◆ 前  回:わたしが「スマホのながら運転」を注意した時の“笑い話

 

 

 きょうは「刃物で…刺される時のタイミング」、つまりどうしたら町中でよその人から刃物で刺されずに済むか…という話なのですが、その話題と上の警察官の写真とは何か関係あるのか…と、みなさん疑問だと思います。でもね…どうかすると警察官に“刺される”ことも、時にはあるのです(え…マジで?)。(2026年4月19日、都内にて)

 みなさんは「スマホを見ながら自転車をこいでいる人」を注意したことありますか。

 たぶん…そういう人は(全体から言えば)少数派でしょう。わたしは(スマホ見ながらの自転車をこくことは危ないので)見かければ注意するようにはしているのですが、実際に注意するとなると、たいへんむずかしいのです。

 例えば、交差点で信号待ちしながら自転車にまたがってスマホを見ていても、それは「運転してる」わけではないので(=自転車停止中)、もしかしたら赤信号になって、自転車を止めてからスマホを出したのかもしれず、その瞬間からだけでは判断がしにくいです。

 あとは、スマホをハンドルに固定したアタッチメントに装着してチラ見してる場合なんかは…、あれは何秒以内なら(例、3秒以内)OKなのですよね?
(注)

(注)手に持ってスマホ見ながら自転車こいではダメなのですが、アタッチメントにスマホを取り付けて規定の時間以内にチラ見するならOK…ということは、「片手運転がダメ」ということ?

 それから、そういう違反自転車が私のことを抜いていく場合がありますが、わたしが20代の深キョンだったら走って追い駆けることぐらいわけないです。でも…もうわたしは40代の深キョンになっているので、違反自転車を自分の足で追いかけようとすると3、4歩目には軽いめまいを覚えてしまうというのが、現状です(涙)。

 だから、いちばん簡単なのは、向こうからスマホ見ながら自転車こいで来る人に「当せんぼ」する形で「あなた 、ちょっと待ちなさい」って(優しく)声かけるというものです。

 

 「警察官に“刺される”」というのは、刃物ではなくて「転び公妨」という裏ワザで、ドサクサに紛れて私服警官がダレかの前でわざと転んで「突き飛ばされた~」とクサい演技をし、その「ダレか」を逮捕してしまうというのが「転び公妨」です。コワいでしょ? あっ、画面右すみに約1名、警官に取り囲まれて身動きできなくなっている(白マスクの)オジサンがいます…。(2026年8月15日、都内にて)


 それで…わたしの中には「マイルール」というのがあって、きちんと(「ながら運転」がアブナイことを)説明して、相手が「ごめんなさい」って言ってくれたら、夕食に「餃子1皿」追加。

 「なんだてめえこの野郎…、ババアのくせいしてうるせえんだよ」みたいに相手とわたしとが「ケンカモード」になったら、それはこちらの言い方も悪かったのだろうから、スーパーでカフェラテ1本だけ…。でも、ケンカ(=口論)になっても「じゃあ…警察呼びましょうか?」「ちょっと待ってなさい」ってわたしが言って、相手がそこで謝ったり、実際に警察を呼んで違反切符を切ってもらうとこまで行けたら、(逆転の)
「餃子2皿」みたいな感じで、わたしは自分の「声かけ」に自主的に「ごほうび」を設けているのです。

 だって、そうやって見知らぬ人に注意するっていうのは「骨折り損のくたびれ儲け」みたいなところもありますから、そういう「マイルール(=ごほうびルール)」を作って「日常の退屈を癒すゲーム」(?)にして自らをいたわっている…という次第。

 そして、実際にきちんと相手と話をして、向こうも「すいません…」みたいな感じでさわやかに別れられると、声をかけてよかったなあと思います。なぜかと言うと、わたしが声をかけることで、例えば、(見た目…わたしよりも)若い母親などは、絶対に外で(わたしみたいなオバさんに)声をかけられたことが無意識のレベルでも記憶に残って、次回…自転車に乗りながらスマホを見ようとしたときに、わたしから声をかけられた体験が「抑止力」になるのです。だから、あまりむくわれない「声かけ」なのですが、それによってわたしが声をかけた相手が少なくとも加害者になる可能性は低くなるし、結果として、将来の被害者を減らせるということでもあるから、わたしはいつも胸を張って餃子を注文しているのです。

 ところが、こういう「よい行ない」にもかかわらず、こういう「マイルール」をわたしが友だちに話すと、「あっ、それオモシロそうね、わたしも明日からやろう!」っていう人は少なくて、むしろ圧倒的にこう言う人が多いのです。

 

 「詩乃ちゃん、そんなことやってされないでよナイフピリピリ


 

 このオジサンも警察官に一時的に身柄を“拘束”されてしまいましたが、逮捕はされていません。釣りで言う「キャッチ&リリース」みたいなもので、少ししたら“放流”されてもらえるのです…。

(2025年8月15日、都内にて)

 

 う~ん…。

 わたしのことを心配してくれるのはありがたいんだけど、ちょっと…わたしは言いたいのです。何かを注意したからと言って、それで100%、相手がポケットから刃物を出して刺しに来るわけじゃないのです。

 わたしに「刺されないでよ」と心配している人は、ほぼ全員が自分は注意したことが無くて、いわば…抽象的な(つまり、架空の…?)「刺される」という危険性を信じて(?)、その危険性ゆえに自分では(スマホのながら運転を見かけても)注意しないし、わたしに対して「刺されないでよ」と心配してくれるのです。

 実際に何度かやってみればわかりますが、スマホのながら運転でも、その他のタバコのポイ捨てなんかでもそうですけど、こちらの声のかけ方によって相手の対応はずいぶんとちがいますし、それからそういうことの場数を踏んでいくことによって、「刺されるタイミング」がわかって来ます。←コレ…ほんとうです。

 例えば、ポケットに刃物を入れてるヤーさんみたいな人がいたとしても、そして、わたしのひと言がきっかけとなって 相手が「刺してやろう」と逆ギレしたとしても、そのタイミング(?)がわかれば、わたしはその危険を回避することが出来ます(さらに優しい声かけをしたり、刃物を出そうとする相手に威圧的な言動に出たり、ケースバイケースですけど)。

 …で、わたしが何を言いたいかというと、やっぱり社会の中で「良識ある大人」として生きていくためにはザル・かザル・わザル」ではどうしようもない(=情けない)のであって、そういう「危険回避リテラシー」を身につけることも大事ではないか…ということです。

 

 アブナイのは、こういう集団。いや…これもほんとうには危なくない。ほんとうにアブないのは、私服でこちらに向かって来る人間…そして、そういう人間は数人で固まってやって来る…、そういう時はさっさと逃げる(のがよいと、わたしは知り合いのジャーナリストさんから言われている…笑)。 


 ただ抽象的に(=場数を踏むことなく、ただ…アタマの中で)

 猿 「見知らぬ人には声をかけるな」
 猿 「声をかけると刺される場合がある」
 猿 「だから…関わらないことがいちばんだ」

 …みたいなことを唱えているばかりで、何の行動も起こさないようでは、世の中は悪くなるばかりです。

 だから、みなさんもあしたから、自分の身近なところで「小さな声かけ運動」をしてみてください。あなた自身が「小さな声かけ(=無理のない声かけ)」をすることで、社会は確実に変わっていきますから!!!


 ( お し ま い )

 


 〔 オ マ ケ 〕

お母さん ひとつ何てことはないアドバイスをすると、町なかを歩いていて無灯火の中学生を見つけた時、あるいはスマホの「ながら運転」をしてるのを見つけた時のことですが、場数を踏んでいない人は単刀直入に「無灯火はダメよ」「スマホ見ながら運転しちゃダメよ」というのは言いにくいですよね…。だから、最初は、そういうフレーズの前に何か ひと言はさめばいいんです――「ねえ、ボクちん…、この辺にドンキホーテある?」とか何とか相手に道を尋ねて、相手の答えを受けてから「どうもありがとう。あっ、そうそう…あなたの自転車、ライト壊れているの?」ぐらいのことは、言えますよね?それで、とにかく…見知らぬ人に声をかけられたら、夕食のおかずに「餃子1枚」追加、そういう「マイルール」を作ると、あなたも確実にわたしと似た体形になれます、めざせ…ミス・ワールド!


 
  

 ついでに…こういうのも(↑)実はアブナクない…、彼らは自分たちが「スパイ活動」をしているのが露見するのを恐れて、こちらには向かって来ないのです。山中で出会うクマと一緒で「向かって来ない(=向こうから逃げる)」のは安全…。コワいのは「向かって来る」クマや私服…。

※下記「2026年1月21日」ブログより




スパイ工作」に…スッパイした話(涙)( 2026年1月21日ブログ )

 

 手に手に風船を持ってそれを空に向けて放つ日航123便墜落の遺族・関係者と、

 それを写真に収めるべく、ズラリ…と整列する報道関係者(写真下)


 

 こちらの写真のように一歩引いて現場を眺めてみると、写真の上半分に報道関係者が列をなして…いい「絵(写真)」を撮ろうと群がっているのがわかります…。そのうちのいったい何人が、青山透子さんや小田周二さんの本を読んでいるのでしょう…。( 2025年8月18日ブログより )

 また今年も「8月12日」がやって来ます。
 乗員・乗客520人の命が奪われた「日航123便」の墜落…。

 それにしても、昨年は墜落から40年ということでひどいものでした(写真参照)。

 わたしは上のブログで書きました――
「815日慰霊でだって、道館って、それをつなんてことはしません…。こういうえたのはったいなのでしょう

 ついでに言うと、川で灯籠を流す時は「流し放し」ではなくて、ちゃんと下流で灯籠を回収します。「流し放し」にしたら、その灯籠がゴミになって環境を汚しますから…。その視点で言うと…風船は…? 


 

 

 今年は台風15号が近づいているとかで、慰霊登山などお天気が心配されます。

 わたしは…と言うと、家でゴソゴソとゴキブリ生活なのですが、最近…改めて青山透子さんの
『 日航123便墜落 圧力隔壁説をくつがえすを読んでみたのです。

 すると、こんな青山さんの文章が目にとまりました。

 
【引用はじまり】 いつものようにわたしの気になったところ…赤にしました。

 亡くなった人はどうせ生き返らない、相手が政府なら何をしても無駄だ。自分たちの今の生活が大事だ…。

 このように当時の関係者や遺族側にも複雑な事情があり、私は、取材や調査の過程でこういった個別の事情を垣間見ることになったのだが、これが現実というものだった。
 しかしこれでは
戦争同様、死者たちは永遠に報われない。このまま521人(胎児も含む)のいのちが失われた〈あの日〉を曖昧なままで放置してよいはずがない。検死医師が提供してくれた壮絶な遺体状況の記録を目の当たりにした時、私はそう思った。

 日本で起きた事件である以上、
私たち自身が事実を明らかにしなければならないのだ。(略)

 本来ならば、最も信頼されるべき仕事をしなければならない日本の運輸安全委員会は、その後日航123便墜落の再調査をする気配すらなく、政府から独立した組織の利点と立場を放棄し続けている。いくら情報開示請求を行っても 恣意的判断で門を閉ざす。
 頼りになるはずの報道関係の間では「触らぬ神に祟りなし」か、上層部の個人的感情があるのかはわからないが、日航123便に関する新事実についての報道は、ことごとく避けられてきた。
 昨年7月に行った早稲田大学でのシンポジウム「情報公開と知る権利――今こそ日航123便の公文書を問う」では、会場一杯に一般市民や大学関係者、学生、メディア、読者の方々が大きな関心を持って来てくださった。その休憩時間で私は、初めてお会いしたA新聞社の論説委員に、「貴女は本当の事実がわかった時、それを書くつもりか」 と聞かれた。 
 私は逆にその真意をはかりかねたのだが、当然そのつもりだと答えた。あれは、自分たちは知ってるのだ、ということを匂わせたようにも見受けられた。それとも、スポンサーや組織の論理が優先するのだから、知っても書かないことが ジャーナリズムの一つだと言いたかったのだろうか。そうであっても、あの時彼は、登壇したご遺族の吉備素子さんが言った「墜落原因が明らかになるまで死ねない」という言葉をどのように受け止めたのだろうか。
 報道関係者が、知っていて知らぬふりにしてはあまりに長すぎる。

 もしかすると、いまだに「米国と戦争になる」という当時の群馬県警本部長と同じ発想なのだろうか。それは戦後を引きずった昭和、せいぜい 平成までの古いしがらみに囚われた発想だ。令和となった今では、米国公文書も30年経てば開示されるのが基本であるし、世界的基準に照らしてみても、永遠に機密指定することは
民主主義の根幹を揺るがすことであって決して許されることではない。(略)

 先の戦争のように、
政府側と結託して戦意高揚の報道で民衆を煽り、偽りの新聞報道をして大罪を犯し、戦争という過ちに突き進んでいった時代をあざ笑うことなどできない。大本営発表のごとく、いまだに日本の報道はこのような状況と言えるが、また同じ道を進んでいることに彼らは気付いているだろうか。
 この未解決事件には、思想や背景など個人的イデオロギーは全く関係なく、右でも左でもないし、宗教の垣根もない。 必要なのは、無事に大阪伊丹空港に到着できなかった乗客乗員 521人の無念を感じ取れるか否かだ。
 それでもなお、隠蔽に加担して道理に外れ、人としての役割を放棄した人たちによって二重の「犠牲者」となった死者たちは、一体どこに救いを求めればよいのか。
 司法が政治的圧力に屈せずに真っ当に機能して、真実を吐き出させ、犯したことに対して心からの謝罪があった時、ようやく魂は明らかになる。
その願いだけは叶えさせてあげたい

 【引用おしまい】  『日航123便墜落 圧力隔壁説をくつがえす』P156~159より 


 青山透子さんは「521人の声を聴く」と題して1章を設け、胎児を含めた521人の亡くなられた人たちの「声」を聴こうとしています、これはとっても大切なことで、「報道」に携(たずさ)わる人間こそが、このことを胸に仕事をすべきなのです…。


 「相手が政府なら何をしても無駄だ。自分たちの今の生活が大事だ…」

 ホント…そうですよね、政府(という看板を掲げて「サークル活動」を楽しんでいるオジさんたち)を批判するよりは、「官房機密費」のおこぼれでももらって、「サークル活動」系オジさんたちが喜ぶ記事を書いている方が気が楽だ…と考える「朝日新聞の記者」がいてもおかしくはないかもしれません
(注)


(注)実際にわたしは 増山祐史記者 がやっていることを見ていますから…。


 でも、報道関係者が目をつぶろうとしていることは、政府関係者の「殺人的行為」です。2016年に相模原で起きた無差別殺傷事件については記事にするのに、中曽根康弘元総理大臣の関与が疑われる事件にはほおかむり…なのでしょうか…。

 たとえとして適切かどうかは悩みますが、日航123便の墜落は、武器を持って相対峙した兵士たちが殺し合って…その結果520人もの兵士が亡くなったのとはワケがちがうのです。武器を持って戦争に自ら進んで参加する…というのは、「殺し合い」に参加することですから、たとえ殺されたとしてもそれにモノは言いにくいのです。

 でも、日航123便で命を絶たれた人たちというのは、武器を携行していなかったし、戦地に赴こうとしていたわけでもない…、ごくふつうに出張を終えて、あるいは親戚の家に行くためにたまたま飛行機に乗ったに過ぎないのです。

 そういう520人もの人たちの命を(戦争でもない…平時に無残にも)奪う行為が、いかに許されないものか…、池上彰さん、わかっていますか?

 

 ( お し ま い )

 



「問題は…犠牲者、遺族だけのことではない」( 2020年8月12日ブログ )

ムカツクから…朝日新聞にケンカを売ってみた (笑)( 2025年8月27日ブログ )

 

お母さん  これ…書いちゃってもいいのかなぁ…、もう時効(?)だから書いちゃいますよ…、何とビックリ、朝日新聞の増山祐史記者、どうやらワタシのブログを読んでいる(らしい…)。笑あせるあせるあせる

 写真上の銭湯…先日前を通りかかったら隣接する建物が取り壊されていて、今までは見ることの出来なかった角度からお風呂屋さんの建物全体を望むことができました(写真下)。いや~こちらの銭湯…「名前」も「〇〇湯」ではなくて、ホント…風格のあるお風呂屋さんなのです。

( 2021年9月26日ブログ より)

 

 

2026年7月12日、都内にて。

 

 わたしが銭湯好きであることはもうご近所さんたちの間では評判で、その通りに夏の暑さに負けずに、わたしはけっこう銭湯通いをしています。

 ただ…最近ちょっと困ったことがあって、

 それは何かと言うと行きつけの銭湯での、あるおばあちゃんのこと――。

 まぁ、よくあることで、お風呂に入っている時も、そして…あがってからも話が長い(涙)。ふだん…ひとり暮らしだから、お風呂に来て、わたしみたいなピチピチの女性をつかまえて話がしたい…というのは、わからないでもないのですが…。

 でも、この間なんか…わたしが「お先に失礼します」って言ってあがろうとした時に、そのおばあちゃんたら
「私もすぐ行くから…」とか言うのです。

 わかりますか…? 
「私もすぐ行くから…」の意味すること。

 
「私もすぐ行くから…」ってことは、それはロビーでテレビでも見ながら(私のことを)待ってて、一緒に帰りましょうよ…ってことなんです。

 でも、詩乃ちゃん的には、わざわざだれかを待ったりしたくないんです。

 たまたまタイミングが合えば、一緒に帰るなんてことも「アリ」ですけど、ことさらだれかのことを待って…5分、10分、15分 と銭湯のロビーで(テレビを見ながら)時間を費やすのは、ゼッタイ嫌なのです(だから、その時は「仕事の電話が入ったので…」とか何とかフロントのおじさんに伝言して、わたしはさっさと帰ってしまいました)。

 

ぽってりフラワー


 それはそうですよね…、だって一人でのんびりお湯に浸(つ)かって好きな時に帰りたいのに「私もすぐ行くから…(ロビーで待っていて)」…みたいなのは、『神田川』の恋人関係のみたいな相手とだったらいいですけど、単なる「風呂トモ」からそう言われても、わたしとしてはあまり…待つ気なんかサラサラ無いわけです(注)


(注)…わたしのブログを読んでいる人からすると意外かもしれませんが…、

とにかくワタシ的には「待つ気」無し!人を待たせるなんてのは…マナー違反です。

 

 それで、そういうことが煩わしくて(笑)、きょうは、さだまさしさんがその昔に通った銭湯( ⇒ コチラ )に行くことにしました。

 それで、わたしの住まいからその銭湯までは、ずいぶんと 暗い道を通らないといけないのですが、その日の…夜9時過ぎ、あるお宅の玄関先で、年配のご婦人が座ってるのが見えたのです。

 これって、都内の港区あたりではあんまり見かけないスタイルかもしれませんけど、わたしにはそんなに意外なことではありません。

 それは…(書いちゃってもいいのでしょうか…)浅草の 
百瀬梅太郎 親分のお嬢さん(推定70代後半)なんですけど、最近ぼんやりと(昼間でも)玄関先に座ってるんですよね…。あと…今は暑い季節だから、その年配のご婦人も夕涼みも兼ねて玄関先で座ってるのかと思ったのです。

 だから、ゆっくりとその前をチャリンコで通り過ぎようとした…その時、そのご婦人が座ったままわたしの方に右手を伸ばして 「あの~」って、けっこう弱々しい感じで声をかけてきたのです。

 「え…?」と思って、少し行き過ぎてからブレーキをかけてふりり返ると、ご婦人はさらに聞こえるか聞こえないかぐらいのか細い声で、わたしに言いました――「きゅ…、救急車を呼んでください」 

 

 救急車
 
 わたしはびっくりして自転車を止めて、そのご婦人の前に駆け寄りました。

 でも、特に胸を押さえてるわけでもなく、頭を抱えてるわけでもなく、でも…本当に弱々しくそのご婦人は「救急車を…」って言うのです、だから事情はわかりませんでしたが、すぐさまわたしは119番に通報しました。

 

ぽってりフラワー


 電話すると、すぐ担当の人が出て「火事ですか?救急ですか?」と聞かれたので、わたしも直ちに「救急です、市川市の〇〇で年配の女性が玄関先で倒れ込んでいます」 と答えました。

UMAくん 
「住所を教えてください」
UMAくん 「その方の隣の家の名前は何ですか」

 電話口の人は住宅地図を広げてるみたいで隣の家の人の表札を言うと「わかりました、すぐ向かいますので…」と答えてくれました。そして、一旦電話を切って2、3分もすると、再びわたしの携帯が鳴って、それはどうやら救急車からの発信のようで、「今そちらに向かってます」とのことでした。

 わたしも「わかりました、待ってます」と言って電話を切ると、1分もするかしないかのうちに
「ピーポーピーポーピーポーという、例のサイレンの音が聞こえて来たので、わたしは少し明るい通りに出て救急車に向かって「ここです、ここで~す」という感じで手を振りました。

 そんなこんなで、わたしが119番通報してから救急車が到着するまで…10分はかかっていなかったと思います、5、6分でしょうか、わたしは生まれて初めての「119番通報」でしたが、とても救急車の到着が早くて驚きました。

 救急車には3人のヘルメットをかぶった人が乗っていて、ストレッチャーと言うのですか…、それを出してくれて…わたしは(こんなことを書いたら失礼かもしれませんけど…)早く銭湯に行きたかったので「じゃあ…わたしはこれで…」と言ってその場を離れたのです。

 でも…ですよ…、もしわたしがあの場所を通らなかったら、つまり――いつもと同じように行きつけの銭湯に行っていたら、あの年配のご婦人はどうなっていたのでしょう?(その年配のご婦人はひとり暮らしのようで…あと、お隣の玄関チャイムもならせないほどでした…、でも、お隣さんに電話すれば済む…とも思うのですが、昔の人は、救急車を頼むなんてこと、お隣さんには言いにくいのでしょうか…、赤の他人、通りすがりだったから、わたしに頼めたのか…とも、あとで思いました)

 

ぽってりフラワー


 あとは、119番通報後の消防のみなさんの迅速な対応ぶりです。わたしは自分で救急車を呼んだのは生まれて初めてでしたが、 最初の電話口の人は「もう今向かってますから…」と言って ちょっと私を落ち着かせるような口ぶりで。その電話を切ってからまた電話が鳴って、今度は救急車の車内から「今向かってます」 と同じような呼びかけがあって、それを切ると、もうサイレンの音が聞こえて…。

 そんなわけで、まったく思いがけず、日本の 
 について、わたしは体験することが出来ました、本当に文字通りに「救急」っていう感じで、これがプロの仕事だなと…と感じました。

 そして、そういうことを見聞きする、改めて…日本での地震対策はどうか、とも思うのです。地震が起きて、停電やら断水やらが起きて、倒壊した建物から人々が避難するという時に、体育館でブルーシートを敷いて、そこでみんなが何日も雑魚寝するというのが果たして、地震大国日本において十分な救援体制なのか、引き続き、みなさんと一緒に考えたいです。

 

 ( 続 く )

 

 

 2026年8月1日付日刊スポーツ紙コラム「正解地獄耳」によると、今回の熊本地震でも台湾総督府の頼清徳総統が個人で義援金を寄付してくれたり、台湾の鉄道会社は2000万円の義援金を送ることを発表したりしたそうです。このコラムの書き手も「なぜこれほどのんきなのか」と、日本政府の対応を半ば呆れて書いています。

 

 


   能登半島地震:台湾から【25億円】もの義援金!( 2024年1月26日ブログ )

   他国の災害支援 ~台湾やイタリアの場合~   ( 2026年8月7日ブログ )