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あの頃のロック魂!

60年代後半から70年代にかけてブレイクしたロック!

<ローリング・ストーンズ1>
stones5  アメリカの有名なブルース・マン、マディ・ウォーターズの曲名からその名をとった、ザ・ローリング・ストーンズは1962年にデビューする。ロンドンのマーキー・クラブをホーム・グラウンドにして、ブライアン・ジョーンズミック・ジャガーキース・リチャーズらが集まり、強烈なR&Bで若者を熱狂させていた。
63年、チャック・ベリーのカヴァー曲「カモン」で全英レコード・デビュー。ヒット曲には「タイムズ・オン・マイ・サイド」「サティスファクション」、「ひとりぼっちの世界」などがある。
とどまる所を知らぬストーンズ人気である。66年、初のライブ・アルバム『ガッド・ライブ・イフ・ユー・ウォント』をリリース。また、彼らにとって初の全曲オリジナル・アルバム『アフター・マス』を発表。
翌1967年。ビートルズがサイケ調に走った、『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を発表し、ロック界に激震が走った。一方、ストーンズは『サタニック・マジェスティーズ』を発表するものの、不発。アメリカの人気TV番組「エド・サリバン・ショウ」出演の際に、歌う曲の歌詞の変更を要求されたり、ドラッグ問題がクローズ・アップされたりとトラブル続き。 とんだ厄年になる。


<ローリング・ストーンズ2>
stones6 トラブル続きの1967年。しかし、翌68年、シングルの「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」が全英No.1、全米3位と大ヒットし、復調。しかし、69年、なんとストーンズ結成の張本人だったブライアン・ジョーンズがグループを脱退。そして、7月には急死してしまう。その2日後のフリー・コンサートはブライアンの追悼ライブとなり25万人が集まる。また、彼の死の翌日にリリースされたシングル「ホンキー・トンク・ウィメン」は全英・全米共にNo.1を記録するが、この年の12月には“オルタモントの悲劇”として伝わるコンサート中の死亡事件が起きてしまった。

1970年、自らのレーベル“ローリング・ストーンズ・レコーズ”設立を発表。第1弾アルバムの『スティッキー・フィンガーズ』を発表し、復活の狼煙を上げる。アルバムからのシングル「ブラウン・シュガー」は全英2位、全米1位。アンディ・ウォーホールによるユニークなジャケットの話題も手伝って、アルバムは初の全英、全米共にNo.1に輝く。続く72年には、2枚組の大作アルバム『メイン・ストリートのならず者』が、またしても英・米アルバム・チャートのトップに。このレコーディングの際に使われた可動式の録音システム“ローリング・ストーンズ・モービル・ユニット”は、その後多くのアーティストに愛用されている。
彼らの快進撃は続き、73年のアルバム『山羊の頭のスープ』も大ヒット。3作連続で英・米共にNo.1を獲得している。やっぱり、デヴィッド・ボウイの奥方アンジーのことを歌った名バラード『悲しみのアンジー』でしょうか。


<ローリング・ストーンズ3>
stones3 ロック界のトップ・アーティストとして、プライドと実力で乗り切ったローリング・ストーンズ。
1974年、そんな時代のメンバーだったミック・テイラーがグループを脱退を表明。翌75年12月、あのフェイセズでロッドと人気を二分していたつんつん頭のロン・ウッドをメンバーとして迎える。
76年、そのロン・ウッドを迎えての初アルバム『ブラック&ブルー』は全英アルバム・チャート2位、全米1位。彼らにとって初の全米プラチナ・ディスクにもなる。78年、折からのディスコ・ブームに反応したかのようなダンス・ナンバー『ミス・ユー』を発表。勿論全米ではNo.1。続くアルバム『女たち』も全米アルバム・チャート1位になっている。


80年代、90年代のストーンズはよく知らないのでカット。


<ローリング・ストーンズ4>

1997年発表のアルバム『Bridges To Babylon』以来、じつに8年ぶりとなる新作『Bigger Bang』を発表。「アルバムは力強いもの、コンテンポラリー、クラシック・ロック、パンキッシュなファスト・チューンが揃っている」「活気に満ちており現代風。同時にハードでもありとてもストーンズらしい」とミック・ジャガーが語る自信作で、思わず予約して購入。やっぱいいわ、ストーンズは(^^♪

この世に愛を(WE LOVE YOU)

ジャンピン・ジャック・フラッシュ(JUMPIN' JACK FLASH)

ストリート・ファイティング・マン(STREET FIGHTING MAN)
一人ぼっちの世界(GET OFF MY CLOUD)
シーズ・ア・レインボー(SHE'S A RAINBOW)
ミス・ユー(MISS YOU)
悲しみのアンジー(ANGIE)
カム・オン(COME ON)
サティスファクション(SATISFACTION)
シンパシー・フォー・ザ・デビル(SYMPATHY FOR THE DEVIL)
ローリン・ストーン/マディ・ウォーターズ(ROLLING STONE)
エレファント・ストーン/ストーン・ローゼス(ELEPHANT STONE)
ホンキー・トンク・ウィメン/タジ・マハール(HONKY TONK WOMEN)
スタート・ミー・アップ(START ME UP)
ラヴ・イズ・ストロング(LOVE IS STORONG)
デッド・フラワーズ(DEAD FLOWERS)
オール・ダウン・ザ・ライン(ALL DOWN THE LINE)
イントロ~ホンキー・トンク・ウィメン(INTRO~HONKY TONK WOMEN)
レディ・ジェーン(LADY JEAN)
ライク・ア・ローリング・ストーン(LIKE A ROLLING STONES)
ワイルド・ホーシズ(WILD HORSES)

TBS(ロック魂の選曲より)


 

ロック事始め②


stones1  1962年に誕生したビートルズはロックンロールの本場アメリカヘ旅立ち、アメリカも席巻する事になった。時を同じくして、ローリングストーンズは "サティスファクション" や "夜をぶっとばせ "等のヒットでアメリカ市場を制覇。、ザ・フーは、"マイ・ジェネレーション"や"恋のマジック・アイ"等のヒットと過激なステージが話題になった。ヴァン・ヘイレンのカバーで有名な"ユー・リアリー・ガット・ミー"のキンクスなども登場し、ブリティッシュ・インベンションなるブリティッシュ・ロックが一大ムーブメントとなった。これに影響されたアメリカではガレージ・バンドが横行する。日本国内でもビートルズ派とストーンズ派に分かれて人気を二分(二分とまでは行きませんが6:4でビートルズがリードしていたかな)していました。良い子のビートルズと不良っぽいストーンズ。ジョン・レノンが後年、『俺もストーンズの様にやりたかった』と言ったとか言わなかったとか。。。



dylan2  時を同じくしてフォーク・ロックなる音楽がブームになりだします。その代表格は勿論、米フォーク/ロックの巨人ボブ・ディランです。 『どんな気分だい?転がる石の様に落ちていくのは?』と歌う"ライク・ア・ローリング・ストーン"や"追憶のハイウェイ"等が入っているHighway 61 Revisitedは超お勧めです! さらに、ボブ・ディランの"ミスター・タンブリン・マン"をエレクトリック化させたバーズ。そして"夢のカリフォルニア"や"マンデイ・マンデイ"などのヒットで知られるママス&パパス。グラスルーツなんかもこの頃音楽界を賑わせていましたね。


 さてさて、いよいよ、時代はガナリ立てるようなよりヘヴィな音を求めてギターの歪んだ音に傾倒していきます。クリームやジミ・ヘンドリックスなどに代表されるブルース・ロック。さらにはドアーズなどのサイケデリック・ロックが登場します。ビートルズがこのサイケデリックをモチーフにしたトータル・アルバムが「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」です。。。

 こんにちは。ロック事始①と言う事で簡単にロックの起源を。


berry1  映画、「バック・トゥ・ザ・フューチャー 」での一場面。マイケル・J・フォックス演じる高校生マーティがギターを弾く場面に登場する方がロックの火付け親 チャック・ベリーです。起源は1954年に発売された『ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツ』のロック・アラウンド・ザ・クロックとされていますが影響度から考えるとチャック・ベリーの方かと思う次第です。「ジョニー・B・グッド」を知らない人はいないでしょう。今でも全然聴けちゃいます。 この頃はまさしくロックンロール黄金時代。そしてあのド派手な衣装でカリスマ的存在だったエルビス・プレスリーが登場し、アメリカで異常な大人気となりました。

beatles1  1960年頃からロックンロールがどんどんクリエイトされていき、ロックンロールからロックと言う呼び名に変わっていき、さらにベンチャーズの登場で、ボーカル主体のサウンドからエレキギターが主役の音楽へ傾向が強まっていく事となります。時を同じくしてサーフ・ミュージックのビーチ・ボーイズが登場。日本では寺内タケシや加山雄三がけん引役となって若者達の間でブームに。一方、イギリスではクリフ・リチャードを源泉とするスキッフルと呼ばれる音楽からロックンロール的要素を取り入れた音楽が流行りだし、そして遂に1962年に登場するビートルズにより、リバプール・サウンドが花開き、いよいよロックの本流が流れ始める事に。。。


追記:リバプール・サウンドとはビートルズの出身地リバプールからのバンドが多く排出されたために付けられた呼び名で、別名リバプールに流れるマージー川からマージー・ビートとも呼ばれました。竹内まりやさんの「マージービートで唄わせて」の歌詞が雰囲気を醸しだしています。


衿なしスーツで キメてたあの頃(^^♪

毎晩女の子から キッスの贈り物(^^♪

輝いてた リヴァプール(^^♪

唄わせてよ マージービート(^^♪

A Happy New Year !  Let's enjoy your favorite music !


昨年同様、本年も引き続きご愛顧お願い申し上げます。

もっともっと(モット・ザ・フープル?)ご愛顧願います(^^♪


時代は変われど、聴く音楽も変われど、人々の心をハッピーにする音楽。

あなたの素敵なコメントやトラバもわたしをハッピーにしてくれます(^^♪

わたしは70年代のロックを追い求めます。

たまに例外があっても許してね(^^♪


I need your love , give me happy ! 

I need your love , baby want you , give me happy !


 本年ラストの投稿です。

いろいろあった一年でしたが頑張って生きていくしかありません。

楽しみましょ、人生を! そして、あの頃のロック魂をいつまでも忘れずに!


では、今回のお題ですが、『一発屋』 (various Artists) を集めてみました(^^♪


easyrider1

 トップを飾る一発屋は何と言っても、ナック The Knack の「My Sharona」('79)です。未だに聴いてます。あの単調さが最高! そんな訳で、いろいろ資料を掻き集めた結果、ありましたありました、ゾクゾクする様なあの曲が(順不動)。。。


 70年代ものを中心にざっと挙げてみるとしましょうか。

ザ・トレメローズ(THE TREMELOES)の「サイレンス・イズ・ゴールデン(SILENCE IS GOLDEN)」、アメリカ(America)の「名前のない馬」(ベンチュラ・ハイウェイ、 金色の髪の少女、もあるから一発屋じゃないかな?でも、挙げたかった)、チェイス(Chase)の「黒い炎(GET IT ON)」、チャールス・ブロンソンのコマーシャルで有名なジェリー・ウォーレス(JERRY WALLACE)の「男の世界(MANDOM-LOVERS OF THE WORLD)」、 クリスティー(CHRISTIE)の「イエローリバー」、これぞ本家本元、映画『Easy Rider』のテーマ曲、ステッペンウルフ(Steppenwolf)の「ワイルドで行こう(Born to be Wild)」、フランソワーズ・アルデイの「さよならを教えて」、もっこりジャケットで有名なルークリスティーの「魔法(She sold me magic)」、GFRの前座として来日したことのある、マッシュマッカーン(Mashmakhan)の「霧の中の二人(As the years go by)」、メッセンジャーズ(Messengers)の「気になる女の子(That's The Way A Woman Is)」、ゼーガーとエバンズ(SEGER & EVANS)の「西暦2525年(IN THE YEAR 2525) 」、ドーン(DAWN)の「ノックは3回(KNOCK THREE TIMES) 」、ハミルトン, ジョー・フランク・アンド・レイノルズ(HAMILTON, JOE FRANK & REYNOLDS)の「恋のかけひき(DON'T PULL YOUR LOVE)」、ドーン・マクリーン(Don McLean)の「アメリカン・パイ」、ポップ・トップス(POP TOPS)の「マミーブルー(Mamy Blue)」、ピーター・フランプトン(Peter Frampton)の「ショーミザウェイ(Show me the way)」、ディスコの定番だったK.C.& THE SUNSHINE BANDの「THAT'S THE WAY(I LIKE IT)」、ロバータ・フラック(ROBERTA FLACK)の「やさしく歌って(KILLING ME SOFTLEY WITH HIS SONG)」。如何ですか。胸が熱くなる曲がありましたか。あった人は私と同世代でしょうか?この他にも、当時フランス系の歌手がヒットしていました。ヂリオラ・チンクエッティ(GIGLIORA CINQUETTI)の「コンドルは飛んでいく」やとても可愛かったダニエル・ビダル(DANIELE VIDAL)の「オー・シャンゼリゼ(Les Champs-Elysees)」。フランス人は化粧が奇抜でした。さらにさらに、TRINI LOPEZの「ラ・バンバ(LA BAMBA)」、カジャ・グー・グー(KAJAGOOGOO)の「君はTOO SHY」、リマール(LIMAHL)の「ネバー・エンディング・ストーリー(THE NEVER ENDING STORY)」(リマールはカジャ・グー・グーのボーカルだった)、一時は凄い勢いだったM.C.ハマーの「U・キャント・タッチ・ディス」、キム・カーンズの「ベティ・デイヴィスの瞳」、スザンヌ・ヴェガ(Suzanne Vega)の「ルカ(LUKA)」などなど 。。。


 一発屋と言われてきた彼等。最近この傾向はもっと顕著なんではないでしょうか。逆に二発三発とヒットを飛ばす方が珍しい事なんでは。。。でもほとんどが長いキャリアの持ち主で、本国では地道に頑張っているなんてこともあります。日本と本国の扱いが違っただけで不当に評価されてきた経緯もあります。一発屋特集のCDを何枚か持っていますが私的にはあまりお奨めしません。厭きます。年代特集もののCDの方が良いのでは。。。


あなたはどの一発屋が好きですか?

It's my life. Don't try to change my ways.

(俺の人生だ。邪魔するんじゃね~)

johnny1  1968年に「100万ドルのブルースギタリスト」と鳴り物入りでデビューを飾ったのはMy Favorite "Johnny Winter "です。何がいいかってとにかくカッコイー!! カッコイーを10回言う位カッコイー!!
 デビュー当時はブルース一辺倒でやっていたがマッコイズ(男性版かわい子ちゃんグループ)にいたリック・デリンジャーと一緒にやる様になってからはバリバリのロックンロールをやっていましたねぇ。兄弟でやることもしばしばで、弟のエドガー・ウィンターのサックスやシンセの音が随所で聴かれます。しばらくロックンロールをやっていたがやっぱりジョニーさんはブルースが大好き。ロック色を感じさせるブルースを今日もやっています。今年で59歳になる火の玉ブルースロッカー、ジョニーさんはギター弾きまくりのステージをやっていましたが3年前に自宅で転倒して腰を痛めてからは椅子に座ってのステージが多いとか。。。
 先日、ジョニー・ウィンターのDVDを買っちゃった。ライヴが見たくても来日しないし、ウッドストックの映像を見たのと他1回だったので嬉しい限りでした。「Tell The Truth」は画像はチョッとひどいが懐かしのジョニーのパフォーマンスが見れて最高。「Highway 61 Revisited」は語る言葉なし、カッコイー!! とにかくギタープレイには奥義を見た思いです。B.B.KINGやArbert KINGなどブルースの大御所に認められ、エリック・クラプトンも認めるジョニー・ウィンターはやっぱり本物のミュージシャンです。
 1994年2月23日、テキサス州ボーモントで生まれたジョニー(本名:John Dawson Winter III)さんはアルビノと言う白人よりも白い肌で生まれて来ました。3歳年下の弟のエドガーも同様でしたが兄弟仲良く、両親の影響もあり、Blues系音楽の世界に人生を見いだしたしだいです。日本みたいな偏った偏見はなかったようです(広さの違いでしょうか?とにかくWorld Wideです)。私は「Johnny Winter Live」でその存在を知り、それ以来離れられない関係になっています。ただ、悲しい事にレコードで持っている物もありプレーヤーがない私はちょっと悲しい。私のお勧めは「2nd Winter」「John Dawson Winter Ⅲ」「Together」「3rd DEGREE」。「2nd Winter」はジョニーの大好きなブルースを一生懸命やっています。「John Dawson Winter Ⅲ」はギターの腕を披露しています。「Together」は弟エドガーと音楽的に共通するロックンロールを楽しんでいるライヴです。「3rd DEGREE」は1987年度グラミー賞を受賞した作品です。
 ジョニー・ウィンターの良さが解ってくれる人はいないのかな?日本で人気あるものばかりがいい訳じゃないヨ!久々のアルバム「 I'm a Bluesman 」も買いました。声の張りに陰りが見えてきましたが、いい感じのジョニー節が聴けます。あなたもジョニーの世界に入ってみては?

ymo1  私が札幌でまだ若者をやっていた頃、テクノ・ミュージック全盛期の時代がありました。YMOに始まり、クラフトワーク、ディーヴォなどなど。でもほとんどがテクノと言えばYMOでしたね。それはもう、凄い事でした。ディスコでも体を前後に動かす独特のテクノダンスをみんなが一緒になってやり、町では黒基調のファッションとテクノカットが世間を闊歩していました(いまだにもみ上げを伸ばす事ができない私です)。ディザイナーズ・ブランドが全盛期の時代でもあり、私もニコルやコムデ・ギャルソン、Y’sなど黒基調の服をよく着ていました。お洒落な店(お酒を飲む所)もでき始めて、中でもよく行っていた店の一つに「GOEN」と言う名の店がありましたとさ。。。
 某日、札幌で行なわれたYMOのコンサートに行った後、仲間と「GOEN」で飲めや踊れや語れやで盛り上がっていました。気分最高でいると入り口の方が何か騒々しい。何かと思い、そちらに目をやると何とあの坂本龍一、高橋幸弘、細野晴臣とその他が入って来るではありませんか。オーラの様なものを感じましたね。そして隣には細野晴臣氏。顔を見合わせお互いに、「ども」(その頃は「どーも」ではなく「ども」だった)と言って乾杯をした。ほんの2,30分でお帰りになられましたが私の遠い思い出の一つとなりました(^^♪

 それ以降、YMOの音楽がマイブームの一つとなり、現在になっても全114曲入りの音源を聴いとります。『クラフトワークが脱帽し、ディーボが絶賛したイエロー・マジック・オーケストラ!』。お馴染み「TOKIO」というヴォコーダーの音からスタートする歴史的大ヒット・セカンド・アルバムの「Solid State Survivor」はすばらしい。「テクノポリス」、「ライディーン」、「ナイス・エイジ」、「シチズンズ・オブ・サイエンス」は名曲だ。その後1年以上の休息のあと、「君に、胸キュン」がカネボウ化粧品のキャンペーン・ソングとしてリリースされ、ファンを困惑させたまま散会となりました。。。

women  「シーズン、アムステルダムの少年兵」などを歌ってたEarth & Fireのカーリーヘアーのお姉さんを知り、「シュガーミー、恋のウーアイドゥー」などを歌ってた口元のほくろが色っぽいLynsey De Paulに誘惑されて、「キャンザキャン、悪魔とドライブ」などを歌ってた黒のジャンプスーツを身に纏い、「サディステック・ロックの女王」と呼ばれたSuzi Quatroにハッスルして、「チェリーボム」を歌うThe Runawaysの下着姿のチェリー・カーリーに悩殺され、「そよ風の誘惑、フィジカル」などを歌っていた歌姫Olivia Newton-Johnに癒されて、「嵐が丘、天使と小悪魔」などを歌っていた艶かしいKate Bushに翻弄され 、「Stronger Than Pride、No ordinary Love」などを歌っていたSadeに骨抜きにされ、「Luka、Tom's Dinner」などを歌っていたSuzanne Vega(美人ですよね?)の哀愁漂う雰囲気にはまっていた。それから、まだまだ忘れちゃならない方々がいます。The Heart、Blondy、Pretenders、Go Go's、Sheena Easton、Nena、Madonna、Bangles(再結成しました)、Cyndi Lauper(フランス公演でリックデリンジャーがギターを弾いていたのにはビックリ)、Sheila E、Swing Out Sister、Shania Twain、そして今いきまくってるSheryl Crow。
 男臭いロックの世界に無くてはならない癒しの女性ボーカル。美声と美貌、更にいろいろなテクニックにより一時代を築いてきました。単なるかわい子ちゃんは一瞬で去っていきますが現在に名を馳せている彼女たちはみな確かなポリシーを持って音楽をしています。みんなカッコいいです。
 Suzi Quatroのコンサートを最前列で見れた私は幸せでした。Madonnaのコンサートも最高でした。Sheryl Crowのコンサートには都合で行けませんでしたが、ライヴCDを聴いてます。Olivia Newton-Johnが来日した時はさすがにお年を召された感じで、あの頃のイメージがぶっ飛びました。。。


今、私の旬はフェイレイ Fayray です。アルバム『Covers』で ジミヘンの「Angel」をカバー(^^♪

Angel came down from heaven yesterday
She stayed with me just long enough to rescue me
And she told me a story yesterday,
About the sweet love between the moon and the deep blue sea
And then she spread her wings high over me
She said she's gonna come back tomorrow

Fly on my sweet angel
Forever I will be by your side

昨日、天使がきたよ。
彼女が傍にいてくれてすごく楽になった。
そして昨日、彼女は俺に物語を聞かせてくれた。
それは深く青い海と月とのとっても甘い恋の物語。
そしてその後、彼女は俺を包み込むように翼を広げて
「明日また戻ってくるわ」と言ったんだ。

(^^♪(^^♪(^^♪(^^♪(^^♪(^^♪(^^♪(^^♪(^^♪(^^♪(^^♪(^^♪

purple1 「ハイウェースターを聴いて高速をかっ飛ばしたい」と言っていたのは渋谷陽一氏でした。でも私は「天国への階段を聴いて○○○をして天国へ行きたい」とその頃言って殴られました。ツェッペリンかパープルか、結論は「どちらもいいのですが強いて言えば、パープルは真夏にはちょっと遠慮したい」です。ルックス的にはサッパリ系が好きなのでツェッペリンでしょうか。この2大グループが他を圧倒していましたね。私がギターを弾いていた頃、コンサートでツェッペリンばかり弾いていました。この頃は伝説的に「3大ギタリスト」云々をよく耳にしたものです。エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ が崇拝されていて、その他は1ランク落ちる様な見方があった様に感じましたね。そんな関係でパープルの評価も初めのうちはあまりよくなかった様に感じます(リッチ・ブラックモアの胸毛はよかったのに)。私はツェッペリン、友達はパープルのレコードを買う様に役割分担をしていた関係で、自然とツェッペリン好みとなったとさ。zep2 LED ZEPPELIN 1 からはグッド・タイムズ・バッド・タイムズ(Good Times Bad Times),幻惑されて(Dazed And Confused), LED ZEPPELIN 2 からは胸いっぱいの愛(Whole Lotta Love),リヴィング・ラヴィング・メイド(Living Loving Maid (She's Just A Woman)), LED ZEPPELIN 3 からは移民の歌(immigrant song),祭典の日(Celebration Day), SYMBOLS(Led Zepplin 4) からはブラック・ドッグ(Black Dog),ロックン・ロール(Rock And Roll),天国への階段(Stairway To Heaven), HOUSES OF THE HOLY(Led Zepplin 5) からは永遠の詩(The Song Remains The Same),丘のむこうに(Over The Hills And Far Away), クランジ(The Crunge), ディジャ・メイク・ハー(D'yer Mak'er), PRESENCE(Led Zepplin 6) からはアキレス最後の戦い(Achilles Last Stand) をコピーしたり、コンサートでジャカジャカやったりしていました。一方のパープルはリッチ・ブラックモアのマネが出来なかったので悔しい思いをしながら聴いていたのを思い出します。パープルのベストはスモーク・オン・ザ・ウォーター(Smoke on the Water) じゃないでしょうか。

gram1  まだ日本には鼻たれ小僧がいっぱいだった70's前半。突如、白塗りの化粧をしてギンギラギンにスパンコールで着飾ったマークボランが、演奏中に「Boogie!」とシャウトするだけで失神者が続出、泣く子はもっと泣いちゃいそうなロックが一世を風靡した。「デボラ、マジカルムーン、ジープスター、メタルグルー、チルドレンオブザレヴォリューション、テレグラムサム、イージーアクション、20thセンチュリボーイ・・・」。これらの曲でイッちゃていた私に横槍を入れて来たのは言わずと知れた山本寛斎の衣装を纏ったデビット・ボーイ(David Bowie)。彼が歌う、「スペースオディティー、スターマン、アラジンセイン・・・」。そして、イアン・ハンターの下手な歌がよかったモット・ザ・フープル(Mot the Hoople)の「ゴールデン・エイジ・オブ・ロックンロール・・・」。あまり好きじゃなかったけどロキシー・ミュージック(Rockicy Music)。似合わない長髪のスレイド(Slade)の「カモンフィールザノイズ・・・」とスウィート(Sweet)の「ロックンロールに恋狂い・・・」。さらにちょっと遅れてマイケル・デバレスのボーカルが素敵だったシルバー・ヘッド(Silver Head)の「ロックンロールバンド・・・」などなどでした。とにかくカッチョよかった。やる事なす事全てがカッチョよかった。そして、少しばかり彼等のする化粧に興味を持たずにはいられなかった。
 みんな、黒魔術だの、宇宙だのと神秘的な独特な雰囲気を醸し出していて、そんなのが漠然と良くって、凄いと思えた。ブラック・サバス(Black Sabath)やピンク・フロイド(Pink Floyd)なんかは毛色が違うけどこちらもバリバリ強烈な個性で頑張っていた。まさしくブリティシュ・ロック黄金時代でしたね。記憶を辿って行くと私はこの頃、とあるホールで行なわれていたロックのVTR上映会で、ブラック・サバスやディープ・パープルなどのVTRを見た様な気がします。(たぶん?おそらく?同じ体験した人はいない?)
 この頃のアメリカン・ロックは、と言うとそちらも確りと頑張っていましたね。三人でもバンドが組めるんだ、と感心したグランドファンク・レイルロード(Ground Funk Railroad)や大所帯のサザン一家、オールマン・ブラザーズ・バンド(Allman Brothers Band)、ドゥービー・ブラザーズ(Doobie Brothers)、スティーリー・ダン(Stely Dan)、イモっぽかったイーグルス(Eagles)、別格スティービー・ワンダー(Stevie Wonder)なんかもこの頃活躍していましたね。そしてこれらの後に前回紹介した「クイーン、キッス、エアロスミス」などが登場して、アメリカにも風が吹き出す次第です。