遠近法で描く中国 -2nd Season- -78ページ目

遠近法で描く中国 -2nd Season-

片手にピストル 心に花束 唇に火の酒 背中に人生を。 

七田先生の本を、さらに1冊読み終えました。

子どもの脳は6歳までにゆっくり育てなさい/七田 眞
¥1,470
Amazon.co.jp


『胎内記憶 バース・トラウマの秘密』(つなぶちようじ氏との共著)に次いで2冊目です。
まだ読んでいないものは、
『七田式子育て36年の法則 頭の良い子を育てる「語りかけ」と「右脳遊び」』
『子どもの知力を伸ばす300の知恵』
『父親の7つの行動 お父さん、今こそあなたの出番です』

印象に残った箇所は
「0歳~2歳の子どもにテレビはみせない」(p75)
テレビは一方通行です。


心が伝えたいと感じた言葉を、
唇を震わせ、空気の波を泳ぎ、
そして、相手の心に届ける・・・。
そんな力は、残念ながらテレビにはありませんよね。


七田先生の言葉を借りると、
テレビで言葉を与えることは、言葉を育てるどころか、
言葉を奪うことになるのだそうです。

「脳は音声によって正しく発達が進むものです。
音声(とくに両親の豊かな言葉かけ)が脳を育て、心を育てます。」(p76)

少し七田式教育の売り込みっぽいところがありますが、
子育ての指南書の一つとしては、参考になります。


しちだ・教育研究所
http://www.shichida.com



☆クリック募金★
http://www.dff.jp/

著者二人によるエピソードが豊富で、それがまた楽しく、一息で読めてしまう本です。
全世界のホテル・リッツ・カールトンに滞在した経験を持つ井上富紀子氏と、
リッツ・カールトン東京支配人のリコ・ドゥブランク氏の共著。
高い意識レベルのビジネス・パーソンの諸氏なら既にお読みでしょうし、
何を今さら!ってお叱りを受けそうですね。
そういえば先日の帰国時にリッツ・カールトン大阪の近くまで行ったのですが、
残念ながら滞在することはありませんでした。
実家が大阪ですし、東京ならチャンスもありそうです。
北京もいいかもしれません。
一度は訪れないといけないでしょう。


参考書籍『リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間』高野登著


ぼくが共感したところ:


Mystique 6 ミスティーク(p95)


(引用開始)
ブランドとは約束を意味します。
すべてのお客さまに望まれる期待以上のおもてなしをお約束することが、リッツ・カールトンのブランド力です。
そのブランドを支えるものこそ、我々が誇るリッツ・カールトン・ミスティークなのです。
(引用ここまで)


吉田松陰は心の持ち方の基本を「まごころ」だと説きました。
リッツ・カールトンの企業理念の根底にあるのも、言葉こそ違いますが、まごころによるおもてなしだと理解しました。
ブランドが「単なる商標」ではないということが、ぼくにはショックでした。
約束とは人と人、お互いによって守られるものです。
キャストとゲストの関係だけではなく、すべての人間関係に必要なのが、個人間の約束です。
自分と言う「ブランド」を持つのなら、どんなおもてなしができるのか。
まごころをもって、約束を交わせるのか。
ホテル・リッツ・カールトンでその極意をゲストとして、ぜひとも学びたいですね。

リッツ・カールトン20の秘密―一枚のカード(クレド)に込められた成功法則/井上 富紀子
¥1,575
Amazon.co.jp



☆クリック募金★
http://www.dff.jp/

人生で最初に読んだビジネス書です。
保科一明先生の著作です。
濁世当時九州産業大学経営学部国際経営学部で、
商社マン出身で現場で培った経験を元に、国際ビジネスについて講義をされた教授でした。


国際経営の教授陣の中では、最も人気のあった先生でした。
残念ながら、ぼく達が三年次にあがる年に、教職から退かれ、ぼく達には「保科ゼミ」が開かれなかったのです。
Googleで検索しても保科先生にたどりつくことはできませんでした。
この本はamazonで探し当て、15年ぶりに読み返しています。

 

この本では主にアメリカを中心に、商社マンとして活躍した事件や経験、
そして日本人が国外であるべき姿についても書かれていて、大変参考になります。
本の舞台は主に70年代のアメリカ、そしてアジアですが、30年後の今読んでも参考になる事例が多いのです。
もし保科先生があと1年教職にいらっしゃったら、ぼくは「在外研修」に参加していたかもしれません。
在外研修とは、国際経営学科の3年生が主にアメリカで、約1ヶ月のホーム・ステイをするプログラムでした。
はじめは参加の意思を表明したぼくでしたが、その後すぐに取りやめました。
そしてぼくは一人、そのアメリカへ行くつもりだった資金を転用して、
翌冬、中国北京への短期30日留学を達成したのです。
その経験がなければ、今のぼくが中国にいることもなかったかも、と思うと、
これも運命だなと、感じるのです。