2日付ブログで、やや手キビシイことを書いてしまって反省しています。
それから…このブログを読んでいる人は…、
〈原発〉の話と、
〈基地〉の話と、
〈戦争〉の話と、
あとは…
〈本〉の話をわたしから取ったら、
何も残らないと思っている人もいるでしょ…?
あま~~~い、
実は、わたしは…「お花」にも詳しいんです。
「お花」を、どういう心構えで、そして具体的にどう生ければいいのか…、今日はちょっぴり上から目線で、解説(怪説?)してみます。
1、 まずお花をいけることに慣れていない人は、花瓶をお花屋さんに持って行って「これに季節の花を生けたいのですが」と言ってみることです(←意外でしょ?)。
でも、お花屋さんて、魚河岸(うおがし)の業者さんみたいなところがありますから、そういう築地市場のおじさん…みたいな人とふだんから話をしておくと、耳より話がたくさん聞けます。
その際には…“きちんとしたお花屋さん”と、おつきあいをすることです。つまり人間としても尊敬できる人のところでお花を買うこと。中にはお客さんの身なりを見て、適当にねだんを言う花屋さんもまれにありますから、良心的なお花屋さんを探して、出来ればひとつのお花屋さんにずっと通うことを勧めます。
2、 先日の…カフェのお花のことをわたしが知り合いに話したら、その人もそこに立ち寄ってから…こう言いました。
「傘立てに持ち帰った何本かの傘をそのまま
バサッ…と投げ込んだみたいだった」
うまい比喩(笑)。
それで…、そうならないためには(!)、花瓶にお花を(深く考えずに)投げ入れるようなことはせずに、お花はガラスの花瓶に入れる時に、かなり気をつかってゆっくりいけることが大切です。
次の方法は、お勧めです。お花を買って来たら、下の方の「茎」が(ゴミとして)出ますから、それを立方体(サイコロふう)とか、十字の形とかに組んで(←タコ糸や輪ゴムでOK)、それを花瓶の中に入れておくと(それだけで)「傘立ての傘」を避けることがデキマス。
3、 お花が「傘立てに何本もの傘を突っ込んだみたい」になるのは、本数が多いということもありますが、葉っぱをきちんと取らないからです。「お菓子の詰め放題」ではないのですから、花瓶にお花をギュウぎゅう差し込むのはよくないです。
わたしは…「ふんわり」という言葉を使います。「花束が花瓶に挿さっている」感じがしてはダメ。そうすると…必然的に「傘立て」状態になってしまいます。
4、 花を挿していく時は、当然のことながら「中心となる花」をはじめに挿します。それを花瓶に挿して全体の感じを整えてから、少しずつ「重いもの」→「軽いもの」の順で花をいけていきます。
5、 以前、わたしは「彫刻」のことを書きましたが、生け花(盛り花)は…「彫刻」に似ています。つまり360度から見られて、それぞれに興が湧く…というのが生け花の醍醐味です。特にカウンターに花を置くというのは、右からも左からも見られるわけで、右から眺めた楽しさと左から眺めたオモシロさの両方がある…というところがミソです。
6、 あとは…、これがお花のいちばん難しいところですが、お花も〈間〉が大事です。
このことをわかってもらうために、わたしはよく「落語」を例に出します。うまい噺家(はなしか)さんは「間」がじょうずです。のべつまくなし…というか、ずっと同じトーン(語調)で話し続けたら、聞く側の人(の心)には何も残りません。
お花も同じことで、花瓶にたくさんの花が突っ込んであればよいというものではないのです。10本のお花でもバランスよくきれいに生けるということが大事です。
7、 〈間〉というのは、落語で言えば、言葉とコトバのあいだの「区切り」、お花の場合の〈間〉というのは、簡単に言えば「空間」です。
花と花のあいだ…(の空間)。その〈間〉と、一つひとつの花の(顔の)向きとのバランス…と言うか、調和。これが大切です。だから、お花は花瓶に挿して終わりではなく、毎日(手を添えて)整えてあげるのです。
これは、別に「抜いて挿しなおす」ということではなくて、元気のなくなった葉を取ってあげる、向きを少し変えてやる、花と花の位置を多少ずらしてあげる…といったことです。その意味ではお花も女性の髪と同じで、髪を洗ったあとにどうやって乾かすか、ドライヤーの使い方で(髪の仕上がりは)ずいぶんとちがいますよね…、あるいはちょっと風で乱れた髪を手で直す…、お花の手入れも、まぁそんな感じです。
8、 ちなみに…そういうお花の配置をうまく見極めることを「さばき(捌き)」と言います。舞(まい)などの「足さばき」、料理での「包丁さばき」と同じことです。この「さばき」によって、どういう〈間〉を作り出すか…それによって、同じ材料(の花)でも仕上がりはまったくちがって来ます。
…そんなところでしょうか…。
あとは、昔から「3年習うよりも、3年師を探せ」と言います。
つまり、中途半端な師匠(=なんちゃって師匠)に習うと、中途半端なお花しか出来なくなるので、急いで「習う」よりも、きちんとした師を3年かけてもいいから探しなさい…と昔の人は言いました。
そうそう…このブログで何回か取り上げた持田盛二さんが言っていましたね…
「私は50歳になるまでは基本を身につけようと心がけた」って。
いい言葉です…、本当に(涙)。
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今は…どの分野でも…「なんちゃって」ばやりです。
わたしのまわりでも、わたしから見ると…どう見ても趣味でお芝居をやっているに過ぎないのに、平気で「女優です」なんてことを言う人がいます。「女優?笑わせないで…」「おだまり!」と、わたしは言いたくなるのですが、気の小さいわたしはいつも黙って微笑んでいます。
女優だけじゃないです、
なんちゃってデザイナー、
なんちゃってヨガのインストラクター、
なんちゃってエッセイスト、
漢字で言えば…
なんちやって評論家、
なんちゃって「作家さん」、
あるいは…なんちゃって写真家!?
(アレレ…ワタシノコト…?)
いまは、カメラがよくなっているので、
だれでも3日もあれば「なんちゃって写真家」にはなれるのです(注)。
(注)そして…そういう「なんちゃって写真家」がいっちょ前に名刺なんか持っていて…
そこに「写真家」なんて書いてアル。これには詩乃ちゃん、びっくし(笑)。プロの
カメラマンと言うのなら、せめて菊次郎さんの写真を見てからそう言って欲しいです。
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そうそう…あんまり御託(ごたく)を並べてもツマラナイから実例を…。
え~と…これ、書き忘れましたが、花瓶にいけるというのはムズカシイのです。
だから、最初は「一輪ざし」で練習するとよいです。たった1本のお花でも丈(たけ)をどのぐらいにするか…悩みます。そのお花に合った「一輪ざし」を持って来て、鋏でスパッと丈をちょうどよく切る…、この練習もとても大事です。
飾る人のセンスが光る、洗面台に置かれた“一輪ざし”。但し、この写真の撮り方は…
極めてセンスなし。あっ、このグラスをカフェのカウンターで撮ってみます(下の写真)。
この黄色いお花も、グラスにいけるか、細見の一輪ざしにいけるか…生け手のセンスが問われます。
こういう洗面台にお花を置くときは、「浮いてしまわないように」ウィスキーグラスなんかに挿すのも素敵です。
同じ一輪ざしでも、どういう角度から撮るかで印象はガラリと変わります。但し、
この撮り方も…わたしに言わせると、別にたいしたことはない…(大学の写真部レベル)。
さて…、
次に、メインのお花…。
「百聞は一見に如かず」で…やっぱり実際にいけてある様子を見ると〈間〉の大切さがよくわかりますし、こんもり…と言うか、花瓶に花々がやわらかく生けてあるのがわかると思います(決して、「傘立てに挿した傘」状態にはなっていません…)。
花瓶は同じでも、お花を替えるとドウナルカ…見てみましょう。
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このあたりを見ると・・・〈間〉の大切さがわかります…。
またまた…お花を替えてみます…
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(お花の写真は、これでオシマイ…)
あ…もちのロンで、上のお花はわたしが生けたのでありません、ふだん懇意にしているママのお花を(了解を得てから)みなさんにお見せしました(注)。
(注)「ブログでママのお花紹介してもい~い?」って聞いたら、
わりにあっさり…「いいわよ~」って(笑)。
………。![]()
…ナンダロ…(?)
ナンカ…今日は、終わり方が…
シックリ 来ないなぁ…。
何カ マダ 見せていない写真が
1枚 残ッテイルンジャナイカナァ…。。。
ふふふ…。













