セドナではたった3日間の日程でしたが、はるばるグランドキャニオンにも行ってきました。娘のたってのお願いでしたが、行ってヨカッタです。渓谷の全長446キロ、東京都が2つ入る谷底の面積って…。想像を絶するスケールで!

何より、谷の深さが800メートル。展望台では私も気丈に振るまっていたのですが、柵があるそういった場所はこく一部(上の写真の左上部分に展望台が写っています)。ほぼ剝き出しの崖っぷちが続き、いつの間にか高所恐怖症になっていた私は、実は恐ろしくて長居できませんでした。

なぜってインスタばやりの世の中、多くの人が崖を背にポーズをとっていて。中には脆そうな崖っぷちの木に寄りかかったりする人もいて、見ているだけで怖かったです。ブルブルブル…。

でも、とてつもないスケールの大自然を見ることができ、はるばる出かけた甲斐がありました。セドナからは車から3時間ほど。途中、アメリカインディアンのベンダーが集まるクラフトフェアで買い物したのも、楽しかったです!(トルコ石&鷲の羽のペンダントを買いました)

道々、そしてグランドキャニオンの一部にも雪が積もっていて、ハワイ生まれの夫はそちらに大喜びしておりました。



帰路は道路が凍って怖かったですが、楽しいデイトリップとなりました~。


「旅先からまたブログをUPする」と言いつつ…すっかりオオカミ少女になってしまってごめんなさ~い! しかも帰ってからも沈黙が続き、そちらもお詫び申し上げます(ひれ伏す)。

19日土曜にホノルルに帰ってきたのですが、週明けから即、大きな仕事に突入し…。以来、10日も経ってしまったのです。許してください…(涙)。

今さらですが、初めて訪れたアリゾナ州セドナは、不思議な土地でした。見る景観全てが生れて初めて見る摩訶不思議な様相の赤土の山や丘で。車でフェニックスからセドナの町に入った私たちは、しばらく「わあ~!」「え~!」「あれ見て!」「すごい!」と、感嘆詞しか言葉にできませんでした。







今回、きちっと勉強しないまま訪れたセドナですが、セドナが聖なる土地だということは、よ~くわかりました。あの奇景・奇岩の一つ一つに、物語が紡がれているのに違いありません。昔そこに住んでいたアメリカインディアンのこと、もっと学ばなければ! と感じて帰ってきた次第です。

セドナのこと、またUPしますね(今度は本当に)。またすぐ帰ってきま~す!


前回ご紹介した王家の霊廟、歴史的に重要な地なのはもちろんですが、お庭の植物もなかなか…です。写真の奇妙な木は、アリイポエ。太い枝に大きな実が密着していて、なんだかギョッとするルックスですよね。

これはフラダンサーさん必見の木! ウリウリという、赤や黄色の羽根をつけたフラの楽器がありますが、その材料に使われています。アリイポエの種を乾燥させたものをウリウリの手に持つ部分(ラアミアの実)に入れて、あのシャカシャカシャカシャカ! という音を出すのですね。

こうやって考えると、ハワイアンって本当にクリエイティブ。島の限られた素材で素晴らしいものをたくさん創りあげ、それが今に続いています。ハワイに住んでいると、どうしても植物に興味が湧いてきますよね。お花も素敵だけど、こんな不思議な実を見たら、調べずにいられませんから~。

さて、実は今日から旅に出ます(日本ではありません…涙)。なので簡単な内容でゴメンナサイ! 旅先から、またブログUPしますネ。Aloha!


もう2週間前になりますが、久々に、ヌウアヌの丘の王家の霊廟に行ってきました! ハワイ王朝の50人以上の王族が眠るこちらの霊廟については、あちこちに書いております。

たとえば、ハワイ州観光局のアロハプログラムでも書いていますので、ご覧くださいね。

この王家の霊廟、大変な聖地でありスピリチュアルな場所ですから、まあいろいろな出来事があるようですが…。今回も、なぜかカメラがおかしくなりました。画面におかしな柄のようなものが入ってしまったり(レンズが汚れているの? と思ったら、その後消えました)、なぜか動画モードになってしまったり。カメラに続き、携帯電話での撮影でも動画モードになったりして、なんだかおかしな感じでしたよ。

「え? カメラがおかしい!」と騒いでいた私に、「ここではそんなことがよくありますよ。想像以上に」とおっしゃったのは、霊廟の管理者のカイさん。実は私にとっても、カメラがおかしくなるのは2度目でした。

このカイさんも王族の末裔の一人であり、世が世なら…という方。その日はカイさんに、ちょっと衝撃的なことを聞きました。ふだんは施錠されているチャペル(上の写真)を見せていただいた時のことです。カイさんが、「1976年にチャペル周辺の溝の工事をした時、19体の古い遺体が出土した」というのです!

何でもその19人は人身御供のようなものではなく、やはり王族。王族だけがつけられる羽毛のケープなどが一緒だったので、そうわかったそうです。ただしやや位の下の王族なので、昔のハワイの埋葬の慣習にのっとって、位の高い王族の墓の回りに葬られたのだろう、との推測でした。

(あ、言い忘れましたが、このチャペルの建物こそが、最初は霊廟として建てられた建物です。ですがそのスペースがいっぱいになったため、チャペルの外に別途、カメハメハ王朝の霊廟、カラカウア王朝の霊廟などが造られたという経緯です)

チャペルの周囲から遺体が出たという話が初耳だった私は驚愕し、「ではその19体は、今どこにあるのですか?」と聞くと…。「また元に戻されてそのまま眠っていますよ」とカイさん。え? このチャペルの回りの土の中に?

「そう…。その角のあたりに4体、そちらに3体…」と、カイさんは詳しく教えてくれました。

…このチャペルに入ったのは、今まで何度くらいあったでしょうか。5,6回? でも! チャペルの回りにグルリと遺体が埋葬されているという話は知らなかった~! 正直、衝撃を受け…ちょっと怖くなってしまいました。

王家の霊廟は、本当に奥が深いと言いますか。訪れるたびに驚きの発見があり、何度も訪れてしまう自分がいます。皆さんもぜひ!






ちょっと時間が空いてしまいましたが、カルチャーな毎日を過ごしていた2週間前の週末、ビショップ博物館にも出かけてきました!!

ちょうど会員権が切れていたのでその更新と、もう一つ、気になる展示があったからです。「タタウーポリネシアの印」がそれ。タタウはタトゥーの語源になったサモア語ですね。タヒチでもタトゥー。ハワイではTがKになり、カカウと呼ばれます。

その言葉が18世紀、イギリスのクック船長の太平洋航海の際に西洋に持ち帰られ、タトゥーという英語が生まれました。タトゥ―の伝統については、例によってアロハプログラムでも紹介していますので、ご覧くださいね。

さて、ビショップ博物館の展示では、サモアの伝統に焦点を当て、タトゥの美を写真で紹介。私は数々のタトゥー写真はもちろん、その企画に関わったサモアのタトゥー師、スアさんのお言葉を読んでジーンとしてしまいました。



「私がタトゥーについて話す時はいつでも、ただタトゥー師であることやタトゥーがどうの、などと話すのではありません。家族や人生について話します。タトゥーはライフスタイルであり、文化。私はタトゥーに命だって捧げます」

「タトゥーのおかげで、自分たちが完全に植民地化されたわけじゃないことを思い起こすことできます。西洋人がやって来て教えを解き、西洋の生活様式とともに植民地化していったけど、タトゥーは私たち民族を過去の責任や歴史、遺産、文化に結び付けてくれるのです。…」

なかなか深い言葉ですよね~。もしかしたら、サモアはポリネシアのなかでも「彫り」の中心地なのかもしれません。

このタトゥー展は、7月4日まで開催中。チャンスがあったら、ぜひ! ご覧くださいネ。

(あ、告知していませんでしたが、アロハストリートにて新コラムが公開されています。こちらもご覧くださいね)


ウクライナ情勢、ひどいことになっていますが…。ロシアからのサイバー攻撃も激化し、トヨタ自動車も被害にあったとか。ロシア、一線を越えてしまいましたね。

さて話変わってハワイのコロナ最新事情ですが、昨日の感染者数は州全体で142人でした。死者もゼロ! 過去1週間の検査の陽性率は2.7%です。一時は20%を超えていましたから、大進歩ですよね。そんな状況の下、マウイ島に次いでオアフ島やカウアイ島、ハワイ島も、さまざまな規制が撤廃されることが昨日、発表されました。

オアフ島については3月6日から、施設やレストランへの入場も、ワクチン証明やテストの陰性証明なしでOKになります。集まりに関する人数制限もなくなるので、今後、イベントもどんどん増えていくことでしょう。

一方、ハワイ州全体では、室内のマスク着用義務が継続されることに(金曜の州知事の発表によります)。全米でマスク着用義務を課すのはハワイ州だけとなりましたが、私としてはそのゆるやかなペースでの規制解除、大歓迎です。急がば回れとも言いますからね。

日本側の鎖国政策もとけつつあるなか、今年こそ、日本ーハワイの行き来が復活の予感。ハワイでお会いしましょう!

(トップのショッキングな画像は、今日の朝刊からとったものです。家が地滑りというか、ビーチにずり落ちてしまっているの、わかりますか? オアフ島サンセットビーチでの出来事でした。Malama Hawaii…ハワイを大切にしましょう! 地球の温暖化→海面レベルの上昇、怖いですね)


昨日は早朝から、アラモアナビーチへ。少し曇っていたけれど、美しい朝でした。

日本から、大切な方の訃報が届き…。大変お世話になった親代わりのおじ様が、90歳で亡くなりました。日本の鎖国対策が解け、やっと帰国できると思ったこの瞬間に…。最後にお会いするのは間に合いませんでしたね。この2年間の空白が残念でなりません。

暗い気持ちを抱えて出かけたビーチでしたが、やはり海は最高です! 海を横目に見ながらしっとり濡れた砂の上を歩いていると、心が少しづつ晴れていきました。

が! 昨日はクラゲの出没日に当たっていたよう。ビーチのそこここでクラゲがヒクヒクしていました。円で囲まれている箇所に気がつき、よく見たら透明のクラゲがそこでヒクヒク。猛毒の箱クラゲのようです。



その後ビーチでいくつものクラゲを見つけ、私も円で囲んでおきました。気がつけば、ほかにも円がいっぱい。皆が同じように円で囲んでいたようです。そういう習慣なのでしょうか?



そういえばよくボディサーフィンをする夫が、箱クラゲに2日連続で刺されたのは10年前。アナフィラキシーショックを起こし、救急センターで手当てを受けたのですよね。その時の記事はこちらです。

そんなわけでクラゲには見慣れている夫ですが、それでもこんなにたくさんのクラゲがビーチに打ち上げられているのを見たことがない、と言っていました。「せいぜい1つか2つくらいは見たことがあるけどね」

なのに海ではいつものようにたくさんの人が泳いでいたし、浅瀬ではサップヨガのクラスも。…箱クラゲは満月の7日~10日後に出没するので、ワイキキ水族館を始め、いくつかの団体が箱クラゲ・カレンダーなるものを毎月出しているのですけどね…。

カレンダーによると、明日までが箱クラゲの出没日のよう。本来は日曜に出かけたいアラモアナビーチなのですが、明日はやめておこうと思います。


今週末は3連休でした! その前夜の金曜日に始まり今日も含めて、なんだかカルチャ~な日々を過ごしていました。

まず金曜日は、ワイキキのハイアット・リージェンシーホテル主催のセミナーへ。ハワイ語月間である2月は、ホテル2階の「ホオケラ・ハワイアンカルチャーセンター」(写真)にて毎週金曜日に、参加無料のセミナーがあるのですよね。

この日のセミナーは、フラの師でありハワイ語の流暢な使い手でもある、ヒナ・ウォングさんによるトークショー。ヒナさん監督のハワイ語アニメーション「カパエマフ」上映を皮切りに、いろいろ濃いお話をしてくださいました。

「カパエマフ」は、ワイキキのカフナストーンをテーマにした短編。タヒチからやって来た4人のヒーラーが癒しのパワーを残していったとの伝説が残るカフナスト―ンは、ハワイ文化好きにはよく知られていると思います。が、その4人のヒーラーが男性と女性双方の本質を合わせ持つ特別な人々(いわゆるトランス・ジェンダーですね)だったという解釈は、私もこの映画で初めて知りました~。

自らもトランス・ジェンダー(ハワイ語でマフー)であるヒナさんは、カフナストーンのそんな歴史的な解釈をはじめ、マフーである自分と家族がかつて経験した確執や生きる上での苦難など、個人的な話もいろいろシェアしてくださいました。時には涙ながらに…。

ヒナさんはハワイアン社会では超がつく有名人です。しかもバリバリのハワイアン活動家という印象で少し近寄りがたい人と感じていましたが、そのトークショーのお陰で、そのお人柄に惹かれてしまいました。またじっくり、お話を聞いてみたいです。

(最初、畏れ多くて写真が撮れなかったので)ヒナさんや、「カパエマフ」の画像については、こちらをご覧くださいね。

それにしても。「カパエマフ」でのハワイ語、そしてヒナさんと、ヒナさんの高校時代のハワイ語の恩師であるケアヒさん、ホオケラ・ハワイアンカルチャーセンター代表で著名シンガーのクウイポ・クムカヒさんとのハワイ語のやり取りが、それはそれは素敵で…。生まれて初めて、私もハワイ語を学んでみたいと思いました。

人生100年時代ですから、まだ遅くないかも?ですよね。




昨年、こちらでも、共同通信で旅エッセイの連載コラムの配信が始まったことはお知らせしました。各地の地方紙で、早いところでは11月から連載がスタートしています。

この連載開始時期にはけっこう時間差があり、今年に入ってから始まった新聞もいくつかあるよう。そして、な、なんと! 今月から私の出身地である神奈川県を代表する新聞社、神奈川新聞でも、連載がスタートしたというではありませんか! 

実は神奈川新聞社には、高校時代にとてもお世話になり…。というのも高校時代、新聞部に入っていた私。神奈川新聞に印刷をお願いしていたので、定期的に通っていたのですね。

新聞社の方々には、行くたびにいろいろなことを教わりました。たとえば、大きな記事中の小見出しの配置の仕方。2つ以上の小見出しが、縦列に並ぶと記事が分断されてみっともない。「それを切腹といってね。避けないといけないんだよ」なんてことを教わりましたっけ。

その後、私は書く道に入ったわけですが、今でも「切腹」の教えは忘れません。校正刷りが出て切腹状態になっていたりすると、私は本文を調整して小見出しの位置を動かすようにしています。

…と、神奈川新聞には青春時代の色濃い思い出があるわけなのですが、なんとそちらにコラムを掲載していただくことになるなんて! なんという誉れでしょう! 嬉しくて嬉しくて…。皆さまにお知らせしている次第です。

なお、旅エッセイ「ハワイの窓から見えたもの」は、通常は週1の連載なのですが、神奈川新聞では月1になるよう。次回は3月6日の掲載だそうです。今年いっぱい続くようなので、もしかしたら私も、掲載紙をこの手に取ることができるカモ。日本の鎖国政策も、やっと解除に向かうようですしネ。…ワクワクします!

というわけで、神奈川県在住の皆さま。「ハワイの窓から見えたもの」、ぜひ探してみてくださいね~。次回は、ハワイの精神世界がテーマです。
改めまして…Happy Valentine's Day! 



先ほど、以前ご紹介したスーパーのセイフウェイにまた出かけたら、最後のヴァレンタイン・ギフトを買う人々でお花売り場は混んでいました。女性も恋人や家族にお花を贈る人が多いようで、女性客も含め、売り場は何やら殺気立っていたような。

とはいえ、この日に薔薇のブーケを買おうものなら、軽く$30、$40。なので私は先週、主人に「ヴァレンタインズデーの高いお花はいらないワ」と言って、さっさと自分で美しいユリを買ってきたのです。



ところが今朝見ると、ほとんどの花が落ちているではありませんか! 急に淋しくなり、娘に1輪差しのピンクの薔薇、自分には同じくピンクのチューリップを買ってきたところです。

そんなわけでつい先ほど、ピンクのお花を抱えて道を歩いていたら、見知らぬ中学生の男の子3人組が「ハッピー・ヴァレンタイン!」と声をかけてくれ、ウキッ。またしばらく行くと、やはり見知らぬシニア男性が、「きれいな花だね~、有難う」と、ジョークを混ぜながら声をかけてくれました。何だか、とても幸せな気分になりました~。ヴァレンタインデー万歳!

…と、ここで話はガラリと変わりますが、実は2月14日は、ハワイで歴史的な大事件が起きた日でもあります。なんとなんと…。イギリスの航海家、キャプテン・クックが、ハワイ島ケアラケクア湾で亡くなった日なのですよね。正確に言いますとハワイアンに殺害された日。そのあたりの顛末については、こちらにチラリと書いております。1779年の出来事でした。

なので毎年、2月14日が巡ってくると、どうしてもキャプテン・クックのことを思い出してしまう私。…もしかしたらイギリスの人々も、同じなのカモしれません。