つい先日、ちらりとご紹介したワイマナロビーチなのですが。先週、全米トップ10ビーチのリストが発表され、なんと! 堂々の1位に輝きました!

このリストはビーチ博士のニックネームで知られる、フロリダ国際大学教授のスティーブン・レザーマン氏が毎年発表しているもので、海水や砂の質をはじめ50の項目を審査して選ばるリストです。正確にいうとワイマナロ・ベイ・ビーチパークが、全米一ビーチの栄光に輝いたのでした。

なにせ写真を見ていただくとわかるとおり、サッラサラのパウダースノーの白砂に、この海ですからね。やっぱり楽園そのものですよね~、美しすぎますよね~! おめでとう、ワイマナロビーチ!

ただ...ここだけの話? 実は私が一番好き、かつ最も美しいと感じているのはほかにありまして...。オアフ島ノースショアの果てのモクレイアビーチなのですが。

ここはとにかく白砂が美しく、しかも深いんです。鳥取砂丘のよう(行ったことないまま言っています)。珊瑚礁も元気なので、貝殻も落ちてるし~。



ですが、ビーチ博士の審査では周りの環境や施設の充実(シャワーなど?)も含めての話なので、トイレなどもないこのあたりのビーチは、対象にならないのかも、です。

さて、そろそろ夏本番のハワイ。私もPCの前に座り込んでいないで、ノースショアにでも出かけたくなってきました! 


先週日曜は、ワイキキであちこち、写真を撮っておりました。そのうちの一箇所が、ピンクパレスとの愛称で知られる高級ホテル、ロイヤルハワイアンホテルです。

このホテルは1927年創業ですが、その土地については古~い歴史がありまして。16世紀に大酋長カクヒヘヴァが拓いた椰子園の跡に建っています。カクヒヘヴァはオアフ島を代表する大酋長。そのため、大昔オアフ島は、「カクヒヘヴァのオアフ」と呼ばれたほどですよ。そう、由緒あるホテルですが、土地そのものにさらなる歴史と伝統が息づいているんですね。

その昔、カクヒヘヴァはここに1万本の椰子の木を植え、ヘルモアと名づけました。ヘルモアとは、ハワイ語で「鶏の引っ掻いた跡」。カクヒヘヴァの目の前に怪鳥が降りたち、地面を激しく引っ掻いたとか。その地に椰子を植えたのが、椰子園ヘルモアの始まりだそうです。

この歴史あるヘルモアの椰子の木は、今もホテルの内外に残っています。もちろん、16世紀から生き続ける椰子の木なんてないのですが、今たっているのは、ヘルモア時代の椰子の子孫たち。ちなみにホテルがオープンした時代には、まだたくさんの椰子が残っていました(下の写真)。



ロイヤルハワイアンホテルは、ヘルモアゆかりの椰子を大切にしていて、数年前に改装工事のため一部、木を切らなければならなかった時も、その椰子で太鼓を作ったそうです。

これらの太鼓はロビーの一角に展示されていますので、ぜひチェックしてみてくださいね! カクヒヘヴァゆかりの…太鼓ですよ~。






この花、パウ・オ・ヒイアカといいまして、ハワイ原産の植物の1つです。直系1センチにも満たないほど小さく、パッと見た感じイヌフグリのよう。ごく小ちゃな花なんですよ。可愛らしいのに加え、ユニークな伝説があるので、ご紹介しましょう。

パウ・オ・ヒイアカは、ハワイ語で「ヒイアカの巻きスカート(パウ)」。ヒイアカは火山の女神ペレのお気に入りの妹の名前です。卵で生まれ、ペレはその卵を大切に腋の下の窪みに入れて守りながら、タヒチからハワイに渡ってきたのですって。

卵がかえってヒイアカが生まれた後も、ペレはお姉さんらしく大切に面倒を見ていました。ですがある暑い日、ペレはすやすやと眠るヒイアカをビーチの草むらに残し、釣りに出かけたそうです。

そしてペレが海から戻ると、ヒイアカはある植物に守られるようにして眠っていました。植物がヒイアカの上に伸びて影を作り、厳しい日差しから守っていたのです。それ以来この植物は、パウ・オ・ヒイアカと呼ばれています。

こんな小さな花の下でスヤスヤ眠れたのですから、赤ちゃん時代のヒイアカもさぞ小さかったのでしょうネ。

パウ・オ・ヒイアカは朝顔の仲間ですが、ハワイでは浜辺近く、砂地っぽい場所によく咲いています(浜顔の感じ?)。それが、今日は、ワイキキのハレクラニホテルの敷地内で発見! プールサイドの一角に可憐に咲いていました。ごく小さな花ですが、ぜひ探してみてくださいね。


今日はくだらないネタで失礼します。
昨日、ダウンタウンの郵便局に行ったのです。で、フと、目の前の若い白人男性の足元を見てギョッ!!! 膝下に、まるでお経のような、漢文調のタトゥーが施してあったからです。両足のタトゥーは、異なっていました。

ハワイには変な漢字のタトゥーをしたロコがたくさんいるのは確かですが(気の毒なことに、間違った意味合いを教えられて彫っちゃったの? みたいな)、こんな、違う意味でギョギョギョ! としたタトゥーを見たのは初めてです。ずいぶん本格的な漢文だこと...。これまで見た漢字は、愛、とか努力、とか最高、とか、日本では絶対見ない類のタトゥーでしたが...。いったいどういう意味があるのだろう。

この方の足をひと目見て、つい「耳無し芳一の話」を思い出しちゃった私です。
...とはいえ、本当にお経の一節だったりして...御守りの意味があるんだったりして...。
どなたかわかったら、教えてください!


先日、サモアの伝統についてリサーチしていました。ホノルルにはアメリカン・サモアの領事館にあるので、電話をしてみたのですが、文化担当官が不在で。

じゃ、また明日電話を掛けなおします、と言って切ろうとしたのですが、対応してくれていた女性が言うのです。「じゃあ、サモアに電話してみたら?」と、簡単におっしゃるのですよ。サモアに電話するって、え!? つまり国際電話をサモアにということ?

でも女性はいともカジュアルに「ええ、そうよ。してみたら?」と、電話番号をくれたのでした。それで初めて知ったのです。アメリカの領土であるアメリカン・サモアに電話するのは、ハワイからまるで国内電話感覚! カリフォルニアに電話するかのように、国内感覚で簡単に電話が通じてしまうのでした。国際電話のように面倒なことは全くなし、なんですよ。

そうして結局、思いがけずアメリカン・サモアのお役所に電話をしてしまった私。いろいろ質問した私に、電話に出た女性はそれはそれは親切でした。ハワイのお役所のおばちゃまに話しているのと同じ感覚で、緊張感は全く感じなくて。サクサクと用件を済ませることができました。しかも電話の切り際に、「日本の人がサモアの文化に興味を持ってくれるなんて、有難う」なんて言ってくださって。

キャッ! なんて嬉しいんでしょう!

…思えば小さな頃から、ハワイだけでなく、タヒチとサモアに憧れていました。世界地図の中で、これらの島々に○印を付けたりして、白砂のビーチを想像していた私ですが、そうなんですね…。ハワイまで進出したら、サモアはもうすぐそこ! 手の届くところにある感じなんですよね。今回、改めて実感した次第です。

今度はもしかして、タヒチにも電話しちゃったりして?(フランス語はできませんが?)

…想像するだけで、興奮してしまう私です! 


今年は、アメリカの首都ワシントンDCに日本から桜が贈られ(1912年)、そのお返しにアメリカから日本にハナミズキの木が贈られてから(1915年)、100周年だそうですね。

日米の友好関係の印として3000本もの桜の苗が横浜港から到着し、今では我らが日本の誇る桜が、ワシントンの春を彩る風物詩となっています。

最近、そのワシントンDCの桜をモチーフにした切手が発売になったので、さっそく買って来ました! ワシントンDCの象徴でもあるリンカーン記念館や国会議事堂と桜の花の組合せが、とっても綺麗。

シートには日本語&英語で友情、の文字も書かれており、ジーンときました…。何でもDCでは、毎春、桜祭りも行われているそうです。

いつか、DCの桜も見てみたいものです! 桜の咲き乱れるポトマック川沿いを歩いてみたいです。 







うちから徒歩で10分のイオラニ宮殿。ボランティアでツアーの案内をやっているキルト作家のアン先生に会いに、行ってきました~。博識のアン先生のツアー、2回目ですが、行くたびに新鮮な内容で。勉強になりました&面白かったです!

何を隠そう私も、宮殿のお手伝いができるよう、勉強中の身です。1月から週に一度、宮殿のクラスに通っていまして。ホントに知れば知るほど...奥が深いです、ハワイの歴史は!

さて、この日のツアーで驚いたのは、カラカウア王の寝室に、真新しいカーペットが敷かれていたことです。だって前日、クラスで行った際には、なかったんですもの。それが一晩で急に! 働き者のメネフネがやったのか? と思いましたよ。それが冒頭の写真です。まだ敷きたてホヤホヤ?で筋も入ってますね。

この絨毯は、王国時代の1880年代に撮られた写真に従い、厳密に織られたものです。ネパールで創られたそうです。もちろん白黒写真しかなかった時代ですが、現代の技術を駆使して光の具合などを分析し、色を割り出したものだそうで。とても品があってきれいですよね!

最近、宮殿でいろいろ学んだのですが(1980年代から宮殿は博物館として公開されています)、とにかく王国時代の様子を現代に蘇えさせるため、宮殿スタッフは大変な努力を重ねています。昔ハワイ王国崩壊とともに売り払われた宮殿内の調度品も、そうして半分くらい戻ってきています。しかもまだまだ追求中です(このあたりの話は、またいつかシェアさせていただきますね)。

そんなわけで、復元品ではありますが、新たな絨毯が入ったことについてもスタッフは嬉しそうでした。ネパールの皆さん、素敵な絨毯を有難う! ネパールが誇る貴重な織物文化&技術が、打撃を受けていないといいのですが...。



またもや! です。先週、マウイ島で、鮫による死亡事故がありました。キヘイ地区の某ビーチ沖200mでスノーケルを楽しんでいた女性が、鮫に襲われて亡くなったという…。マウイ島で鮫に襲われて死んだのは、去年から数えて3人目だそうです。

19世紀の昔から、なぜかマウイ島では鮫の事故が多かったことは多かったのですが…(弊著「ミステリアスハワイ」を参照ください)。それにしても、ですよね。昨年から3人とは…。

…ともあれ、今回の事件で思い出したのは、数年前、ハワイ島で初めて鮫を見た時のことでした。あ、鮫を見たと言っても、何も海で間近に見て怖い思いをしたわけではないんです。ごく遠くからだったのですが…湾をすいすい泳ぐ鮫のひれを見て、家族4人、思わず凍りつきました。生涯初めて目にした鮫、恐かったです…。海でクジラやイルカは見たことはあっても、さすがに鮫は初めてでしたからね。

そもそもその湾というのが曰くつきで。ハワイ島コハラの、カメハメハ大王が建てたプウコホラ・ヘイアウ神殿のごく近くに、その湾はあります。その昔、湾には鮫の神に捧げられた神殿「ハレ・オ・カプニ」があったそう。今その遺跡は海の底に沈んでしまっているのですが、昔は陸から眺めることができたようです。で、鮫の神に捧げられた生贄(人間です!)が餌食になる様子を、首長のアラパイは小高い丘に腰掛け、眺めたものだそうです。ゾ、ゾ~!

その遺跡についての説明パネルには、以下のようなことも書かれていました。

「鮫はふだん、日中、浅瀬を泳ぐことを避けますが、この湾では数世紀にもわたって鮫が目撃されています。鮫の背びれがよく見られます。どうぞこの海で泳がないでください」

ですが実際に、その湾を巡回する鮫を見られるなんて! 予想だにしていなかったので、家族全員、おののきました! 

以下の写真は、首長アラパイがいつも腰掛けて湾を眺めていたという、くだんの石造りの椅子です。見ずらくてごめんなさい! 一見、ただの岩ですが、椅子なんです。今はいくつかに割れてしまっていますが、今もプウコホラ神殿近くで、見ることができます。



海はもちろん、人間のものではなく海洋生物のもので…。海で大きな魚(鮫とか?)に出会う幸運?を思うと、ダイビングなどとてもできない私です。案外、私はラッキーな人間ですしネ?


今朝はシーライフパーク近くではハイキング。往復3キロ強の軽いハイキングコースですが、気持ちよかった~。マカプウ・ライトハウス・トレイルといいます。舗装された道路が続くので、ベビーカーを押す女性やワンちゃん連れなどもたくさん! 中には飼い主に抱っこされた子犬も来ていました。いい汗かきました! 下が、ハイキングコース終点の展望台から眺めたマカプウの海です。



その後は、ワイマナロ沿岸を通って自宅に。それが冒頭の写真なのですが、この海の色を見てください! ハワイに住んでいても。この海の色には感激です。まさに天国のカラー、ですね。
ネパールで大地震が起き、大変なことになっています。すでに3000人以上が亡くなっているとか。余震も続き、まだまだ予断を許さない状況です。こちらの新聞でも、悲惨な状況が盛んに報道されています。

告白しますと、あの大地震の前夜、私「ヒマラヤン・キッチン」で食事していました。そう、あのホノルルの人気ネパール料理の店ですね。「美味し~い」なんて言いながらワインとか呑んでいた私...。翌日大変な悲劇が起こるのを知らなかったとはいえ、何か自分を「バカ!!」とこづきたい気分です。

あのお店のオーナーさんがネパール出身なのは知っているのですが、ほかのスタッフはどうなのか...。ご家族は無事なのでしょうか。さぞ心配なさっているでしょう。

今、赤十字とかユニセフとか、アメリカではネパールへの募金活動が盛んになっています。私もほんの少し募金しました。雀の涙ですが「塵も積もれば山となる」ですからねえ。ぜひ! 同じ地震国で山岳民族?の私達日本人も、世界の皆と一緒にネパールを支援しましょうね。がんばれ、ネパール!!