諸行無常と時を刻む音 | モリちゃんタヌキの大福帳

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気の優しいぽんぽこ還暦+αタヌキです
100均と激安スーパー巡礼が最近の主な趣味です(笑)
安い!美味い!お腹いっぱい!の料理を中心に時には笑い、時にはボヤキもつぶやきます

この歳になると親戚や友人のご両親の訃報に接する事があります。
葬儀に出席させて頂くこともあります

諸行無常を強く感じます
諸行無常というと「空しい」とかという意味の表現で使われますが
実際の意味は、この世に存在する全ての物は変わりゆき常に同じ状態で存在する物はないという意味です
例えば、道端の石ころなど
最初は大きな岩だったかもしれません長い年月の間雨風に削られあるいは人に踏まれて今の形になりこれからの長い年月、何百年、何千年、何万年か先には砂粒になっているかもしれません
人間も同じです。諸行無常の摂理から逃れる事は不可能です
人間が持つ苦しみとして人間の身体的に持つ「生老病死」、人間の精神面が持つ「愛別離苦」
肉親との現世での別れ、嘆き悲しみ元気な時にもっとこうしてあげれば良かったという後悔の念、何でもあんなこと言ってしまったんだろうという懺悔の念
全て愛別離苦の苦しみと云えます。
来月は亡き母の14回目の命日
今も家の片付けをしていると母の遺品、40前の父の遺品を目にすることがあります
それを見る度に母や父の死をなどなかったように遺品は今も時を静かに刻んでいるのを感じます。
もちろん、これらの遺品も諸行無常の法則でこれから先にいつかは朽ち果てて行く定めです
ただ、どう表現して良いか分かりませんが懐かしさと共に自然の摂理に遅まきながら気づきます。
長々と哲学的?な事を書いてしまってすみません。

一昨日、永眠された友人の御母上の訃報に接し
、生前に何度かお会いしてお世話になりましたのでそのご冥福を祈り、心ばかりのご供養として記事を書かせて頂きました。

合掌。
令和二年一月十二日