後期密教の修行体 系:概論
イスラム勢力によってインド最後の仏教の拠点であるヴィクラマシーラ大僧院が破壊された時、僧達は難を逃れてチベットに亡命しました。
その意味で、チベット仏教は、インド仏教の正統な後継者の位置にあり、インドで発達した最終段階の後期密教を受け継ぎながら、それを独自の形で再体系化しました。
<密教の発展段階による分類>
チベットでは、インドでの分類を整理しながら密教の発展を4段階で考えるプトンによる分類が有名です。
1 所作(クリアー)タントラ
2 行(チャリアー)タントラ
3 ヨガ・タントラ
4 無上(アヌツタラ)ヨガ・タントラ
インドの3の段階で、「金剛乗」という思想が生まれ、それ以前の顕教を「波羅蜜多乗」と呼び、自分たちと区別し、「金剛乗」の優位性を主張しました。
しかし、1~3までの経典は実際には「スートラ」という名前が多く、本当に「タントラ」と呼べる密教は、4の「無上ヨガ・タントラ」だけです。
日本では「後期密教」と呼びますが、20世紀になるまで、伝わることがありませんでした。
チベットでは、「無上ヨガ・タントラ」に至って初めて仏教が本当の仏教になったと考えます。
ですから、チベットでは仏教と言えば「無上ヨガ・タントラ」が前提なのです。
さらに、「無上ヨガ・タントラ」は、
4-1A 方便・父(ヨーギン)タントラ
4-1B 般若・母(ヨーギニー)タントラ
4-2 不二タントラ
の3種類に大きく分けます。
「父タントラ」は観想法や男性尊、「死のヨガ」を重視、「母タントラ」は気のコントロール法や女性尊、「性のヨガ」を重視し、「不二タントラ」は両者を統合しようとするものです。
プトンは「父タントラ」と「母タントラ」を同等に評価しましたが、ツォン・カパのゲルグ派は、父タントラを上位に置き、不二タントラを考えません。
しかし、インドでは、一般に、「父タントラ」を「マハーヨガ・タントラ」と呼び、「母タントラ」を上位に置く5分類がなされます。
4 大(マハー)ヨガ・タントラ
5 母(ヨーギニー)タントラ
チベットのニンマ派は独自の分類を行い、上記の「無上ヨガ・タントラ」はすべて「マハー・ヨガ」と呼び、より上位なものとして「アヌ・ヨガ」、「アティ・ヨガ」を立てます。
4 マハー・ヨガ
5 アヌ・ヨガ
6 アティ・ヨガ
本ブログで紹介する密教の瞑想体系は、「無上ヨガ・タントラ」クラスのものだけです。
チベットの宗派の中でも、最もしっかりと体系化されているゲルグ派の体系を中心に紹介します。
ちなみに、日本の真言宗は、2に属する「大日経」と、3に属する「金剛頂経」を統合したものです。
日本には第4クラスの仏教は、20世紀末になるまでは入って来ませんでした。
チベットでは密教の修行をするのは、大乗を修行してから密教に入る場合と、最初から密教を修行する場合があります。
また、ゾクチェンやマハー・ムドラーなど密教以外の体系で、密教を副次的に修行する場合もあります。
<修行階梯>
後期密教では、従来の止観の方法ではなく、観想による「生起次第」、気をコントロールする「究竟次第」の瞑想を行います。
「三身修道」と言って、輪廻の三態(生・受胎、死、中有)の状態をシミュレートし、それを浄化することで、つまり、それぞれの意識の状態を智慧に変えることで、「仏の三身」の獲得を目指します。
直観的な「空」の智恵そのものである「法身」と、利他に必要な清浄な心の体で、仏の姿をした「報身」、清浄な肉体である「変化身」です。
後期密教の修行階梯には、「三学」の「止」→「観」という構造は表面的にはありません。
また、大乗仏教の「五道」や「六波羅蜜」、「菩薩の十地」の構造も表面的にはありません。
後期密教の二次第の修道を、五道の止観体系と対応させて論じられていますが、それは、密教が従来の修行法を越えていることを主張するためのものでしょう。
修行の階梯の基本は、「前行」→「灌頂(三昧耶戒)」→「本行」です。
「本行」は「生起次第」→「究竟次第」の2段階からなります。
インドでも経典によっては2段階がありますが、チベットで体系化されました。
この両次第を行う中で、「止」、「観」はすみやかに達成される、とされます。
<前行と灌頂>
「前行」は、ゲルグ派では「四前行」といって、「帰依・発菩提心」→「金剛薩埵の百字真言」→「曼荼羅供養」→「グル・ヨガ」の4種類で構成されます。
ニンマ派ではこの他に「チュー」、「ポワ」を行います。
「前行」は、帰依、祈願、懺悔、供養などを中心としているという点では、大乗仏教の「加行」と変わりません。
しかし、違う点は、しっかりと「観想」を行うという点です。
つまり、現実を見ているかのように、はっきりとイメージを思い描く瞑想法を使うのです。
「灌頂」は密教独特のイニシエーション儀礼(入門儀礼)です。
師と弟子が同時に観想を行い、師が本尊として祝福を与え(加持する)、弟子を浄化します。
そうして、代々受け継がれてきた子弟の伝授の流れに引き入れます。
宗派や経典によって、様々に、複数の段階からなる灌頂を行います。
代表的なのは、ゲルグ派が重視している「秘密集界タントラ」の4段階で構成される「四灌頂」です。
「四灌頂」は、「瓶灌頂」→「秘密灌頂」→「智慧智灌頂」→「第四灌頂」で構成されます。
灌頂と、それによって許される修行次第との関係は下記の通りです。
・瓶灌頂 :生起次第、究竟次第の第1,2次第
・秘密灌頂 :究竟次第の第3次第 幻身
・智慧智灌頂:究竟次第の第4次第 光明
・第四灌頂 :究竟次第の第5次第 有学双運、阿闍梨の資格
「瓶灌頂」の儀礼の基本は、曼荼羅の諸尊から聖水を頭からかけてもらい加持されることです。
「秘密灌頂」、「智慧智灌頂」では性ヨガ、もしくはその象徴的な観想儀礼を含みます。
「第四灌頂」、師が言葉によって「究竟次第」の修行の意味や目的、真理を説くものです。
ちなみに、サキャ派やカギュ派では、以下のようになります。
・瓶灌頂 :生起次第
・秘密灌頂 :微細なルン・ナーディの操作
・智慧智灌頂:楽空不二の体験
・第四灌頂 :本性の直接認識(マハームドラーなど)
母タントラ系の経典では、四灌頂と四歓喜が対応させられます。
また、灌頂の際には、部派仏教以来の「具足戒」、大乗仏教の「菩薩戒」に加えて、密教独自の「三昧耶戒(誓約)」を受けます。
これは、秘密厳守に関する戒を含みます。
しかし、後期密教では、「具足戒」や「菩薩戒」の内容を積極的に否定・破戒するような、過激な内容を含むことが多くあります。
一般に密教の修行者は、多数の経典、多数の本尊の修業を行いますので、「灌頂」は本尊ごとに受けます。
<生起次第>
「生起次第」は、主に曼荼羅や主尊の観想を中心にした瞑想法です。
その基本は、観想によって仏と一体化する「成就法(本尊ヨガ・我生起)」です。
父タントラでは男性尊、母タントラでは女性尊としての自らを観想します。
成就法は、2の行タントラの段階で、観想だけではなく「身口意(身語心)」の「三密加持」として体系化がなされました。
手印を結ぶ、マントラ念誦、本尊観想の3つです。
(後期密教では、手印は重視されなくなり、「印」は性ヨガの対象を表現するようになりました。)
これらは、いずれも象徴の操作ですが、その形象性を越えた無形の直感的・直観的なの智慧の状態に至って初めて意味のある行法です。
この観想法では、「空」を認識すると共に、自分を煩悩と切り離れた清浄な存在であると心に刻むことで、すみやかに煩悩をなくそうとします。
密教で認識する「空」は、顕教の「空」とは異なり、微細な次元での「空」の認識とされます。
また、仏の形象を持った観想(有相ヨガ)と、形象を持たない瞑想(無相ヨガ)を同時に行うことで、「智慧と方便」、「輪廻と涅槃」の一体を悟り、法身と色身(報身・変化身)の両方の獲得を目指します。
そして、心身が曼荼羅の諸尊の現れであること、解釈すれば、認識世界が根源的なイメージの表れであると認識することで、心を活性化・浄化します。
「生起次第」は、仏陀自身からの世界の見え方を観想して、それを修行の道とするものです。
そして、観想のままに、利他行などの六波羅蜜を修行することで、功徳を多く積み、資糧道を速やかに歩むものです。
「秘密集会聖者流」をベースに「生起次第」の中心的な観想の概要をごく簡単に紹介します。
1 三身修道
まず、「三身修道」と呼ばれる段階です。
これは、輪廻のプロセスを仏として体験する観想によって、死・中有・再生を浄化し、それぞれで仏の法身・報身・変化身の三身の獲得を先取り的に疑似体験します。
実際の三身の獲得は「究竟次第」で行いますが、その方法と「生起次第」の観想の内容が一致しています。
2 成就法
次が、仏と一体化する「成就法(本尊ヨガ・マハーヨガ)」です。
最初に作為的に観想する仏のイメージを「三昧耶薩埵(サンマヤサットヴァ)」と呼びます。
アビダルマの「取相」に当たりますが、複雑で高い象徴性を持っている点が異なります。
次に、この仏のイメージを仏の本体と言うべき「智恵薩埵(ジュニャーナサットヴァ)」にレベルアップします。
「サンマヤサットヴァ」が作為的に思い描いたイメージなのに対して、「ジュニャーナサットヴァ」はそれとは異なった姿で、自然に現れ、自然に動きます。
さらに第三段階では「三昧薩埵(サマディーサットヴァ)」にレベルアップします。
これは、種子の形で観想しますが、その本質は、多分、形象性のない、より根源的な音や光としての存在でしょう。
3 究竟次第の準備
次は、「究竟次第」の準備となる観想です。
女尊との性的ヨガの観想によって、「究竟次第」と「大楽」を疑似体験します。
また、男根や鼻先に極小の曼荼羅を観想することが、「究竟次第」の「ビンドゥ・ヨガ」の準備となります。
また、仏として利他行を行うことの疑似体験も行います。
以上、観想は基本的には「止」の瞑想だと言えます。
特に、「微細ヨガ」は高度な「止」の達成であるとされます。
しかし、仏や曼荼羅を無想念の虚空から生成し、虚空へ消滅させることで、「空」の認識を得ようとしますので、この段階は「観」の瞑想だと言えます。
また、「サンマヤサットヴァ」や作為的に思い描いたものなので、基本的には「止」の対象ですが、「ジュニャーナサットヴァ」、「サマディーサットヴァ」は自然に現れる存在なので、「観」の対象という側面もありのではないでしょうか。
ちなみに、ニンマ派のいう「アヌ・ヨガ」は、細部を順に観想せず、本質から一挙に現わしますので、最初から「ジュニャーナサットヴァ」に対応する観想を行うのだと言えるかもしれません。
観想としては「虚空」から仏のイメージを立ち上げ、そこに消滅させますが、最終的には、実際に無分別(無相)の「空」の意識状態から立ち上げ、そこに消滅させます。
そして、観想している時も、それが「空」であることを認識している必要があります。
つまり、「有相」と「無相」の同時体験です。
<究竟次第>
「究竟次第」は、気のコントロールを中心にした瞑想法ですが、死と中有をシミュレートする方法(死のヨガ)と、受胎につながる性行為のシミュレートを行う方法(性のヨガ)があります。
「父タントラ」では、多くの流派が「性のヨガ」を先に行い、「死のヨガ」を後に行います。
一方、「母タントラ」では、順序が逆になります。
後で行う方を重視しているわけです。
聖者流の「秘密集会タントラ」に代表される「父タントラ」が重視する行法では、全身の気を心臓の心滴(気の身体の種)にまで収束して、死と中有をシミュレートするヨガを行います。
これは「聚執(ピンダグラーハ)」などと呼ばれる方法です。
この時に主観的に体験する「光明」を利用して、知的な認識として「空」を獲得します。
また、中有をシミュレートして、心滴から新たな浄化された気の身体(報身)を実際に生み出します。
一方、「母タントラ」が重視する行法では、性行為の昇華や受胎をシミュレートするようなヨガによって、頭頂と臍の心滴を融解して混合します。
修行者が男性であれ、女性であれ、男性尊として女性尊との合体する観想を行います。
これは、「チャンダリーの火」などと呼ばれる方法です。
この時に主観的に体験する「大楽」を利用して、知的な認識として「空」を獲得します。
同時に、気の身体を活性化・浄化します。
「究竟次第」を修めることで、死後に仏の三身を獲得することができるようになります。
また、「カーラチャクラ・タントラ」(不二タントラ)では、「死のヨガ」と「性のヨガ」の両方の方法を使い、両心滴の融解液を中央管の中に満たすことで、心臓と喉を加えた4つの心滴から「仏の四身」と、「空色身(虹身)」を得ます。
「究竟次第」で、気をコントロールする瞑想は、「止」の瞑想であると言えます。
「空=光明」ないしは「空=大楽」の認識を得るのは「観」の瞑想です。
この時点で「聖者」となり、「見道」の達成の段階となります。
その後、「空」の意識を保ちながら、清浄な幻身(報身)を獲得するのが「修道」(有学双運)の段階です。
清浄な幻身(報身)を恒常的に維持できると、「無学道」(無学双運)となります。
*父タントラ系の秘密集会聖者流の2次第の場合の階梯。「定寂三次第」以降が「究竟次第」になる。
その意味で、チベット仏教は、インド仏教の正統な後継者の位置にあり、インドで発達した最終段階の後期密教を受け継ぎながら、それを独自の形で再体系化しました。
<密教の発展段階による分類>
チベットでは、インドでの分類を整理しながら密教の発展を4段階で考えるプトンによる分類が有名です。
1 所作(クリアー)タントラ
2 行(チャリアー)タントラ
3 ヨガ・タントラ
4 無上(アヌツタラ)ヨガ・タントラ
インドの3の段階で、「金剛乗」という思想が生まれ、それ以前の顕教を「波羅蜜多乗」と呼び、自分たちと区別し、「金剛乗」の優位性を主張しました。
しかし、1~3までの経典は実際には「スートラ」という名前が多く、本当に「タントラ」と呼べる密教は、4の「無上ヨガ・タントラ」だけです。
日本では「後期密教」と呼びますが、20世紀になるまで、伝わることがありませんでした。
チベットでは、「無上ヨガ・タントラ」に至って初めて仏教が本当の仏教になったと考えます。
ですから、チベットでは仏教と言えば「無上ヨガ・タントラ」が前提なのです。
さらに、「無上ヨガ・タントラ」は、
4-1A 方便・父(ヨーギン)タントラ
4-1B 般若・母(ヨーギニー)タントラ
4-2 不二タントラ
の3種類に大きく分けます。
「父タントラ」は観想法や男性尊、「死のヨガ」を重視、「母タントラ」は気のコントロール法や女性尊、「性のヨガ」を重視し、「不二タントラ」は両者を統合しようとするものです。
プトンは「父タントラ」と「母タントラ」を同等に評価しましたが、ツォン・カパのゲルグ派は、父タントラを上位に置き、不二タントラを考えません。
しかし、インドでは、一般に、「父タントラ」を「マハーヨガ・タントラ」と呼び、「母タントラ」を上位に置く5分類がなされます。
4 大(マハー)ヨガ・タントラ
5 母(ヨーギニー)タントラ
チベットのニンマ派は独自の分類を行い、上記の「無上ヨガ・タントラ」はすべて「マハー・ヨガ」と呼び、より上位なものとして「アヌ・ヨガ」、「アティ・ヨガ」を立てます。
4 マハー・ヨガ
5 アヌ・ヨガ
6 アティ・ヨガ
本ブログで紹介する密教の瞑想体系は、「無上ヨガ・タントラ」クラスのものだけです。
チベットの宗派の中でも、最もしっかりと体系化されているゲルグ派の体系を中心に紹介します。
ちなみに、日本の真言宗は、2に属する「大日経」と、3に属する「金剛頂経」を統合したものです。
日本には第4クラスの仏教は、20世紀末になるまでは入って来ませんでした。
チベットでは密教の修行をするのは、大乗を修行してから密教に入る場合と、最初から密教を修行する場合があります。
また、ゾクチェンやマハー・ムドラーなど密教以外の体系で、密教を副次的に修行する場合もあります。
<修行階梯>
後期密教では、従来の止観の方法ではなく、観想による「生起次第」、気をコントロールする「究竟次第」の瞑想を行います。
「三身修道」と言って、輪廻の三態(生・受胎、死、中有)の状態をシミュレートし、それを浄化することで、つまり、それぞれの意識の状態を智慧に変えることで、「仏の三身」の獲得を目指します。
直観的な「空」の智恵そのものである「法身」と、利他に必要な清浄な心の体で、仏の姿をした「報身」、清浄な肉体である「変化身」です。
後期密教の修行階梯には、「三学」の「止」→「観」という構造は表面的にはありません。
また、大乗仏教の「五道」や「六波羅蜜」、「菩薩の十地」の構造も表面的にはありません。
後期密教の二次第の修道を、五道の止観体系と対応させて論じられていますが、それは、密教が従来の修行法を越えていることを主張するためのものでしょう。
修行の階梯の基本は、「前行」→「灌頂(三昧耶戒)」→「本行」です。
「本行」は「生起次第」→「究竟次第」の2段階からなります。
インドでも経典によっては2段階がありますが、チベットで体系化されました。
この両次第を行う中で、「止」、「観」はすみやかに達成される、とされます。
<前行と灌頂>
「前行」は、ゲルグ派では「四前行」といって、「帰依・発菩提心」→「金剛薩埵の百字真言」→「曼荼羅供養」→「グル・ヨガ」の4種類で構成されます。
ニンマ派ではこの他に「チュー」、「ポワ」を行います。
「前行」は、帰依、祈願、懺悔、供養などを中心としているという点では、大乗仏教の「加行」と変わりません。
しかし、違う点は、しっかりと「観想」を行うという点です。
つまり、現実を見ているかのように、はっきりとイメージを思い描く瞑想法を使うのです。
「灌頂」は密教独特のイニシエーション儀礼(入門儀礼)です。
師と弟子が同時に観想を行い、師が本尊として祝福を与え(加持する)、弟子を浄化します。
そうして、代々受け継がれてきた子弟の伝授の流れに引き入れます。
宗派や経典によって、様々に、複数の段階からなる灌頂を行います。
代表的なのは、ゲルグ派が重視している「秘密集界タントラ」の4段階で構成される「四灌頂」です。
「四灌頂」は、「瓶灌頂」→「秘密灌頂」→「智慧智灌頂」→「第四灌頂」で構成されます。
灌頂と、それによって許される修行次第との関係は下記の通りです。
・瓶灌頂 :生起次第、究竟次第の第1,2次第
・秘密灌頂 :究竟次第の第3次第 幻身
・智慧智灌頂:究竟次第の第4次第 光明
・第四灌頂 :究竟次第の第5次第 有学双運、阿闍梨の資格
「瓶灌頂」の儀礼の基本は、曼荼羅の諸尊から聖水を頭からかけてもらい加持されることです。
「秘密灌頂」、「智慧智灌頂」では性ヨガ、もしくはその象徴的な観想儀礼を含みます。
「第四灌頂」、師が言葉によって「究竟次第」の修行の意味や目的、真理を説くものです。
ちなみに、サキャ派やカギュ派では、以下のようになります。
・瓶灌頂 :生起次第
・秘密灌頂 :微細なルン・ナーディの操作
・智慧智灌頂:楽空不二の体験
・第四灌頂 :本性の直接認識(マハームドラーなど)
母タントラ系の経典では、四灌頂と四歓喜が対応させられます。
また、灌頂の際には、部派仏教以来の「具足戒」、大乗仏教の「菩薩戒」に加えて、密教独自の「三昧耶戒(誓約)」を受けます。
これは、秘密厳守に関する戒を含みます。
しかし、後期密教では、「具足戒」や「菩薩戒」の内容を積極的に否定・破戒するような、過激な内容を含むことが多くあります。
一般に密教の修行者は、多数の経典、多数の本尊の修業を行いますので、「灌頂」は本尊ごとに受けます。
<生起次第>
「生起次第」は、主に曼荼羅や主尊の観想を中心にした瞑想法です。
その基本は、観想によって仏と一体化する「成就法(本尊ヨガ・我生起)」です。
父タントラでは男性尊、母タントラでは女性尊としての自らを観想します。
成就法は、2の行タントラの段階で、観想だけではなく「身口意(身語心)」の「三密加持」として体系化がなされました。
手印を結ぶ、マントラ念誦、本尊観想の3つです。
(後期密教では、手印は重視されなくなり、「印」は性ヨガの対象を表現するようになりました。)
これらは、いずれも象徴の操作ですが、その形象性を越えた無形の直感的・直観的なの智慧の状態に至って初めて意味のある行法です。
この観想法では、「空」を認識すると共に、自分を煩悩と切り離れた清浄な存在であると心に刻むことで、すみやかに煩悩をなくそうとします。
密教で認識する「空」は、顕教の「空」とは異なり、微細な次元での「空」の認識とされます。
また、仏の形象を持った観想(有相ヨガ)と、形象を持たない瞑想(無相ヨガ)を同時に行うことで、「智慧と方便」、「輪廻と涅槃」の一体を悟り、法身と色身(報身・変化身)の両方の獲得を目指します。
そして、心身が曼荼羅の諸尊の現れであること、解釈すれば、認識世界が根源的なイメージの表れであると認識することで、心を活性化・浄化します。
「生起次第」は、仏陀自身からの世界の見え方を観想して、それを修行の道とするものです。
そして、観想のままに、利他行などの六波羅蜜を修行することで、功徳を多く積み、資糧道を速やかに歩むものです。
「秘密集会聖者流」をベースに「生起次第」の中心的な観想の概要をごく簡単に紹介します。
1 三身修道
まず、「三身修道」と呼ばれる段階です。
これは、輪廻のプロセスを仏として体験する観想によって、死・中有・再生を浄化し、それぞれで仏の法身・報身・変化身の三身の獲得を先取り的に疑似体験します。
実際の三身の獲得は「究竟次第」で行いますが、その方法と「生起次第」の観想の内容が一致しています。
2 成就法
次が、仏と一体化する「成就法(本尊ヨガ・マハーヨガ)」です。
最初に作為的に観想する仏のイメージを「三昧耶薩埵(サンマヤサットヴァ)」と呼びます。
アビダルマの「取相」に当たりますが、複雑で高い象徴性を持っている点が異なります。
次に、この仏のイメージを仏の本体と言うべき「智恵薩埵(ジュニャーナサットヴァ)」にレベルアップします。
「サンマヤサットヴァ」が作為的に思い描いたイメージなのに対して、「ジュニャーナサットヴァ」はそれとは異なった姿で、自然に現れ、自然に動きます。
さらに第三段階では「三昧薩埵(サマディーサットヴァ)」にレベルアップします。
これは、種子の形で観想しますが、その本質は、多分、形象性のない、より根源的な音や光としての存在でしょう。
3 究竟次第の準備
次は、「究竟次第」の準備となる観想です。
女尊との性的ヨガの観想によって、「究竟次第」と「大楽」を疑似体験します。
また、男根や鼻先に極小の曼荼羅を観想することが、「究竟次第」の「ビンドゥ・ヨガ」の準備となります。
また、仏として利他行を行うことの疑似体験も行います。
以上、観想は基本的には「止」の瞑想だと言えます。
特に、「微細ヨガ」は高度な「止」の達成であるとされます。
しかし、仏や曼荼羅を無想念の虚空から生成し、虚空へ消滅させることで、「空」の認識を得ようとしますので、この段階は「観」の瞑想だと言えます。
また、「サンマヤサットヴァ」や作為的に思い描いたものなので、基本的には「止」の対象ですが、「ジュニャーナサットヴァ」、「サマディーサットヴァ」は自然に現れる存在なので、「観」の対象という側面もありのではないでしょうか。
ちなみに、ニンマ派のいう「アヌ・ヨガ」は、細部を順に観想せず、本質から一挙に現わしますので、最初から「ジュニャーナサットヴァ」に対応する観想を行うのだと言えるかもしれません。
観想としては「虚空」から仏のイメージを立ち上げ、そこに消滅させますが、最終的には、実際に無分別(無相)の「空」の意識状態から立ち上げ、そこに消滅させます。
そして、観想している時も、それが「空」であることを認識している必要があります。
つまり、「有相」と「無相」の同時体験です。
<究竟次第>
「究竟次第」は、気のコントロールを中心にした瞑想法ですが、死と中有をシミュレートする方法(死のヨガ)と、受胎につながる性行為のシミュレートを行う方法(性のヨガ)があります。
「父タントラ」では、多くの流派が「性のヨガ」を先に行い、「死のヨガ」を後に行います。
一方、「母タントラ」では、順序が逆になります。
後で行う方を重視しているわけです。
聖者流の「秘密集会タントラ」に代表される「父タントラ」が重視する行法では、全身の気を心臓の心滴(気の身体の種)にまで収束して、死と中有をシミュレートするヨガを行います。
これは「聚執(ピンダグラーハ)」などと呼ばれる方法です。
この時に主観的に体験する「光明」を利用して、知的な認識として「空」を獲得します。
また、中有をシミュレートして、心滴から新たな浄化された気の身体(報身)を実際に生み出します。
一方、「母タントラ」が重視する行法では、性行為の昇華や受胎をシミュレートするようなヨガによって、頭頂と臍の心滴を融解して混合します。
修行者が男性であれ、女性であれ、男性尊として女性尊との合体する観想を行います。
これは、「チャンダリーの火」などと呼ばれる方法です。
この時に主観的に体験する「大楽」を利用して、知的な認識として「空」を獲得します。
同時に、気の身体を活性化・浄化します。
「究竟次第」を修めることで、死後に仏の三身を獲得することができるようになります。
また、「カーラチャクラ・タントラ」(不二タントラ)では、「死のヨガ」と「性のヨガ」の両方の方法を使い、両心滴の融解液を中央管の中に満たすことで、心臓と喉を加えた4つの心滴から「仏の四身」と、「空色身(虹身)」を得ます。
「究竟次第」で、気をコントロールする瞑想は、「止」の瞑想であると言えます。
「空=光明」ないしは「空=大楽」の認識を得るのは「観」の瞑想です。
この時点で「聖者」となり、「見道」の達成の段階となります。
その後、「空」の意識を保ちながら、清浄な幻身(報身)を獲得するのが「修道」(有学双運)の段階です。
清浄な幻身(報身)を恒常的に維持できると、「無学道」(無学双運)となります。
後期密教の修行階梯 |
前行 ・帰依・発菩提心 ・金剛薩埵の百字真言 ・曼荼羅供養 ・グル・ヨガ など |
サンマヤ戒・灌頂 |
生起次第 |
究竟次第 |
五道 | 灌頂 | 次第 |
資糧道 | - | 生起次第 |
加行道 | 瓶 | 定寂三次第 |
秘密 | 幻身 | |
見道 | 般若 | 光明 |
修道 | 第四 | 有学双運 |
無学道 | - | 無学双運 |
*父タントラ系の秘密集会聖者流の2次第の場合の階梯。「定寂三次第」以降が「究竟次第」になる。