なんか、出発前にあれも書かなきゃ、これもお知らせしなきゃ! と思っていたのに、もうすぐNYに向けて出発します。息子が大学を卒業するので、人生初のニューヨークなのです。柄にもなく緊張してマス!

本来は、お墓ツアーの続編も書くはずだったし、キラウエア情報も書きたかったのに、中途半端でごめんなさい。今回は丸ごとPC持って行きますので、旅先から更新しますね。

キラウエア火山は日本でもずいぶん評判になってる模様ですが、今は山頂のハレマウマウ火口がモクモクときていますね…。私のスタンスとしては、立ち入り禁止&避難命令が出ている地区には入らないという、その原則を守っていれば大丈夫、と思っています。

ハワイは世界の火山学の最先端というか、日頃からもろもろの数値を、連邦政府&州政府&世界トップの火山学者がモニターしています。硫黄ガスの噴出にしても、昨日や今日、始まった話ではなく…。火山地帯ではいつもある程度のガスが噴き出しており、学校の子供達の遠足などでも必ず、事前に「呼吸器系の弱いお子さんは主治医の指示に従って見学してください」とかって注意書きが来たり。

なので、たとえば息子の同級生の女の子なども、火口は見学せずにバスで待機、なんて子もいました。つまりふだんからそういう地帯なので、別に今、地獄の黙示録のような事態が起こっているわけではないのを、どうぞご理解くださいね。

それにしても、レイラニエステーツでの被害が早く収まりますように…。民家が燃えるのは、やはり辛すぎます…。

それではしばらく留守にしますが、またメインランドからお目にかかりましょう! ALOHA!


日本でもすでに報道されているように、ハワイ島東部の住宅地、レイラニエステーツがキラウエア火山の噴火で大変なことになっています。

現在、住宅地の8か所に亀裂が入り、煮えたぎる溶岩が噴出するという状況に、1700人の住人全員が避難中。これまで5つの住宅が焼け落ちたとのことです。

同地で活動中の消防士さんなども頭痛を訴えていたり、溶岩だけでなく有毒ガスの被害も憂慮されていますが、ドロドロ溶岩の動きは少しだけスローになった模様。もしかしたら明日にでも、住民の一時立ち寄りが許されるカモ、とのことです。

昨日からキラウエア火山国立公園も閉鎖中だったのですが、こちらももしかしたら、明日の午後ぐらいから再オープンされる可能性も。予断を許さない段階ですが、昨日よりは少し、状況が沈静化しているような印象を受けました。

…先ほどのTVニュースでは住民のコメントが紹介されていたのですが、相変わらず、火山の女神ペレの話がよく出てきますね。「ここが危険地帯だとは私達も知っていたのだし。ペレがここを吞み込むというのなら、それもまた仕方がない」。ハワイ島の溶岩地帯に住む人々の気持ちは、昔も今も、それに尽きますね。

ニュースの冒頭には「今日も人々はマダム・ペレから逃げるため、ナンタラ…」と言っていましたし、ハワイで神聖視されるティーリーフで包んだお供物をペレに捧げるハワイアンの様子も紹介されていました。

まあ、今起こっていることは火山島に住む人々の宿命ではありますが。これ以上、被害が広がらないよう、私もペレにお祈りしています。


皆さんはナネッタ・ナポレオンという歴史家をご存知でしょうか? あのフランスのナポレオン…とは一切関係なくて(ゴメンナサイ)、ハワイではお墓研究の第一人者として知られる学者さんなのです。

ナネッタさんは墓の第一人者というより、恐らくハワイでは唯一の墓研究者であり、時に「セメタリ―(墓)・レディ」なんて呼ばれることもあるほど。ハワイ中の墓を知り尽くし、ハワイの墓地を語らせたら、この方の右に出る人はいないでしょう。

ナネッタさんの名前はずっと以前から聞いていました…。いつか会ってみたいな、きっとすごく面白い話を五万とお持ちだろう、でも雲の上の偉い方なんだろうな~。そう思っていたのですが。

このたび、イオラニ宮殿のボランティアを対象にしたオアフ墓地ツアーがあり、ようやくお会いすることができました。会ってみると意外に若くてバイタリティに溢れ、大変気さくなオバサマという感じの方で! 「墓が大好き。墓地は野外博物館のようなものよ」と、目をキラキラさせて墓地を案内してくださいました。



このオアフ墓地はホノルル・ヌウアヌの丘にあり、我が家から徒歩20分くらい。1844年という、カメハメハ3世時代に創設されたハワイ最古の公共墓地なのです。

当時、ハワイでは捕鯨が盛んでした。ホノルル港には捕鯨船がたくさん入って来ていましたが、ホノルルで亡くなったアメリカ人船員を葬る場所は皆無(宣教師用の墓地はありました)。そんな理由もあって公共墓地が造られ、今に至っています。

その後、墓地は拡張され続け、今では18エーカーという広大な敷地に2万5000人が眠っています。ナネッタさんは同墓地委員会の委員の一人であり、(ハワイ中の墓地を研究はしていますが)この墓地が一番お好きだそうですよ。

オアフ墓地に埋葬されている人々の話はまた次回しますが、ナネッタさんのこんな言葉が印象的でした…。「初めてこの墓地を歩いた時、道路の名前がついた墓石がいっぱいあるなあ、と思ったの」。

それもそのはず。オアフ墓地には有名な方がいっぱい埋葬されていて、それらの方々の名前が、ハワイ中のストリートネームとして残っていますからネ。

それらのお墓の一部、次回でご紹介しますね。少々お待ちください~。

PS 今日はハワイではレイと花を愛でる祭典、レイデー! …本当なら、我が家はビショップ博物館の野外コンサートに行くはずで、チケットも買ってあったのです。ロバート・カジメロやケアウホウも出るんですもの、とても楽しみにしていました。それが、思いがけず風邪をひいてしまい、キャンセルすることに…。今、悔し涙にくれております。クヤシ~!




話があちあちに飛んでゴメンナサイ! お墓ツアーの前に緊急?連絡です。

以前も書きましたが、私はハワイで結成されたバンド、ストリートライトケイデンスが大好きで。先週、そのライブに行ってきました。彼らはバイオリン、チェロ、アコーディオン、ギターで構成するフォークポップの人気バンド。人によってはアイルランド風のポップミュージックとも言いますが、今、アメリカ本土でも人気上昇中なのです。

ストリート…はうちの近所にあるハワイパシフィック大学のオーケストラ部出身の2人を中心に結成された4人組なのですが、今ではLAに拠点を移し活動中。先週、ハワイシアターでその大学のオーケストラの公演があり、後半がストリートライトケイデンスの部だったので、観に行ってきました(上の写真)。相変わらず、カッコヨカッタです!

その彼らが、ゴールデンウィーク中の東京でライブを行うとか! ギリギリになりましたが、皆さんに緊急連絡しております。ミッドタウンで開催されるイベントに4月28日~5月2日、出演ですって。ぜひ観に行ってくださいね。詳しくはこちらからご覧ください

時間とかの記載がないのですが、別途、ストリートライトケイデンスのニュースレターには、4月28日~5月1日の4時~&7時~、5月2日の3時~に出演とありました。再確認してくださいね。観に行った方、感想、お待ちしています!


気がつけば、もう4月も1週間を残すところとなりました。うっかりしていましたが、まだ今月のハワイアンカレンダーをUPしていなかったですよね。失礼しました!

上の写真のように、今月はなかなか素敵なイラストですよ。タイトルは「アロハタワー」なのですが、ようするにアロハタワー横のホノルル港に大型船がしょっちゅう入っていた、船旅時代をイメージしたものです。

フラダンサーが一見、船の上の王子を慕う人魚姫か? という雰囲気で描かれていますが、なかなか素敵ですよね~。

5月のカレンダー、来週にもうUPとなりますが(実は来たるの月のイラスト、私もあえて見ないようにしています)、どうぞお楽しみに!

さて先週から、ハワイの総合情報誌アロハストリートの連載にて「カメハメハ大王像の秘密あれこれ」が公開されています。現在、ランキング場で9位! そちらもぜひ、ご覧くださいネ。

PS いろいろなことが毎日ありまして。昨日は著名な歴史家による、オアフ墓地ツアーに行ってきたのです。歴史上、名の知られた方々がたくさん眠るオアフ墓地のお話、またシェアしますね。


今回のハワイ島の旅では、本来ならばヒロからワイピオ渓谷に行くはずだったのですが、その日は朝から生憎の大雨で…。さっさと島の反対側のコナに渡ったところ、そちらは晴天で、嬉しい驚きでした。

で、向かったのがコナコーヒー歴史農園(コナコーヒー・リビングヒストリー・ファーム)。こちらは1920年代~40年代の内田コーヒー農園の農場や生活を再現した農園なのですが、いろいろ勉強になりました…。実際の生活空間や作業場を目の前にしながら話を聞くことで、当時の農園生活の辛苦が身に沁みて感じられました。





たとえば、コーヒー豆は同じ枝の豆でも成長の段階が違い、数回にわたって熟すので、目で確認しながら全て手摘みしなければならないこととか。豆を収穫したらしたで、その日のうちに豆の処理をしないとひと晩でダメになってしまうので、収穫期には夜遅くまで働きづめだった話とか…。

今の自分の、楽ちんでダラダラした生活が恥ずかしくなるような話を、たくさん聞いてきました。

コナコーヒーの発展には初期の日系移民が大いに寄与しているのですが、そんな関係上、今もコーヒー農園にはホシダナとかクリバとか、日本語の名称がたくさん残っています。クリバは作業場を指し、日本語ペラペラのスタッフの方に日本語でどう書くのかと聞かれたのですが、一同わからず。これって古い言葉? それとも方言なんでしょうか。もしご存知だったら、教えてくださいね。

そのほか、雨に備えて開閉式の屋根のある(豆の)干し場や、(豆を摘むために)コーヒーの木の枝をグッと自分に引き寄せるためのスティックだとか、日系移民の考案したものもいろいろ見せていただきました。日系移民の力なくして、今のコナコーヒーの成功はなかったのカモしれません。

農園ではもちろんコーヒーの木や花も見ることができるほか、ラウハラ編みに挑戦したりといろいろな体験ができ、楽しかったです。生のマカデミアナッツも食べ放題(笑)。





次回は、ぜひ家族で訪れてみたいです!



フラ界のオリンピック、メリーモナークが開かれる街、ヒロ。もちろん日系人の多いことは認識していましたが、ついついハワイ文化の色濃い街として、私は認識していました。

でも、前回お話ししたように、日系人会館があり、移民の慰霊碑があり…(雨のため、土俵の写真は撮れませんでしたが、次回撮ってきます!)。日系社会のリーダーのような方に話も聞けて、感慨深いものがありました。

ヒロでは今も昔もとにかく日系社会の結びつきが強くて。ここはホントにアメリカなの? と、フと信じられない瞬間も。こうやって日本からの移民たちは結束して助け合って生き抜いてきたんですね。

ご存知のように、今年は元年者150周年という節目の年ですね(明治政府―ハワイ王国の契約に基づいて1885年以降、ハワイに渡った人達が官約移民。それ以前に在横浜のハワイ王国総領事の呼びかけに応じ、でも明治政府の公認を受けることなくハワイに渡った人々がいました。それが1868年にハワイに渡った150人です。1868年は明治元年だったことから、150人は元年者と呼ばれています)。

今回の旅で初めて知ったのですが、官約移民の子孫は、現在(日系)5世まで来ているそうです。一方、元年者の場合は1世代多く、今が(日系)6世の時代。



ヒロには官約移民1世の時代から続くビジネスがいくつもあり、今回訪問したカーディーラー、カマアイナモータース&カマアイナ日産の前身は、110年前に創業したビジネスとか(最初は漁師→船舶の石油の商い→車のビジネスと発展)。現職のキタガワ社長さんは5代目だそうですヨ。

これはヒロに限りませんが、こうして移民1世の頑張りがハワイ社会の基盤を築き、さらに後年大きく花開き、幸せ溢れる豊かなハワイを築いてきたんですよね。今のハワイは、昔々の移民達の夢と希望、そして汗と涙の上に、成り立っているんですね。

…な~んてことをつくづく考えてしまった、このたびのヒロ訪問でした!



ハワイ島3日間の旅から戻ってきました。

今回はハワイ州観光局の文化啓蒙プログラムアロハプログラムの研修旅行でした。なので、それはそれはディープな旅でした。詳しくはまたお話ししますが、ヒロでは日系移民関係のお勉強をいろいろしてきました。

あんなに…日頃「ヒロ大好き!」なんて言っていた私ですが、実はヒロのこと何にも知らなかったんだなあ、と実感。ヒロの街でハワイ州最後の土俵を見たり、巨大な墓地に建っている日系移民の慰霊碑などを見てきましたからね。日系人会館もしっかりあるんです。

ヒロとホノルルはものすごく違いますし、ヒロとコナもまた、全然違います。






オアフ島を知っただけでハワイを知ったと思うナ! なんて、何だかハワイ語の諺にありそうな感慨を抱いた今回の旅でした。ハワイはディープです!


きゃあ~。あれからまたブログが途絶え、今朝は再びハワイ島に出発です。「おいおい行った先の画像などお見せしますね」とかと言いながら、ごめんなさい!

今回はヒロに飛び、明日はワイピア渓谷、明後日はコナという充実の旅です。なんか「メリーモナーク前&後」を目指してハワイ島入りしているみたいな私ですが…。

またゆっくり、ご報告させてくださいね。ALOHA!

(先週は、ハワイ島ハヴィにある初代カメハメハ大王像も訪問しました。ずいぶんきれいになっていました!)


いよいよハワイ島ヒロで、フラ競技会の最高峰、メリーモナークフェスティバルが始まりましたね! 今夜はホイケ。ただ今、TVで観ている真っ最中です。

…メリーモナークには関係ない取材でしたが、昨日はハワイ島コナに日帰り出張でした! 忙しかったけれど楽しかったです。100%のコナコーヒーやラウハラグッズのあれこれも買ってきました~。

またおいおい行った先の画像などお見せしますが、今日はこの辺で…。See you soon!