著者:内村鑑三
訳者:鈴木範久
発行:岩波書店 / 1996年7月 / 文庫本
ジャンル:洋書、日本再発見
洗礼を受けてキリスト教徒となった内村鑑三(1861-1930)が英語で西洋人向けに著したものの邦訳です。
新渡戸稲造『武士道』、岡倉天心『茶の本』に並び、日本人が英語で、日本の文化・思想を紹介した代表作と呼ばれる一冊です。
ちなみに、『茶の本』は学生時代に、『武士道』は2008年2月にそれぞれ読みました。
[目次]
凡例
はじめに
一 西郷隆盛 -新日本の創設者
二 上杉鷹山 -封建領主
三 二宮尊徳 -農民聖者
四 中江藤樹 -村の先生
五 日蓮上人 -仏僧
『日本及び日本人』序文
『代表的日本人』ドイツ語訳版後記
訳注
解説
共感した箇所のご紹介です。
「ところで、西郷の一生をつらぬき、二つの顕著な思想がみられます。すなわち、(一)統一国家と、(二)東アジアの征服は、いったいどこから得られたのでしょうか。もし陽明学の思想を論理的にたどるならば、そのような結論に至るのも不可能ではありません。旧政府により、体制維持のために特別に保護された朱子学とは異なり、陽明学は進歩的で前向きで可能性に富んだ教えでありました。」(19頁)
「「天」には真心をこめて接しなければならず、さもなければ、その道について知ることはできません。西郷は人間の知恵を嫌い、すべての知恵は、人の心と志の誠によって得られるとみました。心が清く志が高ければ、たとえ議場でも戦場でも、必要に応じて道は手近に得られるのです。常に策動をはかるものは、危機が迫るとき無策です。」(41頁)
→以上、西郷の章からです。
「ほんとうの忠義というものは、君主と家臣とが、たがいに直接顔を合わせているところに、はじめて成り立つものです。その間に「制度」を入れたとしましょう。君主はただの治者にすぎず、家臣はただの人民であるにすぎません。もはや忠義はありません。憲法に定める権利を求める争いが生じ、争いを解決するために文書に頼ろうとします。昔のように心に頼ろうとはしません。献身とそれのもつ長所は、つかえるべきわが君主がいて、慈しむべきわが家臣があるところに生じるのです。封建制の長所は、この治める者と治められる者との関係が、人格的な性格をおびている点にあります。その本質は、家族制度の国家への適用であります。したがって、いかなる法律や制度も「愛の律法」にはおよばないように、もし封建制が完璧な姿で現れるなら、理想的な政治形態といえます。」(53-54頁)
「このように感性豊かな人間は、当然、宗教的な人間でもありました。藩主になる日のこと、鷹山は次の誓文を、一生の守護神である春日明神に送って捧げました。
一、文武の修練は定めにしたがい怠りなく励むこと
二、民の父母となるを第一のつとめとすること」
三、次の言葉を日々忘れぬこと
贅沢なければ危険なし
施して浪費することなかれ
四、言行の不一致、賞罰の不正、不実と無礼、を犯さぬようにつとめること
これを今後堅く守ることを約束する、もし怠るときには、ただちに神罰を下し、家運を永代にわたり消失されんことを。」(56頁)
「赤ん坊は自分の知識を持ち合わせていない。しかし母親は子の要求をくみとって世話をする。それは真心があるからである。真心は慈愛を生む。慈愛は知識を生む。真心さえあれば、不可能なものはない。役人は、民には母のように接しなければならない。民をいつくしむ心さえ汝にあるならば、才能の不足を心配する必要はない」(61頁)
→以上、鷹山の章からです。
「"学者"とは、徳によって与えられる名であって、学識によるものではない。学識は学才であって、生まれつきその才能をもつ人が、学者になることは困難ではない。しかし、いかに学識に秀でていても、徳を欠くなら学者ではない。学識があるだけではただの人である。無学の人でも徳を備えた人は、ただの人ではない。学識はないが学者である。」(123頁)
「徳を持つことを望むなら、毎日善をしなければならない。一善をすると一悪が去る。日々一善をなせば、日々悪は去る。昼が長くなれば夜が短くなるように、善をつとめるならば、すべての悪は消え去る。」(135頁)
→以上、藤樹の章からです。
「それは「依法不依人」、真理の教えを信じ人に頼るな、という意味の言葉であります。すなわち、人の意見は、どんなにもっともらしく、耳触りがよくても、頼るべきではない、「仏尊」によって残された経文こそ頼るべきである。あらゆる疑問は、それによってのみ解決しなくてはならない、とわかったのです。蓮長(日蓮)の心は今や安らかになりました。」(151-152頁)
→以上、日蓮の章からです。
「本書をとおして内村が、内外の人々に訴えようとした点、あるいは本書にこめられた主題を要約すると、次のようになろう。
一、西洋のキリスト教信徒に伍し、優るとも劣らぬ日本人のいたことを紹介しようとしている。(中略)
二、とりあげた人物の、それぞれ歴史的な人物像の忠実な描写というよりも、内村の理解したキリスト教的人物像が投射され、いわば独自の宗教的人物像が創出されている。
三、最初の執筆時(日清戦争中)の時代状況が強く反映し、「西郷隆盛」論をはじめ、改版された『代表的日本人』にも、まだ色濃いナショナリズムがみられる。
四、近代の西洋文明と、それを安易に受容した近代の日本文明への批判になっている。
五、「日蓮」は、経歴において共通点が少なくなく、みずから日本における「キリストの日蓮」たらんとの志が窺われる。この意味で本書を書くことにより、キリスト教を受容した日本人である内村自身の、アイデンティティの確立がはかられたといえる。」(202頁)
前述しました、『武士道』『茶の本』も日本人なら読むべき本だと思っています。
それに比べ、この『代表的日本人』は読みやすさという点では、最も易しいと感じました。
以前、上杉鷹山についての本を読んだとき、次のようなエピソードが紹介されていました。
アメリカのJ・F・ケネディ大統領が、日本人記者に囲まれて、尊敬する日本人は誰かと問いました。
ケネディ氏は迷わず「ウエスギヨウザンだ」と答えたのですが、当時の記者の中には、鷹山を知る人がいなかったのだそうです。
その話を読んだとき、ケネディ氏が上杉鷹山を知った理由が、明かされぬままでした。
この内村鑑三氏の本を読んで、やっとぼくの謎が解けた気がします。
この本あるいは、関連する論文やレポートの存在を、ケネディ氏は偶然に知ったのでしょう。
紹介されている日本人について、もし詳しく知らない人が一人でもいたなら、ぜひ手に取って読んでみてください。
代表的日本人 (岩波文庫)/内村 鑑三

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