イオラニ宮殿の、とはいっても同じ敷地内にあるオフィスビルの方なのですが。写真のような、美しいステンドグラスの天窓がついています。薔薇の花などもほどこされていて、エレガントですね!

天窓から、日中だとかなり光が入ってきて、この天窓があるロビーは、まるで電気がこうこうとついているかのように明るいのです。これが最近のような月の明るい夜なら、同じように月光がたっぷり降りそそぎ、夜間でも明るいのかも…。いつか見てみたいものです!

ちなみにイオラニ宮殿本体のほうにも、天窓があります。そちらは、赤、白、青の模様になっていて、一説によると、ハワイ州旗(イオラニ宮殿が建てられた1882年にはハワイ王国の国旗でした)の三色を表したものとか。

そちらもなかなか綺麗な天窓なので、今度ご紹介しますね~!


今日は朝から、西部のコオリナへ。先日、ご紹介した聖なるヒナの岩があるラニクホヌアに行ってきました(アウラニ・ディズニーリゾートのすぐ近くですよ~)。フラ・イベント「ヘ・レイ・イリアヒ・ポイナオレ」を見るためです。

このイベントは、1987年に亡くなった伝説的なクムフラ、ダリル・ルペヌイを記念して、ダリルの生徒達が創設したイベント。今年初めての開催でした。

ダリルといえばフラ界の鬼才として知られたクムフラ。率いるハーラウ、メン・オブ・ワイマープナは1978年にフラ界のオリンピック、メリー・モナークに初出場にしていきなり総合優勝し、そのまま3連覇。その偉業が今だフラ界で語り継がれているほどの人物です。その弟子の中にはチンキー・マホエなどなど、著名なクムフラがたくさん!

死後30年近くたってもダリルの名声は衰えず、こうして偲ぶ会?が開かれるほどですから、人格的にも素晴らしい先生だったのでしょうネ。以下が、そのダリルさんです。けっこう若くして亡くなった方でした。



会場には本当に多くの人が集まり、食べ物の屋台やクラフトショップのブースも多数出て、それはそれは賑やかなイベントでした。

それにしても島の西部は快晴で、暑かった! やはりホノルルとは雰囲気が違ってノンビリした空気が流れ、プチ旅行気分を味わった一日でした。


我が家から歩いて10分の場所にある、アロハタワー。ホノルル港の際にあるため、船旅時代にはハワイのランドマーク的な存在でもありました。

今、その周辺にはアロハタワー・マーケットプレースがありますが、数軒のレストランが営業中なのを除いて、大規模工事中。ゆくゆくはハワイ・パシフィック・ユニバーシティの寮として使われるほか、寮がオープンした暁には、再度カフェやレストランなどもいろいろ造られる予定だそうです。

さて、実はアロハタワーの立つ場所には昔、大きなヘイアウ(神殿)がありました。パカカヘイアウといい、16世紀以前に建てられたとか。数世紀にもわたって、オアフ島のカフナ(神官)の修行場の総本山だった場所で、塀には生贄にされた人間の頭蓋骨がたくさん飾られていた、という説もございます…。

話は変わりますが、カメハメハ大王はカウアイ島侵攻に失敗した後、カウアイ島酋長のカウムアリイと条約を結んだのをご存知でしょうか? 武力で攻めるのを諦め、代わりに「カウムアリイの生前は、ハワイ王国はカウアイ島に侵攻しない。その代わり、その死と同時にカウアイ島はハワイ王国に併合される」という内容の約束を結んだのです。

そして、なんと! その条約を結ぶため、カウアイ島からやってきたカウムアリイをカメハメハ大王が出迎え、歴史的な会合を持ったのが、このパカカヘイアウでした(オアフ島侵攻後、カメハメハはオアフ島に住んでいました)。

つまりあのカメハメハ大王が、現アロハタワーの近くを歩いていたということになりますね。なんてエキサイティングなのでしょう! 

…ヘイアウといいイオラニ宮殿といい、ホノルル・ダウンタウンには本当に歴史的な見所がいっぱい。私がダウンタウンを心の底から愛する所以です。


最近、巷で新タイプのパトカーを目撃します(上の写真)。これまでのパトカーは、白地に少し紺が入る下のようなデザインでしたから、紺一色になり、なんだかずいぶん変わりました。カッコイイというか、洗練された雰囲気になりましたね。



従来のモデルは遠くからでもひと目でパトカーとわかるデザインでしたが、新型モデルだと、車上のブルーライトをつけていなければ、パッと見、パトカーとはわからない感じです。特に夜間は。これから徐々にモデルチェンジしていくのでしょうか? 気になるところです。

…今年も早やあと2ヶ月。季節柄なのか? 街中でやけにパトカーが目立つような気がします。運転する方も歩行者も、違反切符を切られないよう、お互い気をつけましょう~。




まだまだ暑いハワイですが、ハワイ在住の私達だって少しは、日本の秋の味覚を楽しみたいわけです。で、行ってきました! 年に一度のお楽しみ、ワイキキはレストラン・サントリーの松茸ランチを食しに。

この御膳は本来「旬菜寿司膳」というのですが、この季節には、コースに松茸の土瓶蒸しがつくのです。全予約制。寿司カウンターにていただくのですが、いつも昼間は空きすきのカウンターが、今日はほぼいっぱい! 左側にも右側にも、知人が座っていてびっくり、という状況でした。





お料理は写真以外にもあり(お寿司も巻物などいろいろ)、しめて$38。土瓶蒸しも寿司も、最高でした~。

ああ、夫と娘はサンドイッチをランチに持って行ったというのに…! つい胸にチクリ!と罪悪感を感じ、けれどこの上ない幸福感を感じながら、秋の味覚を楽しみました。なにせ年に一度ですから~(しつこくてスミマセン)。


昨今、鮫の話題で持ちきりのハワイ。まあ、昨日のブログに書いたとおり、ワイキキの事件はウツボだったことが判明したのですが…。

鮫といえば古来ハワイでは鮫が神格化され、鮫の神にちなんだ神話もたくさん。鮫の神の子孫と名乗る一族も存在します。たとえば。カモホアリイといえば、火山の女神ペレの兄である鮫の神。遠くタヒチからペレのカヌーを先導してハワイにやってきたとされ、あのペレも深く尊敬する神でございます。

そしてハワイには、ズバリ、そのカモホアリイを名字とする人々もいます。ハワイ島ワイメアに在住するカモホアリイ一族です。

10月1日のブログで、カメハメハ大王の生涯をテーマにしたフラの公演のことを書きました。このハラウを代表する師の名前が、マイカ・カモホアリイ氏なんです(冒頭の写真の中央、一段高いところで太鼓の後ろに座っている長髪の男性がマイカさんです)。カモホアリイ氏の何代か前は、昔、王族がたくさん住んでいたワイピオ渓谷の王族の家系図を代々伝えるカフナ(神官)だったとか。つまり由緒正しき家柄です。

マイカさん自身も一族の家系の記録を引き継ぐ役目を負い、10代で、すでに100代前の先祖の名前をチャントで遡ることができたそうです。その100代前の祖先が、タヒチからハワイにやってきたそうです。

ハワイにはほかにも、ペレの家系や子孫であることを名乗る人々がいます。私は少なくとも、3人ほど知っています。また、半神半人カマプアアの子孫だという人もいます。私が思うに、ペレやカモホアリイの子孫だという人々は、確実に、タヒチ時代からの記憶を一族の間で伝える人々でしょう。ハワイでは昔から、遠い記憶がチャントやフラによって記録されてきました。

マイカさん率いるハラウによる先日の公演でも、ありきたりではないカメハメハの逸話が登場し、それはエキサイティングなものでした。この公演のため、カメハメハの落とし胤の多いハワイ島コハラやワイメアで長老などに取材し、各家に伝わる秘話を集めたそうです。マイカさん自身の家に伝わる、知られざるチャントなども披露されました。

ちなみに、この公演の話は、10日前に発売になったフラレア62号に書いております…。もし記事を読んでくださった方がいたら、感想お聞かせくださいね。ああ、もう一度あの迫力の舞台が見たい!

…最後に話がそれましたが、ハワイの鮫事件から飛び火して、今日は鮫の神のお話をシェアさせていただきました。でも鮫が神とはいえ、もう鮫の事故は起こってほしくないですが!


今日は朝から雨模様のホノルル。でも憂鬱…なんてことばかりではなく、時にはこんな朝もいいかな、とポジティブ思考を心がけています。

実際、こんなダブル・レインボウも長い間、見られるし…。



しかも今日は、ホノルル空港から飛び立ったハワイアン航空の飛行機が、虹を通り抜けていきました。ごく小さな飛行機、写真でわかりますか?



さらに、こんなこんな美しいハワイアンキルト風の傘もさせるし~。



私も以前は雨の日に出かけるのは憂鬱でした。小さな折り畳み式の弱っちい傘しか持っていなかったからなのですが、この大きくお洒落な傘を買ってからは、雨の日も風の日も、かまわず出かけられるようになりました。

と、今日は超簡単ですが、雨のホノルルからのレポートでした!
(ちなみにこの傘は、ダウンタウンのハワイ州立美術館のギフトショップで買ったものです。ほかのハワイアンショップなどにもあると思います)


昨日のレポートの続編です!

昨日の段階では鮫の事故…とされていたワイキキの事件ですが、その後の調べで「鮫ではなくウツボに噛まれたのではないか」という話になっています。医療関係者が傷口をチェックしたところ、ウツボの噛んだ傷と特徴が一致したのですって。

なにしろワイキキで鮫の襲撃なんて、過去、起こった記憶がありません。主人も「本当に鮫なのかな。こんな人の多い海で鮫が人を襲うかな」と半信半疑でした。映画「ジョーズ」には海水浴場で人が襲われたりしていましたが、現実では、鮫は人を避ける、と主人。「人を襲うのはたいがい、うっかり間違い。亀やアザラシと間違った時が多いらしいよ」と言っていました。

どうやらその説は正しかったようで、ワイキキでの事故は今のところ、ウツボ説が有力ですって。…ホッとしました!

とはいえ、残りの2件については鮫の事故なのには変わりなく。なので海に入る際は、1雨の後で水が濁っていないか。2近くの海に(クジラなど)動物の死骸はないか、をチェックし、さらには誰もいないビーチで一人っきりで泳いだりしないよう、ご注意! 夜間の水泳もNGですよ~。鮫は夜、活動しますからね。

それにしても、土曜日、ラニカイの海で負傷したロコの男性が、早く回復しますように!


美しいハワイの海で、何だか事故が相次いでいます。昨日の土曜日、1日でなんと2件の鮫襲撃事件が起きたのです! しかもオアフ島で。先週にも1件事件があり、10日間で合計3件。このペースは異常です。

昨日の事件は、ラニカイとワイキキで発生。ラニカイでは、すぐ沖に浮かぶモクルア島に向かってビーチ沖50~100メートルを泳いでいた男性が、鮫に襲われました。

もう1件は夕方、ワイキキでの事故です。クヒオビーチ沖で泳いでいた人が、鮫に足をかまれています。

ワイキキに鮫が出現したことなんて、私の記憶する限りでは初めてで。もちろん、ワイキキにも鮫はいるでしょう。神話・伝説でも、ワイキキの鮫の神の話や、ワイキキの人喰い鮫を善良な鮫たちが懲らしめる伝説などがあります。

つまり昔はもっとワイキキに鮫がいた印なのですが、私がハワイに住んでからは、ワイキキで鮫の話など聞いたことがありません。

ハワイは海に囲まれていますが、そもそも鮫の被害は案外、少ないのです。それがここに来て、一挙に3件も! いったい、何が起こっているのでしょう。熱帯低気圧や暑さが続く異常気象や、雨の多いことなどが原因なのでしょうか。実際、昨日は海の透明度も今ひとつだったようです。

だからと言って海に入るなというつもりはありませんが、少なくとも大雨の後など水が濁っている日は。ビーチで昼寝ぐらいがちょうどいいかな、とは思う私です。

なお冒頭の写真は、先週、オアフ島ノースショアで事故に遭った男性&ファミリー。大怪我をしたけれど一命をとりとめ(写真左の男性が、被害者をビーチまで運んだ命の恩人だそうです)、幸せな笑顔で退院した時の写真です。



今日も娘と2人、イオラニ宮殿でご奉仕(ボランティア)してきました~。なんだか朝一番から、けっこう混んでいました。じっくり時間をかけて見学してくださる日本の方も多く、感激です!

さて、小さく見えずらくて恐縮ですが、上の写真は、イオラニ宮殿2階の「音楽の間」に飾られているものです。1886年、宮殿を建てたカラカウア王の誕生日の祝祭で、フラを踊るカウアイ島のダンサー達だそうです。カウアイ島ハナペペからやって来たダンサーだそうで。ハナペペといえばディズニー映画「リロ&スティッチ」の舞台ですね。

1820年代、キリスト教宣教師がハワイ入りして以来、フラは何かと攻撃の的になっていました。邪教の踊りとか淫らな踊りなどとタブー視され、フラダンサーが地下活動を余儀なくされる時代が続いたんですね。

そのタブー時代に終止符を打ったのがカラカウア王です。フラダンサーを宮殿に積極的に招き、公衆の面前で堂々と踊らせたんですね。そうしてフラを復活させたわけです。

(とはいえダンサー達は、長袖のブラウスを着て、身体はしっかりカバーしていますね。昔のように裸体に近い格好で踊ることは、時代的にさすがにできませんでした)

皆さんは、ハワイ島ヒロで毎春開かれるフラ競技会、メリーモナーク・フェスティバルってご存知でしょうか? 名称のメリーモナークは「陽気な王様」を意味し、これ、カラカウア王のニックネームでした。カラカウアがフラを復興させたことに対する命名です。

フラはハワイを代表する芸術。しかも今の世界中でのフラ人気を考える時、カラカウア王の偉業の大きさをつくづく感じる私です。(私はフラは踊りませんが)有難う、カラカウア王!