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遠近法で描く中国 -2nd Season-

片手にピストル 心に花束 唇に火の酒 背中に人生を。 

英題:How to be a Genius or The Science of Being Great
著者:ウォレス D. ワトルズ
監訳:佐藤富雄
発行:イースト・プレス(単行本)/2006年
ジャンル:自己啓発、哲学

医学博士・農学博士であるDr.佐藤により、1911年発行の名著が日本に上陸しました。
この本はすでに3度読んでいますが、読むたびに刺激と感動を与えてくれます。
ナポレオン・ヒル、アンソニー・ロビンス、ナイチンゲール、ダイアナ妃、クリントン大統領が影響を受けたといわれる本です。

[目次]
はじめに 佐藤富雄
1 誰でも偉大な人間になれる
2 成功脳をつくる
3 「力」のありか
4 「偉大な心」のありか
5 捨てるべき心
6 すべてのものは進化する
7 恐れの克服
8 内なる声に身をゆだねる
9 偉大な心と一体になる
10 「思い」の描き方
11 直観を信じる
12 あせりと向き合う
13 正しい思考
14 いま、ここでできること
15 人を引きつける態度
16 「思い」を形にする力
17 誤った思考
18 「偉大な心」の法則
19 進化は止まらない
20 「思い」を実現する「ただひとつ」の法則
21 5つの習慣
22 「思い」と「実現」の法則
解説 佐藤富雄


それでは心に響いた箇所の引用です。
「人間は、精神的に二つのタイプに分かれます。一方は、サッカーボールのようなタイプです。弾力性をもち、力を加えられると強く弾んで跳ね返りますが、自分から何かを生み出すことはありません。だから、このタイプの人間は、環境やそのときどきの状況に左右されます。(中略) もう一方は、湧き出る泉のようなタイプです。このタイプの人の内側からは、力があふれでています。自分の中に決して枯れることのない泉をもち、外に向かって力を放っているため、周りにも影響を与えます。」(13-14頁)

「理想を心の中に描き、その理想を追求しようと進むとき、あなたという存在のもつすべての力が、その理想の実現のために必要とされる脳の領域へと向けられます。」(19頁)

「知恵は知識に依存しています。無知が支配しているところには、正しいことを行うための知恵は存在しません。自分の心を、自分がもっているよりはるかに多くの知識と結びつけ、インスピレーションによって、そこから自分の限界を超える知恵を引きだします。それができなければ、人間の知識は相対的に限られたものとなり、知恵も小さいものになるに違いありません。」(25頁)

「インスピレーションによって人間が見抜く真理は、[霊的物質の根源]の心のなかにある思考です。そうでなければ、そもそもその思考自体が存在しないことになり、人間はそれを見抜くことはできないからです。そして、もし思考をもつ心自体が存在しないなら、思考も存在しません。心は「考える物資」以外の何ものでもないのです。人間は「考える物質」であり、[宇宙の物質]の一部なのです。」(33頁)

「私のなかには、私をつくった[霊的物質の根源]がある。それは不完全さや弱さ、病といったものとまったく無縁である。世界はまだ完成していないが、私の意識のなかにある[霊的物質]は完璧であり、完成した存在だ。だから、私自身の態度以外に、間違っているものは何もない。私自身の態度が間違っているのは、私が自分の内なる声に従わないときだけだ。私はこれまでのところ、大いなる[霊的物質]に完璧に従っている。そして、自分自身をさらなる高みへと推し進めていくだろう。私は信じ、恐れない。」(58頁)

「知識を得るよりも、考えることを優先しなさい。読む時間を減らし、考えることに費やしてください。偉大なことについて書かれたことを読み、大きな問題について考えてください。」(96頁)

「もし誰かと知り合いになる必要があるなら、その人にはごく自然にあなたに紹介されます。もし読む必要がある本があれば、本当に必要なときに、あなたの手に入るでしょう。(中略) あなたが持っている情報や才能は、そのときどきに、ちょうど必要なぶんだけあるようになります。」(115頁)

「偉大な人間といわれてごく普通に思い浮かべるのは、奉仕する人間というより、他人に奉仕させる人間です。彼はほかの人たちに命令するような立場に身を置き、まわりに影響力を与え、みずからの意思に従わせます。ほとんどの人は、ほかの人に支配力を及ぼすことに誘惑されます。」(140頁)
→著者は、この考えを否定します。

「偉大さは「支配」ではなく「仕えること」から生まれる。(中略) リンカーンは、いかにして偉大な奉仕者になるかを知っていたがゆえに偉大な人間だったのです)」(142-143頁)

最後の偉大さ、についての解釈が印象的です。
ぼく自身今まで幾つかの、成功指南書や自己啓発書を読んできました。
『7つの習慣』『成功の9ステップ』『加速成功』『思考は現実化する』などです。
そしてもう一度この『「思い」と「実現」の法則』に立ち戻ることによって、また違った価値や、捉え方を発見することができます。
佐藤博士は、解説でこのように述べています、193頁からの引用です。

「人間の遺伝子には、さらに重要な知恵が眠っています。それは、人間が、ありとあらゆる困難に打ち勝ち、今なお食物連鎖の頂点に立っている事実。つまり”成功の蓄積”が私たちの遺伝子の中に情報として収められているということです。だから、私は、私たちがもつ遺伝子を「勝ち組の遺伝子」という名前で呼んでいます。進化の歴史とは、簡単にいえば、”生き残り”の歴史です。」

すべての人間に勝ち組としての遺伝子が組み込まれているのなら、これを精いっぱい自分のものにしないと、もったいないですよね。
表現的には、聖書からの引用もあり、やや哲学的で読みにくい部分もありますが、ぜひお勧めしたい1冊です。


「思い」と「実現」の法則 (East Press Business)/ウォレス・D. ワトルズ
¥1,365
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著者:堺屋太一
発行:PHP研究所(PHP文庫)/2006年(初版),2007年(五刷)
ジャンル:日本再発見


通商産業省(現・経済産業省)出身の堺屋氏による、日本を創った架空および実在人物の経済観点から観た人物評論です。



[目次]
はじめに 今こそ歴史を
第1章 聖徳太子 「神・仏・儒習合思想」の発案
第2章 光源氏 「上品な政治家」の原型
第3章 源頼朝 「二重権限構造」の発明
第4章 織田信長 「否定された日本史」の英雄
第5章 石田三成 「日本型プロジェクト」の創造
第6章 徳川家康 「成長志向気質」の変革
第7章 石田梅岩 「勤勉と倹約」の庶民哲学
第8章 大久保利道 「官僚制度」の創建
第9章 渋沢栄一 「日本的資本主義」の創始
第10章 マッカーサー 日本を「理想のアメリカ」にする試行
第11章 池田勇人 経済大国の実現
第12章 松下幸之助 日本式経営と哲学の創出
おわりに



この本を紹介してくださったのは、上海帰りの若き企業家・繁さんです。
お勧めブログ→「崖っぷち女社長の挑戦記(旧/上海風情)」(アメブロ)
http://ameblo.jp/noriko-shige/
彼女の読書の姿勢に、どこか共通点をぼくが感じ、ごくたまにですが、本選びの参考にさせていただいています。
ありがとうございます。



本書では、通産省出身の堺屋氏らしく、おもに経済の観点から、もっと簡単にいうなら、コストの面から過去の為政者や人物が今の日本の政治・経済に及ぼしている影響を論じた内容になっています。
それでは、気になる箇所を拾っていきます。
「(中国の)易姓革命というのは、天は有徳の者を皇帝に選ぶ。これを天命という。その子孫は、先祖の徳によって天下を治めるが、代を重ねてその徳が尽き果てて、子孫から不徳の者が出ると天命が尽きる。ここで天は改めて他姓の有徳者に天命を与えて王朝を継がせる。つまり「姓を易(か)え命を革(あらた)む」のは、これ天の命であるというものだ。」(32頁/聖徳太子)


「(聖徳)太子は個人としては仏教徒であったが、政治家としては天皇家の一員であり、神道神話の保護者でなければならなかった。この矛盾を理論的論理的に解決するものとして、「神・仏・儒の習合思想」なるものを考え出したのである。」(38頁/聖徳太子)


「日本古来の宗教と外国伝来の仏教とが両立する、これは恐るべき詭弁である。聖徳太子は、その間に宗教というよりは生活の規範である儒教を加えて、三つのものが併存しうるという論理を展開した。」(40頁/聖徳太子)


「宗教的にいうと、一つを信仰することは他を排することである。だから、複数の宗教を同じ人間が同時に信じてもよいというほどの堕落はない。聖徳太子の発想と実践は、宗教的には堕落である。けれども、政治的には飛躍である。」(42頁/聖徳太子)
→こうして、日本人の「ええとこどり」気質を創りあげたのは聖徳太子であると、堺屋氏は論じています。


「日本でいう「上品な人」とは、まさに光源氏。あまり指導力は出さない、喧嘩や体力も弱い、荒野で生きる耐久力やサバイバル能力はむしろ低い。もっぱら美意識と詩歌の世界に埋没し、他人を不快にしない社交術を心得ている。(中略)ヨーロッパの貴族社会では、「上品」つまり「ノーブル」の前提となる条件は「克己心と用心深さ」といわれている。中でも重要なのは克己心だ。」(71頁/光源氏)


「中国ではもともと、詩人にも画家にも官僚が多く、学問や技術で新しい発明をした人も、大抵は官僚だ。その意味では、官僚に人材が集まったことは確かであり、「野に遺賢なし」というのが政府の理想だった。(中略)したがって、官僚の資格試験である科挙に合格できる知識のあることが、「上品」の第一の条件となった。」(74頁/光源氏)
→日本、欧州、中国の「上品さ」についての比較論は、とても興味深い内容でした。


「権威と権力の二重構造-ここが(源)頼朝の天才的な独創性であり、同時に大問題でもある。(中略)この(易姓革命の)思想は、東アジア全体に拡まり、中国はもちろん、モンゴルでも韓国でも王朝が何度となく易(かわ)った。ヨーロッパでもインドでも大体、権力者の交替があると王朝も易わった。ところが、日本だけは、万系一世である。この国では聖徳太子によって、多くの宗教を一人が同時に信仰できるという宗教観念が定着したため、仏教伝来後も神道は生きつづけた。それに加えて源頼朝が、律令制(→天皇を擁く官僚制)はそのままにおいて武士政権を打ち立てる方策を考え出した。この二つによって、この国には唯一絶対というものが精神的にも政治的にもなくなり、妥協の上手な実際的な人間が育つようになった、といえるのではないだろうか。」(93-94頁/源頼朝)
→現在の日本人の典型的な人格や、官僚制を創ったのは、聖徳太子と源頼朝の制度だったのでしょうか。


「先の足利幕府、その前の鎌倉幕府は、公家や寺社の荘園、武士の所領にそれぞれの分権を認めた。それ以来続いていた分権状態の日本を、武士が唯一の政治勢力になり、古代の律令制が目指したような中央集権体制で全国を一律に治めるという「天下布武」の思想を信長は強烈に打ち出した。」(135頁/織田信長)
→堺屋氏は、現在の中央集権型政治家の元祖が信長だと評しています。


「つまり、日本というのは「偉い人でない人」が大きなプロジェクトを成し遂げる国である。ここでいう「偉い人」とは権力のある人、地位の高い人、大金持ちなど世俗的な意味だが、日本では、この意味での「偉い人」はみな受け身、徳川家康以降は新しいビッグ・プロジェクトの企画などにはまず携わらない。」(144頁/石田三成)
→堺屋氏自身、万国博覧会を企画する際に参考にしたのが、三成の企画運営の手法だったと述べています。いわゆるナンバー4、ナンバー5あたりの中堅官僚が企画を立ち上げ、お膳立てをし、その上にお山の大将が立つという構図を創ったのが、関ヶ原合戦を企画・運営した三成であると、氏は論じます。


「信長の織田家と秀吉の豊臣家であh、高度成長期の日本企業を上回るほどに成長志向が強かった。戦国の覇者はものすごい成長組織であり、全構成員(家臣)が成長意欲に燃えていた。だが、全国統一が終わると、武士の領地はもう増えない。成長志向を止めないことには、これからのゼロサム社会には対応できない。いわば全国大名家のリストラクチュアリングとリエンジニアリングを進めなければならない。そのためには気分を変えなければならない。いわゆるリマインディング、成長志向から安定重視にと気質の変革が必要である。それを実現するために家康は、成長意欲の強い大名を潰すことにしたのである。」(200頁/徳川家康)
→破れた西軍の大名のみならず、同盟軍であるはずの東軍大名を潰した、家康の政治的戦略がここに見えます。



ぼく個人としては苦手分野の、聖徳太子から徳川家康までの時代を、本書から追ってみました。
著者自身あとがきで述べていますが、ここに登場する12人は、あくまでその一部の人でしかありません。
しかし、その影響が今の日本人に与えるものは、小さいものではありません。
この本では、その創り上げられた日本のシステムを分析することに重点が置かれています。
これから、何を残し何を捨て何を生み出すかは、我々一人一人の日本人が行うことであり、国民としての責任だと言えます。
その選択肢の一助としてこの本を読むことを選び、ご紹介させていただきました。
最後に、この本でちょっとした感動を覚えたのが、その目次です。
似たような言葉があるのに、すべて別の単語を使うこの手法、堺屋氏の語彙力と感性に脱帽です。

日本を創った12人 (PHP文庫)/堺屋 太一
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著者:田中英道
発行:ミネルヴァ書房(単行本)/2007年
ジャンル:日本再発見、人物


まず、カバー表紙裏から引用します。いったい、ローマを行進した武士、支倉常長とは何者でしょうか。
「支倉常長(1571-1621)織豊期~江戸初期の仙台藩士。伊達政宗や徳川家康の意を受けて太平洋と大西洋を渡り、遥かスペイン、ローマまで派遣された支倉六右衛門常長。日本人初の西洋使節として成功を収めたにも関わらず、従来不当に評価されてきた歴史的意義を検証する」


徳川時代の遣欧使節として有名なのは、1582~1590年に派遣された4人の少年使節が挙げられます。
歴史の教科書でも学習した、天正少年使節です。
しかし、その後の支倉使節はなぜ教えられないのか。
歴史に埋もれてしまっているのか。
引用部分から引くと、「不当に評価された」と書かれています。
その原因究明と支倉の名誉復活のために、資料に忠実に著されたのがこの書です。



[目次]


序章 世界に翔る男


第1章 十七世紀初頭の世界-英雄を生み出した大情況
1 スペインの金銀島制服の時代
2 支倉も参加した朝鮮出兵の意味


第2章 江戸時代初頭に日本-英雄を生み出した中情況
1 伊達政宗の立場
2 徳川家康の立場
3 サン・ファン・バウティスタ号
4 ソテロというスペイン人僧侶


第3章 支倉・西欧使節の出現-英雄を生み出した小情況
1 伊達政宗の時代の支倉常長
2 関西・江戸からの参加
3 太平洋を渡ってメキシコへ
4 メキシコ市へ


第4章 スペイン国王のもとでの盛大な洗礼式
1 セビリアにて
2 マドリード-スペイン国王立合いの洗礼式
3 バルセローナへ


第5章 ローマ法王の大歓迎
1 チヴィッタ・ヴェッキアからローマへ
2 ローマでの行進
3 法王に謁見
4 日本のキリシタンからの書簡とローマ市民権証授与
5 ローマで何をみたか


第6章 ローマでどう見られたか-支倉の肖像画群
1 着物姿の日本の武士
2 クロード・ドゥルエ作「支倉常長像」
3 アリキタ・リッチ作説や改作説は誤り
4 支倉は持ち帰った肖像画と「パウロ五世像」
5 キリナーレ宮の「支倉使節図」のフレスコ画
6 西欧の六点の版画


第7章 日本に帰る施設の旅路
1 文化の都フィレンツェを訪れる
2 再びマドリードに到着
3 メキシコへ
4 マニラへ-スペインの敗北
5 日本へ帰る


終章 使節忘却の意味


参考文献
あとがき
支倉常長略年譜
人名・事項索引




ぼくのように支倉について初めて見聞きするのなら、もっとドラマティックな小説のような本がお勧めです。
過去、支倉使節がどのように評価されたか、それをどう覆し再評価するか、そのためにどんな資料が示されるのか。
そういった視点から書かれた本になっています。
それでも、
●支倉使節が渡航した500トンの、軍艦に匹敵する大型船は当時の日本の力で創られたということ。
●天正少年使節はあくまでも宗教上の使節の意味しか持たないが、支倉使節は商務上の意義、つまりメキシコを含むスペインとの通商の意味をも伏せ持った使節であったこと。
●支倉が東洋の島国の一武士であったにも関わらず、大使としてスペイン国王、ローマ法王にして、最高級の歓迎を受けたこと。
●天正使節は喜望峰周りであったが、明治以前に太平洋と大西洋を渡った日本人として、高く評価されること。
→参考「大村観光ナビ」    http://www.omuranavi.jp/02history/history01-02.html
●支倉のローマ行進は、天正使節のように単にキリシタンとしての行進ではなく、武士として正装しての行進でもあったこと。
などがしっかりと理解できました。


著者も何度も触れていますが、支倉本人が書き残したとされる十九冊の冊子(記録書)は未だ発見されていません。
これがもし発見されるなら、この支倉使節の意義が再評価されると、著者は述べています。
重要なのは、出発したときは家康の意を受けて出発した一行は、帰国したときにはすでに家康を世を去り、スペインは世界の覇権を逃し、時代はキリシタン弾圧になっていたのです。
帰国した翌年、支倉もまた世を去ります。
この時代の書簡によると、伊達政宗は奥州の王、徳川家康は皇帝と称されています。
なるほど、天皇を擁く日本という国は、外国からこのように見られていたのですね。


巻末の年譜から支倉の生涯を簡単に追ってその価値を追ってみます。
写真が豊富にある↓のサイトもご覧ください。
http://www.dan-d.jp/home/tatu/dan/0888.htm


1571 出生
1588 初陣
1591 政宗の使者となり、宮崎攻めに参加
1592 朝鮮(出兵)に出陣
1595 朝鮮から帰国
1598 二度目の朝鮮出陣
1608 600石下付けされる
1613 180人を乗せたサン・ファン・バウティスタ号、出航
1614 メキシコ市到着→キューバ・ハバナ→スペイン・サン・ルカル港→セビリア→マドリード
1615 スペイン国王に謁見、支倉洗礼を受ける→サン・トロペ港→イタリア・ジェノヴァ→チヴィッタ・ヴェッキア→ローマ着。ローマ法王に謁見。
1616 ローマ→チヴィッタ・ヴェッキア→リヴォルノ→フィレンツェ→ジェノヴァ。支倉病床に伏す。→スペイン着マドリード→セビリア
1617 メキシコ着
1618 アカプルコ→フィリピン。支倉マニラでマラリアに感染
1620 長崎に帰国→仙台に帰る
1621 死去


この本そのものは、資料に忠実でありながら、過去の評価を覆すことも目的としており、論理で論理を倒す書き方が随所にみられます。
それ自体は悪くはないのですが、これはミネルヴァ書房という出版社の存在意義に沿ったものでもあり、仕方がないものかもしれません。
いつか支倉の軌跡がドラマや映画になることを夢見ています。
多くの日本人に彼らの存在を知ってもっとほしい、そして歴史の教科書で教えられてほしいと思います。

支倉常長―武士、ローマを行進す (ミネルヴァ日本評伝選)/田中 英道
¥2,940
Amazon.co.jp


生かして頂いて、ありがとう御座位ます。
最後に、あなたの貴重な"数分"を募金のために使わせてください。
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http://www.dff.jp/
http://clickbokin.ekokoro.jp/
ありがとうございます。