遠近法で描く中国 -2nd Season- -54ページ目

遠近法で描く中国 -2nd Season-

片手にピストル 心に花束 唇に火の酒 背中に人生を。 

原題:Representive Men of Japan
著者:内村鑑三
訳者:鈴木範久
発行:岩波書店 / 1996年7月 / 文庫本
ジャンル:洋書、日本再発見

洗礼を受けてキリスト教徒となった内村鑑三(1861-1930)が英語で西洋人向けに著したものの邦訳です。
新渡戸稲造『武士道』、岡倉天心『茶の本』に並び、日本人が英語で、日本の文化・思想を紹介した代表作と呼ばれる一冊です。
ちなみに、『茶の本』は学生時代に、『武士道』は2008年2月にそれぞれ読みました。


[目次]

凡例
はじめに

一 西郷隆盛 -新日本の創設者
二 上杉鷹山 -封建領主
三 二宮尊徳 -農民聖者
四 中江藤樹 -村の先生
五 日蓮上人 -仏僧

『日本及び日本人』序文
『代表的日本人』ドイツ語訳版後記

訳注
解説



共感した箇所のご紹介です。
「ところで、西郷の一生をつらぬき、二つの顕著な思想がみられます。すなわち、(一)統一国家と、(二)東アジアの征服は、いったいどこから得られたのでしょうか。もし陽明学の思想を論理的にたどるならば、そのような結論に至るのも不可能ではありません。旧政府により、体制維持のために特別に保護された朱子学とは異なり、陽明学は進歩的で前向きで可能性に富んだ教えでありました。」(19頁)

「「天」には真心をこめて接しなければならず、さもなければ、その道について知ることはできません。西郷は人間の知恵を嫌い、すべての知恵は、人の心と志の誠によって得られるとみました。心が清く志が高ければ、たとえ議場でも戦場でも、必要に応じて道は手近に得られるのです。常に策動をはかるものは、危機が迫るとき無策です。」(41頁)
→以上、西郷の章からです。

「ほんとうの忠義というものは、君主と家臣とが、たがいに直接顔を合わせているところに、はじめて成り立つものです。その間に「制度」を入れたとしましょう。君主はただの治者にすぎず、家臣はただの人民であるにすぎません。もはや忠義はありません。憲法に定める権利を求める争いが生じ、争いを解決するために文書に頼ろうとします。昔のように心に頼ろうとはしません。献身とそれのもつ長所は、つかえるべきわが君主がいて、慈しむべきわが家臣があるところに生じるのです。封建制の長所は、この治める者と治められる者との関係が、人格的な性格をおびている点にあります。その本質は、家族制度の国家への適用であります。したがって、いかなる法律や制度も「愛の律法」にはおよばないように、もし封建制が完璧な姿で現れるなら、理想的な政治形態といえます。」(53-54頁)

「このように感性豊かな人間は、当然、宗教的な人間でもありました。藩主になる日のこと、鷹山は次の誓文を、一生の守護神である春日明神に送って捧げました。

一、文武の修練は定めにしたがい怠りなく励むこと
二、民の父母となるを第一のつとめとすること」
三、次の言葉を日々忘れぬこと
  贅沢なければ危険なし
  施して浪費することなかれ
四、言行の不一致、賞罰の不正、不実と無礼、を犯さぬようにつとめること

これを今後堅く守ることを約束する、もし怠るときには、ただちに神罰を下し、家運を永代にわたり消失されんことを。」(56頁)

「赤ん坊は自分の知識を持ち合わせていない。しかし母親は子の要求をくみとって世話をする。それは真心があるからである。真心は慈愛を生む。慈愛は知識を生む。真心さえあれば、不可能なものはない。役人は、民には母のように接しなければならない。民をいつくしむ心さえ汝にあるならば、才能の不足を心配する必要はない」(61頁)
→以上、鷹山の章からです。

「"学者"とは、徳によって与えられる名であって、学識によるものではない。学識は学才であって、生まれつきその才能をもつ人が、学者になることは困難ではない。しかし、いかに学識に秀でていても、徳を欠くなら学者ではない。学識があるだけではただの人である。無学の人でも徳を備えた人は、ただの人ではない。学識はないが学者である。」(123頁)

「徳を持つことを望むなら、毎日善をしなければならない。一善をすると一悪が去る。日々一善をなせば、日々悪は去る。昼が長くなれば夜が短くなるように、善をつとめるならば、すべての悪は消え去る。」(135頁)

→以上、藤樹の章からです。

「それは「依法不依人」、真理の教えを信じ人に頼るな、という意味の言葉であります。すなわち、人の意見は、どんなにもっともらしく、耳触りがよくても、頼るべきではない、「仏尊」によって残された経文こそ頼るべきである。あらゆる疑問は、それによってのみ解決しなくてはならない、とわかったのです。蓮長(日蓮)の心は今や安らかになりました。」(151-152頁)
→以上、日蓮の章からです。

「本書をとおして内村が、内外の人々に訴えようとした点、あるいは本書にこめられた主題を要約すると、次のようになろう。

一、西洋のキリスト教信徒に伍し、優るとも劣らぬ日本人のいたことを紹介しようとしている。(中略)
二、とりあげた人物の、それぞれ歴史的な人物像の忠実な描写というよりも、内村の理解したキリスト教的人物像が投射され、いわば独自の宗教的人物像が創出されている。
三、最初の執筆時(日清戦争中)の時代状況が強く反映し、「西郷隆盛」論をはじめ、改版された『代表的日本人』にも、まだ色濃いナショナリズムがみられる。
四、近代の西洋文明と、それを安易に受容した近代の日本文明への批判になっている。
五、「日蓮」は、経歴において共通点が少なくなく、みずから日本における「キリストの日蓮」たらんとの志が窺われる。この意味で本書を書くことにより、キリスト教を受容した日本人である内村自身の、アイデンティティの確立がはかられたといえる。」(202頁)


前述しました、『武士道』『茶の本』も日本人なら読むべき本だと思っています。
それに比べ、この『代表的日本人』は読みやすさという点では、最も易しいと感じました。
以前、上杉鷹山についての本を読んだとき、次のようなエピソードが紹介されていました。
アメリカのJ・F・ケネディ大統領が、日本人記者に囲まれて、尊敬する日本人は誰かと問いました。
ケネディ氏は迷わず「ウエスギヨウザンだ」と答えたのですが、当時の記者の中には、鷹山を知る人がいなかったのだそうです。

その話を読んだとき、ケネディ氏が上杉鷹山を知った理由が、明かされぬままでした。
この内村鑑三氏の本を読んで、やっとぼくの謎が解けた気がします。
この本あるいは、関連する論文やレポートの存在を、ケネディ氏は偶然に知ったのでしょう。
紹介されている日本人について、もし詳しく知らない人が一人でもいたなら、ぜひ手に取って読んでみてください。

代表的日本人 (岩波文庫)/内村 鑑三

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副題:私のアフリカ一人歩き
著者:滝田明日香
発行:幻冬舎 / 平成19年2月 / 文庫本
ジャンル:アフリカ、世界再発見

現在ケニアのマサイ・マラ保護区で獣医として働いている滝田氏の、アフリカと出逢い成長する道程を記した半生記です。
日本を離れて暮らす著者だから感じること、書ける言葉たちが溢れています。

[目次]

プロローグ

第1章 ケニアで大学生
第2章 地平線を見下ろす職場
第3章 再びアフリカへ
第4章 凍えるレソトから灼熱のザンビアへ

あとがき
文庫版あとがき


共感した箇所のご紹介です。
「アフリカだけに限らず、国立公園や保護区の周りに住む人達は、野生動物を害獣視している人が多い。アメリカのグリズリーベアー問題もその例の一つだ。人間と野生動物の争いが絶えないのは、野生動物が自分達に利益をもたらさない上に、畑の穀物を荒らしたり人間に危害をくわえたりと、害しか被らないからである。」(49頁)

「自然を守るのは、何も動物学者にならなくてもできる。いろいろな職業を通して、様々な人が自然を守ろうとしているのだ。野生動物のカメラマン、ホテル業、メディア、アーティスト、観光業者・・・、いろいろである。どんな職業でも、自分に自然を思いやろうとする心があれば、何らかの形で、「自然保護」を呼びかけることができるのではないか。自分の視野が広がり、物事を今までとは違った角度から見られるようになった時、私は将来の選択肢が増えたことに気がついた。」(51頁)

「すべての物事の中心が牛であるため、牛を持っていないの恥ずかしいことで、結婚することさえもできない。マサイのスタッフなどは、自分の牛が病気になったなどと聞くと、仕事も手につかず休暇を取って家に帰ってしまう。」(69頁)

「より良い写真を撮るために茂みに入れとドライバーに頼む人、カメラの前に生える木を車から降りて踏み倒してまでいい写真を撮ろうとする人、いろんな人に出会った。胸が押しつぶされそうな複雑な気分になる。別に私は過激な自然保護主義者ではない。ある程度の行いは、大目に見てもいいと思っている。しかし、それはあくまでもその土地に住む人達に対してのことであり、ビジターに対してではない。家を建てるために木を切ったり、木を焼いて木炭を作ったりするのは、毎日のようにマサイ・マラ周辺で行われている行為だ。けれども、これは現地の人が自分の国で生きていく上で必要なことで、決して趣味や自己満足が目的ではない。他の国の人が他人に国に来てこのようなことをするのは、どう考えてもおかしいのではないだろうか。観光客が一人一人、自分達の行動が地域の人や動物にどんな影響を与えるかを考え、その上でどのような観光をしたら良いかを考え直すことが、真のエコツーリズムへの第一歩だと私は思う。」(87-88頁)

「マサイ・マラの景色を見て、動物や鳥を見て、人と交流する。人との交流での大きなステップは、現地の食べ物を食べるということだろう。食は文化であり、歴史でもある。人は、食を通して文化を知ることができる。」(95頁)

「「アフリカの水を飲んだものはアフリカに帰る」これは、アフリカから帰ってきた人がよく口にする言葉だ。」(119頁)

「ヨハネスブルクは、世界で一番犯罪の多い国である。アフリカーナは、この街では危ないからとあまり街に出ないし、夜も出歩く人はいない。けれども、私が思うに彼らはただ単に黒人の人達の文化を理解する努力を怠って、「危ない場所」などと決めつけ、近寄らないだけではないだろうか。」(193頁)

「人間、やはり一人では生きていけないのだろう。たった一人で生きていける人もいるが、大半の人は、家族がいて、友達がいて、そこでやっと自分の道に向かう梯子を上り始めることができるのではないかと思う。」(221頁)


アフリカについて、これまで何も知る機会も、調べることもありませんでした。
その環境問題にあれこれ言える知識は持ち合わせていません。
けれど、自分が体験してきた、ダイビングの観点から、共感する箇所が多々あることに気づきました。
ぼく自身は、カメラを持って海に入ったことはありません。
ファインダー越しで見る世界より、自分の目で、体で、耳で体感できることを大事にしたい、それだけの理由です。
海の中で束の間、同じ場所、同じ時間をそこで他の生物と過ごす、こんな体験は、なかなかできることではありません。
著者が自分の肌で感じたアフリカは、彼女の人生を大きく変えました。
誰しも人生を送る、同じ権利を持っています。
どこで何を見て感じるか、それは皆自由です。
彼女の勇気を真似できる自信はありませんが、とても素敵だなと感じました。

晴れ、ときどきサバンナ―私のアフリカ一人歩き (幻冬舎文庫)/滝田 明日香

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ご存知、2006年のクリント・イーストウッド監督の映画です。
今更ですが、やはり風邪で伏していた間に、ゆっくり観ることができました。
硫黄島の場所も、栗林中将のお名前も、この映画に出会うまで、ほとんど知らずにこの歳まで過ごしてきました。

映画というものが創られたものである以上、創作者の意図が入ってきます。
それが歴史を描いたものなら、全てを鵜呑みにして受け入れることは出来ません。
しかし、創り手がしっかりと調査した上で、世界に知らしめたい想いがその作品に込められているなら、それは観た人の心を動かすでしょう。

「死こそ美」だと信じて疑わなかった将校や兵士が多数な中、最後の瞬間まで生きることにこだわった司令官の葛藤が繊細に描かれています。
なぜ戦うのか、なぜ生きるのか、誰のために戦うのか、誰のために生きようとするのか。
極限の状態で人がたどり着くのは、ただ一つ、家族への愛なのだと描いた、アメリカ人監督の日本語の作品です。

『父親たちの星条旗』はまたのんびり鑑賞します(笑み)。

硫黄島からの手紙 [DVD]

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