前回:深まる謎 ~日航123便 35年目の夏~

 

 

 

 

  

 

 

(2020年8月12日、群馬テレビ ニュース映像より。以下同じ)


 前回のブログで、時系列を【1】【20】に整理し、それはそのまま【疑問1】【疑問20】にもなるというようなことを、わたしは書きました。

 たしかに、疑問は10も20も次から次へと湧いてくるのですが、日航123便の墜落から35年目のきょう、とにかく不可解な疑問を、6つだけてピックアップします。

(↑ 読むのに5分かからない…)


《疑問:その1
 運輸省〔当時〕の航空機事故調査委員会が2年後に発表した報告書の「圧力隔壁破壊説」と、実際に飛行機に搭乗していた生存者の証言とが食い違うのはどうしてか。


 逆に言えば、機内にいた乗客乗員は「圧力隔壁破壊」が起きているようには、まったく証言していないのに、調査委員会が「圧力隔壁破壊」による操縦不能 → 墜落 という“シナリオ”にこだわるのは、なぜか。

《疑問:その2
 1985年8月12日18時半、日航123便の近くを飛んでいた米軍輸送機でアントヌッチ中尉は、123便と米軍横田基地とのやりとりを傍受し、横田基地が123便に対して「着陸許可」を与えたのを知ったと、証言している。


 その「着陸許可」は、その後、どうなったのか…。どうして、日航123便は、横田基地に緊急着陸することが出来なかったのか。

《疑問:その3
 日本政府も、日航123便が墜落してすぐに墜落現場を特定し、墜落から約20分で現場に到着した米軍機に対して「退去」を要請している。輸送機からの連絡を受けて現場に駆けつけた米軍ヘリは「ホイスト」という降下装置を使って現場への降下も可能であったこともわかっている。日本政府も、12日の墜落直後から直ちに救出活動を(日本政府として)開始できたはずなのに、墜落から16時間も経ってからようやく生存者が救出されるようなことがどうして起きたのか?

 

  


《疑問:その4
 どうして 相模湾沖に沈んでいる日航機123便の尾翼部分を引き上げないのか?
 日本政府は、墜落の原因を追究したくないのか?


《疑問:その5 

 圧力隔壁が破壊された…という調査委員会の報告書を、かりに100歩譲って認めるとすると(←本当は、そんなことはあり得ないのだが)、123便、圧状態も、30た」ということになる。だとすれば、圧力隔壁の破壊が、123便の直接的な墜落原因ではないということになる。

 それでは、
本当の墜落原因は何か(注)


(注)「飛行機が飛んで行った後から、流れ星のようなものが飛んでいくのが見えた」、この読売新聞の報道記事(1985年8月13日)を引いて、小田周二さんは問いかけています…、「飛行機を流れ星のようなものが追いかけ、やがてその飛行機は炎や煙を噴き出しながら墜落して炎上した。だとするなら、私たちが追いかけなければならないのは、その『流れ星』の正体である」

(『524人の命乞い』 P122より)


《疑問:その6

 これらの…わかりきった疑問(=ふつうに考えれば「おかしい」と思われる疑問)を、メディア〔新聞、テレビ etc 〕は、なぜ 真相究明しようとしないのか。


 

 「事故から35年 想いは変わらず」と上の字幕には出ていますが、小田さんの本には、このように書かれています。「日航機事故で犠牲となった520名には、約3000名もの遺族がいる。その3000名の遺族は事故原因が不明のまま、誰に殺されたのか分からないまま、憤りと後悔を引きずりながら、今日も肉親の霊前に花や好物を供え続けている」(P 240)


 特に、上の《疑問:その6に関連して、わたしは以前、福島で酪農をされていた鵜沼久江さんから聞いた話を思い出しました。

 「地方テレビからの取材を2時間ほど受け、『オリンピックありき』『オリンピックの都合に合わせて、名ばかりの“復興”が進められている』『避難している人が、いじめに遭っている』『国のやっていることは、これだけひどい』といったことも話したが、実際の放送(約4分)では、そういう発言はすべてカットされて、『福島から避難している人が、埼玉で野菜を作っている』というところだけ放送された」

 出典 右矢印 2020年1月23日ブログ


 遺族などが、日航機123便の墜落に疑問を持ち続けていても、そういう疑問をメディアが封殺するような形で、毎夏8月12日に「お涙ちょうだい」的に、遺族の日常の断片を映像にしてたれ流しているとすれば、そんなメディアは「報道」を語る資格も無いし、毎年、毎年、それがくり返されていくとすれば、それもまた恐ろしいことです。

 

ぽってりフラワー

 

 小田周二さんは『524人の命乞い』の「あとがき」で こう書きます。

 「今、年間で延べ約8000万人の日本国民が旅客機で旅行している。次は日本の市民の誰が犠牲になるのか。それを考えれば、問題は決して123便墜落事件の犠牲者、遺族だけのことではない。このまま無関心に放置すれば、真相の隠蔽や責任回避がまかり通ることによる問題が、国民に跳ね返ってくるのは必定(ひつじょう)である。ものであり、それを怠れば長期政権下で専制政治がはびこり、次には独裁が生まれる。航空機事故という名の520名殺害事件の真相究明と責任追及が果たされるかどうかは、日本がそのようになってしまうか否かの試金石なのだ」

 “墜落事故”の当事者(ご遺族)からの警鐘として、上の言葉、わたしは深く胸に刻みたいと思います。

( 続く ⇒ コチラ

 

 日航123便利の“事故”から35年目のきょう、群馬テレビなどもニュースを流していましたが、その中で、ある遺族が、ある絵本を出版した…ということも紹介されていました。であるならば、2017年8月12日に、別の遺族(小田周二さん)の出版した『524人の命乞い』について、どこのテレビ局も取り上げないのは、なぜなのでしょう…?

 


 ◆ 孫崎享さんの…意外なひとこと ( 2018年1月22日ブログ )