西大路御池でバスに乗りました。
降りたバス停は広沢御所ノ内町です。

ここから北へ5分くらい歩いたところに遍照寺があります。

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遍照寺の開祖は宇多天皇の孫で真言密教広沢流の創始者の寛朝僧正です。

天慶二年(939年)、寛朝は平将門の乱をおさめるべく神護寺の
不動明王様を伴って東下し、その不動明王様の力で
将門を調伏するのですが、役目を終えて京へ帰るはずの
不動明王様が急に重くなり動かなくなってしまいます。
そして、この地に留まって関東の守護に当たる、
とのお告げがあり、寛朝は一宇を建立して不動明王を祀り
京へ戻りました。

このお寺が成田山新勝寺です。
この話は有名なのでご存知の方も多いと思います。

寛朝僧正開祖の遍照寺はかつては広沢池を挟んで
大覚寺と並ぶ大寺院でしたがその後荒廃してしまい、
現在地に小さなお堂を残すのみとなりました。

この遍照寺も数珠巡礼の寺院なのです。
しかも遍照寺には平安時代の仏師、定朝の父康尚作の仏像が
二体もあるといいます。

これは絶対に行ってみなくては( ̄▽ ̄)

ところが遍照寺に着いたのは、15時54分です。
拝観は16時までです。既にひっそりとしていました。
予約要、当日可という情報でしたがこの時間に
拝観をお願いするのは諦めて、本堂前でお参りしました。

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本堂の奥に二体の仏様が見えましたが、
これらが康尚作の重文の仏様なのかはわかりません。
次回はちゃんと拝観をお願いできる時間に来ようと思います。

仏様は十一面観音と不動明王で、赤不動と呼ばれる不動明王様は
写真で見るかぎりでは同じく康尚作の同聚院の不動明王様に似ています。
同聚院よりももっと優しい感じがします。

十一面観音様は広沢池にあった観音堂の御本尊だったようです。
なんてやさしいお顔なんでしょう。

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遍照寺には次回のための下見をしてきた、と思うことにして
すぐ近くの広沢池へ行ってみました。

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ここは遍照寺の跡地なのです。

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平安時代には月見の名所で貴族は池に舟を浮かべて
歌を詠んだのでしょう。

小さな島があり、その先っぽに弁天堂があります。

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石像の千手観音様

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少しモノ寂しい感じがしますが、
四季折々美しい景観が見られそうです。

冬の間は池の水が抜かれて底を見せるそうです。
また違う季節に来てみたい広沢池でした。


ここで初日は終了です。
かなり足が痛くなり、先が思いやられましたが、
明日以降は不思議な力を貰ったかのように
歩き回れるようになりました。

神仏のおかげでしょうか(^人^)



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