家の真名児-まなごーと申します」と名乗って、一度お遊びにと言って傘をさして帰って行った。
豊雄は女の面影が忘れられず、女の家を訪ねる。家は門も大きく、部屋も豪壮で、真名児は酒や海山の御馳走で歓待し、ついに枕を共にして朝を迎えた。そして別れる時、女は金銀を飾った太刀を「夫の形見」といって、豊雄に与える。
ところが家に帰ると、家人はその太刀を不審に思い、最近都の大臣から熊野権現に献上された神宝が全部盗まれ、大宮司が国守に訴えているという事を、父は聞いていたので、その太刀を父親が大宮司に持参すると、、盗まれた神宝だという事が分かり、富雄は追及されて、武士に伴われてその女の家に向かう。
ところが昨日あれ程豪壮だった屋敷は今や荒れ果て、板敷は一寸ばかり塵がつもり、格子を開ければ、古い帳の傍に花の如くなる女が座っている。武士が「国守の召しだ。すぐ参れ」と迫ると、途端大地も裂けるばかりの雷鳴が鳴り響き、女は消え、後には盗まれた多くの神宝が残されていた。
豊雄は百日余りの牢住まいの後許されたが、両親は豊雄の身を案じ、新宮を離れて、大和三輪の姉の嫁ぎ先に身を寄せるようにさとす。姉夫婦も「いついつまでもここに住め」といって歓迎される。長谷寺参りの街道に面し、社寺に供えるローソクや燈心を売る店で繁盛していたが、或る日、美しい女連れが来店し、供をしている女童が「わが君がここにいますわ」と言うに、豊雄はよく見ればかの真名子なり。しかし姉夫婦はこの女の振舞の上品さにひかれて一室を与える。姉夫婦は婚礼をさせて二人はまたも夫婦となる。
春になって、姉夫婦の勧めに吉野に桜見物に行き、菜摘川で食事をしてると、山から下りて来た翁が、真名子を見て「あやし、この邪神」と言うや、真名子と童女は滝に飛び入り、老人は豊雄に「さればこそ、この邪神は年経たる蛇―おろちーなり」と告げる。
再び豊雄は一人で新宮に戻る。両親は心配して新しき嫁を急ぐ。そして都に宮仕えしていた富子が選ばれ、晴れて二人は結婚する。
結婚二日目、富雄は新妻の富子の声がかの真名子にそっくりなのに驚く。富子は「さるべき縁にしあれば又もあい見し」と言う。富雄は驚き仲人に告ぐ。そこで熊野に参篭の鞍馬の修験者を呼ぶが、此の僧も邪神に追い返される。そこで道成寺の法海和尚に頼み込むと、まず芥子の香に包まれた袈裟を与えられ、「この袈裟で富子を抑え込み、逃がすな」と言われ、帰りて富雄が部屋に入り、富子に袈裟を押しかぶせていると、富子は「あな苦し」ともがく。それでも抑えて離さずにいると和尚が来たり、念仏して袈裟を上げると、白き蛇の三尺ばかりが伏せており、和尚は徒弟の下げて来た壺に入れる。なお念じ給えば、屏風の後より尺余りの小蛇が出て来たのも壺に入れ、道成寺の前を深く掘りて壺のまま埋め、永劫の間世に出ることを戒め給うたということである。













