日向ぼっこランチ(また焼き芋食べてしまった・・・)しながら
ふと「今日は11月8日かぁ・・・『いい歯』の日だったりして」なぞと考えたら
じゃあ4月18日は「良い歯」の日で
10月8日は「入れ歯」の日
6月4日が「虫歯予防デー」なら3月4日は「差し歯普及デー」とか

くだらないことを考えるのって楽しいです

携帯が普及する前の学生時代までは 電話番号は「憶えるもの」でした
アドレスブック(住所と電話番号を書く名簿)も使いましたが 基本は友人知人の電話番号は暗記していました
そこで登場するのが語呂合わせです

今では企業の宣伝にいくつか使われる程度で 主流は検索キーワードになっていますよね
当時は100件くらいは覚えていたように思います
中には「なあおい泣くなよ」とか「悩みに死は無用」「サニー何色」なんて傑作もありましたが 大半は忘却の彼方へ

調べることが進化して 簡単に広範囲に検索できるようになり 「暗記」の必要がなくなったのは 便利ではあるけれど 何か寂しいというか物足りなさも感じます
中高生くらいでは 英単語以外には周期表の「水平リーベー僕の船・・・」くらいでしょうか
「ひと夜ひと夜に 人見ごろ」「人並みに驕れや」「富士山麓にオウム鳴く」なんて おじさんの証なのでしょうね

せっかくなので 頭の体操をして 次を創作してみました
36142 3987282 16874

読み方は・・・

そう

・・・標記の通りです
夕陽がカーテンを茜色に染め
隙間からの光が 壁にオレンジの柱を立てて日暮れの時を刻んでいきます

ピンクから柿色へ 錆色へ そして潮が引くように色を失い
紺のジョーゼットが幾重にも夕空を包んでいくころには

チャック・マンジオーネのフリューゲルホルンが聴こえてくるようです

学生時代によく聴いた“Feels so Good”というその曲は夕陽とともに胸に蘇ります
エアコンもパワーウィンドもないオンボロ中古車で鎌倉に出かけ
空に茜が差してくると 森戸や長者ヶ岬に向かい
波音と共に この曲をよく聴きました

音楽は思い出のインデックス
過去の一瞬を検索して見つけてくれます
頬に感じる風の感触 音や香りや温度や湿度 そして胸の内
思い出そうとすることはない事柄を提示しては
「そんなこともあったね」と
今の僕が これまで生きたすべての時間でできていることを
あらためて教えてくれます

ちなみに 爽やかな朝には
パズーの吹くトランペット「ハトと少年」

あのくらい輝かしく吹けるといいのですが
途端に暗雲が立ち込めそうなので 練習室でしか吹けません

そういう曲を集めて「私の一日メドレー」なんて作ったら・・・
面白いのは自分だけでしょうねぇ

濃霧に包まれた幻想的な一夜が明けて



秋晴れの光にビルたちも眩しげに佇んでいます



 



乾いた風が まだ少ない落葉を



宝物のように吹きだまりに集めて



再び街に駆け出していきます



 



さらりの風は子どもたち



どこでも走って 登って 跳んで



なんでも蹴って 掴んで 投げて



笑って 叫んで 駆けゆく小道



生垣越しに南天も 微笑み赤い鈴鳴らす



 



「焼き芋好き」のコメントに誘われて



テラスのベンチで陽射しを背負い



ふっくら紫ぷちんと割れば



鼻をくすぐる甘い湯気



 



この次はバターも買っておこう


音のない乳白色の午後



軒先の雨音が永遠に続きそうなリズムを奏でていると



武満徹さんの『raintree=雨の樹』という曲を思い出します



 



マリンバとクロタール(エスニックな澄んだ音色の金属の楽器です)の響きには



雨がやんでも いつまでも葉から雫を落とし続ける樹



その水音が創る 生命圏が感じられ 生命の色に心が染まるようです



 



生命は水から生まれ 水に育てられる



その水を蓄え滴らせ続ける樹



 



短命なヒトや動物とは 時間の尺度が全く違う樹



生きることの 毅然とした強さ しなやかさ 豊かさ



樹は 自身の時間で 自身の時を生きています



 



宇宙の広がりや 長大な時間をかけた変化にも通じる生き方



たかだか100年の寿命では 知りえない時の流れを



自然は知っています



 



僕らは誰しも 雨の樹の たった一滴にすぎません


街の底に溜まった冷気を 雨が少しずつ溶け流していく朝



横断歩道の側溝に 落ち葉が溜めた小さなダムが映す



灰色の空とレインブーツと赤いパラソル



水の輪が次々広がり 消えて



パラソルは空に交じり また姿を取り戻す
 



私がわたしであろうと しがみついているように