聖林寺から安倍文殊院まではバスがない時間だったので
歩くことにしました。

聖林寺を出てから道なりにずっと行くと
左にお地蔵さんがあります。

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橋を渡りしばらくすると大きな鳥居が立っています。

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談山神社の額があります。
談山神社の桜井側の入口として立っていた鳥居だけが
残っているもので、当時の繁栄が偲ばれる遺構です。

この鳥居の場所から左へ曲がりまして。

道なりに進むと鬱蒼とした森がありますが、これは古墳でした。


古墳発掘ってかなり興味あります。


歴女、仏女ブームの次は、きっと古墳女が来ると思います( ̄ー ̄;


このメスリ山古墳のところで右方向へ行きます。

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のどかな道なので、ここで昼食にしました。

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おにぎり一家というネームなら具の名前をもう一捻りしないとでしょ。
焼タラ小太郎とか、昆布兄貴とかσ(^_^;)


ここからはまもなく車道に出るので、

オンチな私でも迷うことはありません。


以上、聖林寺から文殊院までの道のりでしたー




安倍文殊院です。

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最近、快慶が静かなマイブームになってます。


この度国宝に指定された渡海文殊ご一行様は
どうしても外せませんでした。



参道を進みます。

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浮御堂
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本堂です。
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拝観料は700円ですがお茶とお菓子が付きます。

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安倍文殊院は安倍晴明ゆかりのお寺でもあるので
五芒星の落雁でした。

間違えて二つ来ました。
一人一個なので一つ返してくれと言われました…


そして快慶作の渡海文殊様です!
文殊菩薩様の像高は7メートルという大きさです。

購入した写真より
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お寺の方の説明では国宝の指定を受けたのは、文殊菩薩様、
眷属の四人、獅子くん、文殊様のお腹に入っていた巻物
の7点ということでした。

このうち眷属の最勝老人は後の時代の作だと思いましたが…

まあ、いいです、みーんな仲良しで国宝です( ̄▽ ̄)

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カッコいいです。
理想です。あくまで知的でクール。
足の裏までも柔らかそうな表現です。
きっと文殊菩薩様は山中を歩くような修行は
しなくても良いのでしょう。

私も文殊様と獅子に乗りたいドキドキ



この写真集の表紙が獅子をメインにした善財童子です。

いいアングルだと思います。

善財童子は合掌しながら文殊菩薩様を振り返って見ています。





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文殊様、今日も後ろの女が違うのですね汗






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うるさい、黙ってついて来なさい。



とは言ってないと思いますが(^_^;)

善財童子は文殊の大智を求め得た法悦の状況を
表現しているとのことです。

やはり快慶はすごいです。


文殊菩薩様の前からも去り難かったですが、

文殊様は聖林寺の観音様のように、表情を変えることなく

強い意志を示すかのように一点を見つめていました。




2日目です。
この日から奈良に入ります。

奈良で二日間滞在し、吉野へも足を伸ばすことになったので
今回はスルッとKANSAIは使わずに世界遺産フリーパスの
吉野コースのチケットを買いました。
京都発着だと3000円ですが、3日間有効で拝観料の優待もあります。

この日は聖林寺へ行く談山神社行きのバスの時間に合わせて
京都のホテルでゆっくり朝ご飯を食べてから出かけました。

そして聖林寺に到着!

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お城のような石垣です。

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本堂には御本尊の白くて大きな地蔵さまがいらっしゃいました。
この日はこの方にご挨拶をする人はあまりいないようでした。


ち、ちょっと待ちなさいよ。


なんて言っているようです。
お母さんのように安心感があります。
霊験あらたかなお地蔵様だそうです。

子安延命地蔵 聖林寺HPより
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そして、お地蔵様とは対象的な十一面観音様に
お会いするため階段を登っていきます。

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大悲殿、国宝の十一面観音様のお住まいです。

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この鉄の扉を開けると観音様が一人で
立っていらっしゃいました。

絵はがきより
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奈良時代末期の作です。

同時に拝観されている方が
「きれいねえ」と呟いていましたが、

私はそうは思えませんでした。

なぜそんなに厳しいお顔をされているの?
何を見つめているんだろう。

時代が下ると作られてくる半眼の仏様とは全く違うものです。

私が勝手に思うに、万人が祈りを捧げる対象の仏様では
なかったような気がします。

ある特殊な人達だけがこの観音様の前で祈ることができたんじゃないかな。
私のような者は見てもいけない方だったんじゃないかな。

上手く言えませんが、そんなことを思いながら拝観しました。

帰りぎわに鉄の扉を閉じながら観音様を見ました。
すると驚いたことに細くなっていく扉の隙間の中で観音様が
イキナリ顔をくしゃくしゃにして泣き出したのです。


行ってしまうのかい?


と言ったのかよくわかりません。


こんなに表情が変わったように見えた仏様は初めてです。

でも、本当は仏様とお別れするのが悲しいのは、
私の心のほうなのでしょう。

もらい泣きしてしまいました。


さようなら観音様。
いつかまたお会いしたいですね。

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iPhoneからの投稿

西大路御池でバスに乗りました。
降りたバス停は広沢御所ノ内町です。

ここから北へ5分くらい歩いたところに遍照寺があります。

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遍照寺の開祖は宇多天皇の孫で真言密教広沢流の創始者の寛朝僧正です。

天慶二年(939年)、寛朝は平将門の乱をおさめるべく神護寺の
不動明王様を伴って東下し、その不動明王様の力で
将門を調伏するのですが、役目を終えて京へ帰るはずの
不動明王様が急に重くなり動かなくなってしまいます。
そして、この地に留まって関東の守護に当たる、
とのお告げがあり、寛朝は一宇を建立して不動明王を祀り
京へ戻りました。

このお寺が成田山新勝寺です。
この話は有名なのでご存知の方も多いと思います。

寛朝僧正開祖の遍照寺はかつては広沢池を挟んで
大覚寺と並ぶ大寺院でしたがその後荒廃してしまい、
現在地に小さなお堂を残すのみとなりました。

この遍照寺も数珠巡礼の寺院なのです。
しかも遍照寺には平安時代の仏師、定朝の父康尚作の仏像が
二体もあるといいます。

これは絶対に行ってみなくては( ̄▽ ̄)

ところが遍照寺に着いたのは、15時54分です。
拝観は16時までです。既にひっそりとしていました。
予約要、当日可という情報でしたがこの時間に
拝観をお願いするのは諦めて、本堂前でお参りしました。

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本堂の奥に二体の仏様が見えましたが、
これらが康尚作の重文の仏様なのかはわかりません。
次回はちゃんと拝観をお願いできる時間に来ようと思います。

仏様は十一面観音と不動明王で、赤不動と呼ばれる不動明王様は
写真で見るかぎりでは同じく康尚作の同聚院の不動明王様に似ています。
同聚院よりももっと優しい感じがします。

十一面観音様は広沢池にあった観音堂の御本尊だったようです。
なんてやさしいお顔なんでしょう。

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遍照寺には次回のための下見をしてきた、と思うことにして
すぐ近くの広沢池へ行ってみました。

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ここは遍照寺の跡地なのです。

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平安時代には月見の名所で貴族は池に舟を浮かべて
歌を詠んだのでしょう。

小さな島があり、その先っぽに弁天堂があります。

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石像の千手観音様

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少しモノ寂しい感じがしますが、
四季折々美しい景観が見られそうです。

冬の間は池の水が抜かれて底を見せるそうです。
また違う季節に来てみたい広沢池でした。


ここで初日は終了です。
かなり足が痛くなり、先が思いやられましたが、
明日以降は不思議な力を貰ったかのように
歩き回れるようになりました。

神仏のおかげでしょうか(^人^)



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