日本ではインフルエンザが猛威をふるっているようですが、皆さんはお元気ですか? 日本の親友から生涯初めてインフルエンザにやられたとのメールがあり、私も自身の生まれて初めてのインフルエンザ体験を思い出してしまいました…。

ということで、今日は地中海のキプロス島での思い出を少しシェアさせてください! 

ハイ、私ったらなんとキプロス島に一人で滞在中、インフルエンザにかかり…キプロスの病院に2泊3日、入院したのです。入院したのもその時が初めて。25歳の夏のことでした。

キプロス島は地中海のトルコ、シリア沖に浮かぶ大きな島で、神話・歴史の宝庫でもあります(ハワイみたい?)。ビーナスはキプロスの海の泡から生まれたとされ、島で産まれるワインは紀元前からそれは有名でした。

ローマ時代、この良質のワインのために、かのアンソニーはクレオパトラにキプロス島を贈ったのだそうで。私がワインに開眼したのもキプロス島でのことでした…。とにかく安くて美味なんです! 

ところが滞在中、私は高熱が出て、フラフラになってしまいました。海外旅行保険に入っていたお陰で、保険会社がホテルまでドクターを派遣してくれ、即、入院する羽目に。在パリの保険会社で働く日本女性が電話であれこれ世話をしてくれ、あの時は旅行保険の有難さを痛感しました!

キプロスの海は青く美しく素晴らしかったのですが、急病のために、遺跡巡りがゆっくりできなかったのが心残り。その後に訪れたエジプトもしかり、です。

ですが転んでもただでは起き上がらないのが、日本女性ですよね(え?)。私はこの体験を、某旅行雑誌のカラーページに書かせていただき、それが私の旅行ライターとしてのデビューになりました(それまでは地味というか真面目な記事を多く書くライターでした)。

この記事をきっかけに、楽しい展開もいろいろ。記事中、キプロスワインを絶賛したのですが、それを読んだワインの輸入会社の方から連絡があり、社長さんにランチに招かれたり、キプロス視察旅行に招待されたり(この時は行けませんでしたが)。日本では唯一、京晴という会社が、キプロスワインを輸入しているのです。

キプロス観光局とも縁ができて、キプロスのお偉いさんが来日の際は、パーティに呼ばれたりもしました。

当時の私は、業界紙記者からフリーライターに転向したばかりだったので、こうした不思議な縁で旅行業界と繋がりが深まるのも、大変嬉しいことでした。

何より、日本でも京晴さんから美味しいキプロスワインをダース買いするようになり、白ワイン片手にせっせと原稿を書いていたあの頃…。まさにバブルの真っ最中で、なかなかいい時代ではありました。

…と、今日はハワイではなくキプロス島の思い出を少しさせていただきました。読んでくださってMAHALO!


今日は簡単に昨日の続きを…。パウアヒ王女の夫だったチャールズ・ビショップ氏が創立したファースト・ハワイアン・バンクの本店は、ビショップ通りとキング通りの角にそびえています。

そう、ビショップ夫婦の家があったゆかりの地の道路には、ビショップ氏の名が付けられているんです~。ビショップ通りといえば、ホノルルの誰もが知るダウンタウンの目抜き通りでございます。

下の写真にあるビショップ通りの交差点一帯に、ビショップ夫婦の大きな屋敷&敷地があったそうです。



イオラニ宮殿やカメハメハ大王像のほかにも、ダウンタウンのそこかしこに、歴史が隠れている…というわけですね。


すっかり話が古くなってしまいました…。ハワイ王国が崩壊した1月17日に、ハワイアングループがイオラニ宮殿、リリウオカラニ女王の銅像に向けて行進した話は、こちらに書いた通りです。

その日、私は途中からグループを追いかけていたのですが、グループは宮殿近くで2回、寄り道をしたんです。

一つ目は、キング通り沿いにあるロバート・ウィルコックス像。ウィルコックスはマウイ王族の血をひき、ハワイ王国&共和国時代に議員として活躍しました。王国政府に対して反乱を起こしたこともあれば、王国が倒れてからはリリウオカラニを王座に復帰させようと画策したこともあり、何かとお騒がせな人物でした。



いずれにしよ、リリウオカラニとは縁のある人物だったのは事実。なので、ウィルコックス像でもチャント(詠唱)が捧げられたのでしょう。

もう1か所は、大変ユニークな場所ですよ~。グループはなんと、とある銀行にズカズカ入っていったのです。

それはファースト・ハワイアン銀行の本店だったのですが…(一番上の写真)。同銀行の創始者は、チャールズ・ビショップ氏。何を隠そう、カメハメハ王朝の末裔、パウアヒ王女の夫だった人で、2人の暮らす邸宅がかつてこの地にあったのでした。

そしてリリウオカラニ女王はパウアヒ女王の義妹でした(ハワイでは昔、養子縁組が盛んで、2人も義兄弟ならぬ義姉妹だったようです)。そのため、リリウオカラニも子供時代、そのパウアヒ王女の邸宅で暮らしていたのだそうです。

そんな関係でハワイアングループが1月17日、銀行をぐるんと一巡しながらチャントしたのですが、それほど驚いた人もいないようでした。警備の人も含め。



もしかしたら王族ゆかりのグループが、この銀行にはよく出入りしているのかもしれません?ね。あくまでも推測ですが…。


いやはや、今週のダウンタウン、特にイオラニ宮殿周辺は、いろいろな出来事があって大忙しという感じでした。

たとえば1月17日には、宮殿&リリウオカラニ女王の銅像に、ハワイアングループが集結。何を隠そうこの日は、ハワイ王国が白人勢力の革命により倒れてから124年目だったのです。女王が退位したのは、1893年1月17日のことでした。

なのでこの日はハワイにとって重要な日であり、毎年、宮殿の周辺で儀式が行われます。早朝にも宮殿前で大きな集まりがあったほか、午後にもハワイの伝統的な装いをした一団が、リリウオカラニ女王の肖像画やハワイ王国の国旗を掲げ、ほら貝の響きとともにダウンタウンを行進。宮殿前でチャント(詠唱)を捧げ、次いで女王の銅像前では、女王にHookupu(贈り物)を捧げる儀式がとり行われました。

宮殿の敷地内でもそのグループは別に問題を起こすわけでもなくチャントを捧げただけなので混乱はなく、宮殿のセキュリティも静観しただけ。この日、宮殿でボランティアをしていた友人によれば、朝から学生の団体がたくさんやってきて、大忙しだったそうですが。

私も遠巻きにしながら写真を撮っていたので見ずらいと思いますが、少し写真をUPしておきますね。









ハワイでは、王国時代の記憶はまだまだ鮮やか。ハワイ王国最後の女王、リリウオカラニをはじめ、王族への敬意と愛は今なお深い! 

この日の儀式を見守りながら、そんなことを感じました。


以前、日本で食べた抹茶パフェのことを書きました。娘と私は、チェーンカフェの「ナナズ・グリーンティ」が大々好きで、「ああ、いつかハワイにもオープンしないかな」と夢見ていたのですが…。ついにナナズ…がハワイにやってきたのです!

先月開いたばかりのワイキキ横丁の一角に登場したもので、娘と2人、2度ほど出かけてきました。あ、ワイキキ横丁とは、ワイキキ・ショッピングプラザの地下一階にある、グルメな名店街のことです。ラーメン屋さんやら寿司店やら焼き肉屋やら、かれこれ10軒ほどが集う、嬉しいフロアなのです。

もっともまだ半分くらいしかオープンしていませんが、ここはなかなか面白いところですよ! 日本で行列のできる天ぷら店として知られる「金子半之助」も、この金曜日に華々しく開店します。すぐ行かなくっちゃ…。

こういうのを景気がいいというのでしょうか。ワイキキにもアラモアナにもダウンタウンにも新しい店がどんどんできていて、ちょっと街を歩けば嬉しい出合いがいっぱい!(あ、トラベルライターだった頃の言い回しが出ちゃった)。

それにしてもナナズ…は、過去10年間で一番嬉しい、ハワイ出店でした! 皆さんもぜひ、行ってみてくださいね~。


首都、ワシントンDCで足止めを食らった息子。3日前の夜にホノルル空港を発ち、本来は一昨日の午後、NY州シラキュースに到着だったはずが、ワシントンDCの空港でひと晩を過ごすことになったことは、一昨日書いた通りです。

結局30時間を空港で過ごし、昨日は朝から搭乗券もいち早く獲得。搭乗ゲートで待ち構えている、との電話があったのが昨日の夕方4時でした。ところが! その後「また飛行機に乗り遅れた!」と電話があったから大変です。

事の顛末はこうです…。空港でのゲートが、なんと3回も変更になったとか(息子は朝一番で搭乗券を手にしたので、そんなこともあるのか…)。しかも最後の変更の際には、アナウンスも何もなかったと言います(これは…どうでしょう)。

息子は搭乗ゲートの係員に出発便名と時間を確認して待機していたそうなのでですが、登場がなかなか始まらないので、再度、確認。その時も係員は、「このゲートでOKだよ」と言ったとか。ところがそのゲートは間違っており、結果、気がついたら乗るはずの便は去っていたのでした…。

きっと息子は30時間を空港で過ごして、注意力散漫になっていたのでしょう。で、電光掲示板とかチェックせず、係員のいうことを鵜呑みにした…。アメリカではコレ、ダメダメです~。日本と違って、アメリカでは適当な受け答えする従業員、実際にいますから…。

そんなわけで昨夜の息子、珍しくパニック&怒り心頭の様子でした。ふだんは焦るべき状況の時にも慌てず焦らずで、こちらの方がやきもきさせられる感じなのですが、今回は違いました。

で、またも空港でひと晩を過ごし、ようやく数時間前、3度目の正直で今度は本当にシラキュース行きの便に乗り、大学の寮に到着! よかった~。

親としても、今日の便にちゃんと乗れるかどうかは最後まで心配で。「搭乗ゲートは2人以上に確認を! 電光掲示板も確認を!」としつこく注意し、しかも乗る予定の便がオーバーブッキングらしいとわかると「係員を怒らせず必ず席を確保すること」「搭乗しても安心しちゃダメ! 席に着いてシートベルトを締めるまで油断禁物!」とガミガミ。シラキュースに無事到着したとの報せが届いた時は、万歳したい気分でした。

ホノルルを出て、そろそろ3日。息子も今頃はきっと寮のベッドで、すやすや赤ん坊のように眠っていることでしょう。最後に電話で話した際には、「トワイライトゾーンみたいに、永遠にワシントンDCの空港に閉じ込められてしまったのかと思ったよ」「空港の隅々まで歩いて店は全部見た。あの空港のことは端から端まで何でもわかるよ」なんて自慢?していた息子。まだ20歳ですから、これも良い人生経験と思うことにしましょうか?

傍でヤキモキしていた私達も、この3日間はずいぶん活力を消耗してしまったようです。私まで今日はたっぷり昼寝してしまいました、とさ。



今朝は朝イチでワイキキに用事があったので、ついでにウォーキングしてきました。カピオラニ公園からダイヤモンドヘッドの展望台まで、せっせせっと歩いてきました。気持ちよかったですよ~。

ゆっくり歩いて1時間くらいで往復し、すっかりリフレッシュできました。

ダイヤモンドヘッドロードの坂のあたりは瀟洒なお屋敷が多く、素敵な門があちこちに。イルカや緑の植物、ペトログリフなど、ハワイらしい柄が施されていました。







…と、私達がのんびりウォーキングを楽しんでいたその頃、NYの地方都市の大学に戻る途中だった息子は大変だったよう。昨夜10時発のフライトでホノルルを発ったのですが、最終乗り換え地のワシントンDCで、NYへの便がキャンセルになった、と電話してきました。悪天候の影響らしいです。なんと明日の夜まで空港で足止めとか…。

冬の東海岸はこんなことが多く困ってしまいますが、まあ、仕方がありません。息子は早くも、常夏ハワイが懐かしくなっている模様です(合掌…)。明日の晩までガンバレ~!


今日はなんだか、非日常な1日を過ごしました。
朝は娘のクリニックの駐車場で車をぶつけてしまい…。あ、駐車していた車にちょこんと当たり、でも幸いダメージもなかったのでドライバーさんと笑って別れたのですが。

ランチタイムには、へなちょこしゅんさんとチャイナタウンでランチをご一緒しました。
もちろん皆さん、へなちょこさんをご存知ですよね? 以前はモーハワイ、現在はハワイスクープといったハワイの情報サイトの編集長であり、「行くべしオアフ島、見るべしオアフ島」などべしべしシリーズ(勝手に命名しています)の本も多数、出版していらっしゃいます。



しかも大変な歴史好きでもあり、ハワイの歴史の本も出していらっしゃるのです。

そんなこんなで今日は、チャイナタウンのベトナム料理店でランチをすることになり。いろいろ歴史の話や怪現象?の体験談などを、聞かせていただきました! 
そのうち、一緒にお仕事できる光栄な日が訪れるかもしれませんよ?

…と、朝のうちは気分がどよ~んとしていた私ですが、すっかり気分がアゲアゲになり、ランチ後は野菜やフルーツを買って帰宅しました。巨大なパパイヤやライム、アボガドを合わせて、計$10でした。高い? 安い?



パパイヤもライムもハワイ島ヒロ産ですよ~。ヒロのファーマーズマーケットに比べれば値が張りますが、まあそれは仕方がないというものですネ。


今日は久々にワイキキに行ってきました。天気がよかったので、ビーチも人でいっぱい。私も海に入りたかったです。

さて、クヒオビーチに立つ銅像といえば…クヒオ王子の像です(何の捻りもなくゴメンナサイ)。クヒオビーチと命名されているのは、昔この地に、クヒオ王子の邸宅があったからなんですね。この邸宅はハワイ王国7代目のカラカウア王の未亡人、カピオラニ王妃から譲られたそうです。王妃はクヒオ王子の伯母にあたるんですよね。



クヒオ王子は王妃の妹の息子であり、子供時代にはイオラニ宮殿によく滞在していたそうです。1893年にハワイ王国は革命により崩壊しましたが、クヒオ王子は、ハワイがアメリカの準州だった時代に、ハワイ選出の連邦議員としてハワイのために尽くしました。1903年から10期、約20年近くも!

そんなわけで、ハワイでは3月26日はクヒオ王子の記念日。州の祝日になっています。

皆さんもこの次にワイキキを歩かれる時は、ぜひクヒオ王子の像を探してみてくださいね。


3日間のプチバケーションから、無事戻ってきました! 街の喧騒を離れ、静かな休暇を過ごしたいと出かけたオアフ島西部のコオリナでしたが…本当に海もきれいで静かで、素晴らしかったです!

コオリナ・リゾートは、あのディズニーのアウラニやらフォーシーズン、マリオットビーチクラブなど4つのリゾート&ホテルが集まって構成された一大リゾートエリア。今回は、そのうちマリオットに泊まってきました(クレジットカードのポイントを集めての無料宿泊でした…ムフフ)。

キッチン付きで過ごしやすい客室に加え、数々のプールに広大な庭にと、マリオットは開放感たっぷりで。リゾート前のビーチもそれは静かで、ワイキキとは別世界というか、まるで他島に来たかのような気分でのんびり過ごすことができました。



しかもリゾートの朝は早く、日替わりで様々なアクティビティが早朝から用意されていました。プールでは水中エクスサイズのグループが盛り上がっていたし、海辺の芝生では、タヒチアンダンスやヨガのクラスが開かれていました。タヒチアンダンスには日本人らしきシニア女性も参加していましたが、それがすごくお上手で! 私も次回は参加してみたいな~。ヨガのクラスもぜひ体験してみたいです。



…コオリナリゾートの歴史は比較的浅く、4つの湾は人工的に造られたものなのですが。なので「本物のラグーンがあるわけじゃないし。人口的だし」とあまり期待しないで出かけたのですが…海は遠浅で澄みきっており、湾の入口の岩場にはたっくさんの海水魚が。足の届く浅瀬で、エンゼルフィッシュやチョウチョウウオなど美しい魚を多数見ることができ、感激! 

しかも隣のホテルまでブラブラ歩いていたら、大きなハワイアンモンクシールにも遭遇! 自然保護団体、みたいなところの係員がちょうどロープを張ってモンクシールを護っていたのですが、その方によれば、コオリナからオアフ島最西端のカエナポイントにかけてはモンクシールの生息地。コオリナの浜辺にもちょくちょくモンクシールがお出ましになるそうです。





私もカエナポイントでモンクシールを見たことはありますが、いつもノースショア経由でカエナポイントに出かけます(カエナポイントにはノースショアからも西海岸からもアクセスできます)。なので、西海岸のコオリナがカエナポイントにごく近いことを、うっかり忘れていました。大きなモンクシールを見てビックリするとともに、「ああ、コオリナの自然美は本物だ」と今回、つくづく実感した次第です。海辺に新たに開発されたエリアだからって、そして新たに造設された湾があるからって、なめてはいけませんね!

…そんなこんなで、同じオアフ島にありながら、すっかり他島気分で過ごせたコオリナ。あまりに楽しかったので、また夏にでも家族で再訪したいと思います。ハワイはやっぱり最高です!