遠近法で描く中国 -2nd Season- -47ページ目

遠近法で描く中国 -2nd Season-

片手にピストル 心に花束 唇に火の酒 背中に人生を。 

著者:貝原益軒
訳者:伊藤友信
発行:講談社 / 1982年10月 / 文庫本
ジャンル:健康、人生

江戸時代の儒学者、貝原益軒の記した「養生訓」(全8巻)の現代語訳です。2008年5月で48刷発行されているこの本が、なぜ読まれているのかをご紹介します。

[目次]

学術文庫版『養生訓』に寄せて 筧泰彦
凡例
『養生訓』を読む人のために
『養生訓』全現代語訳
 
巻第一 総論 上
巻第二 総論 下
巻第三 飲食 上
巻第四 飲食 下
 飲酒
 飲茶ならびに煙草
 情色欲
巻第五 五官
巻第六 慎病(病ヲ慎ム)
 択医(医ヲ択ブ)
巻第七 用薬
巻第八 養老
 育幼(幼ヲ育ム)
 鍼
 灸法

『養生訓』原文
『養生訓』の内容と現代的意義
あとがき

共感した箇所のご紹介ですが、現代語訳から抜粋させていただきます。
「養生法の第一は、自分の身体をそこなう物を除去することである。身体をそこなう物とは内から生ずる欲望と外からやってくる邪気とである。
 前者は、飲食の欲、好色の欲、眠りの欲、言語をほしいままにする欲や、喜(よろこび)・怒(いかり)・憂(うれい)・思(おもい)・悲(かなしみ)・恐(おそれ)・驚(おどろき)の七情の欲をいう。後者は、風(かぜ)・寒(さむさ)・暑(あつさ)・湿(しめり)の天の四気をいうのである。」(31頁)

「身体を保護して養生するためん、忘れてはならない肝要な一字がある。これを実践すれば生命を長くたもって病むことはない。親には孝、君には忠、家をたもち身体をたもつ。何を行っても間違いは生じない。ではその一字とは何か。「畏(おそれる)」ということである。」(37頁)

「人生は五十歳くらいにならないと血気がまだ不安定で、知恵も出ないし、昔から今までの歴史的な知識にもうとく、社会の変化にもなれていないので、間違った言も多く、行いに後悔することがしばしばである。人生の道理も楽しみも知らない。」(41頁)

「天地・父母から受けたところのきわめて大切な身をもちながら、これをたもつ方法を知らないで、身をもちくずして大病となり、身を失って早世することは、まことに愚かなことである。天地・父母に対して大いなる不孝というべきであろう。」(47頁)

「世間には財産や地位、そして所得ばかり求めて、ひとにへつらったり仏神に祈ったりするものが多い。が、そうしても効果はない。無病長生を願って養生をし、身を保持しようとするひとは稀である。財産や地位や所得は外にあるもの。求めても天命(運)がないと得られるものではない。
 無病長生はわが内にあるもの。求めるならば得られよう。求めても得がたいものを求めて、得やすいものを求めないというのはどうしたことか。愚かなことである。たとえ財録を求めることができても、多病で短命ならばどうにもならない。」(52頁)

「心を静かにして騒がしくせず、ゆったりとしてせまらず、気を和(やわらか)にして荒くせず、言葉を少なくして声を高くせず、大笑いせず、いつも心を喜ばせてむやみに不平をいって怒らず、悲しみを少なくし、どうすることもできない失敗をくやまず、過失があれば一度は自分をとがめて二度とくやまず、ただ天命にしたがって心配しないこと、これらは心気を養う方法である。」(68頁)

「精神力を用いないと欲には勝てないものである。欲に勝つには剛の一字を実行することだ。病気を恐れるには「怯(つたな)い」のがよい。怯いというのは臆病の意味である。」(89頁)

「茶の性は冷である。酒の性は温である。だから酒は気をのぼせるが茶は気を下げる。酒に酔えば眠り、茶を飲めば睡気がとれる。」(136頁)

「医は仁術である。仁愛(ひとを愛しひとを思いやる)の心と本(もと)とし、ひとを救うことを第一の志とすべきである。自分の利益を中心に考えてはいけない。天地の生育となるところの人間を救済し、万民の生死を支配する術であるから、医者を民の司命(しめい)といって、きわめて大切な職分としている。」(180頁)


『養生訓』は益軒が八十三歳のときに書き、翌年出版されたと書かれています。
現代ほど医療も発達しておらず、また平均寿命も短かったはずです。
この本は儒学者・貝原益軒が書いた本であり、医者が書いた本ではありません。
冒頭で書きました、この本がなぜ今も読まれるのかの回答の一つが、433頁にあります。訳者ご自身のお言葉で書かれたものですので、最後にそれを引用します。

「(こうしてみると、)『養生訓』は医学上の養生訓というよりは、心を問題とする人間学的養生訓というべきものといえよう。しかもそれは禁欲主義を基底とする人間学でもあったのである。が、禁欲とはいっても、「時宜(じぎ)にかなひ、事変に随(した)がふ」自然の態度における禁欲であることは忘れてはならない。」(433頁)

養生訓―全現代語訳 (講談社学術文庫 (577))/貝原 益軒

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副題:「コトバの力」を鍛える超技術!
著者:北岡俊明+「ディベート大学」
発行:こう書房 / 2006年3月 / 単行本
ジャンル:言語、日本語

論理力はどうやって鍛え、自分の血肉とするのか。ディベートとは何か。ディベートのプロである北岡氏が明かす、論理力の鍛え方を学びます。


[目次]

はじめに

プロローグ 論理力を飛躍的に高める方法
第1章 結論を先に話すこと
第2章 「あいまい語」と「あいまいな表現」を減らせ
第3章 慇懃無礼なバカていねい語をやめる
第4章 言葉を定義しよう
第5章 定義の誤りを指摘しよう
第6章 論理・論点のすり替えに注意する
第7章 議論の前提が正しいか否か
第8章 全肯定・全否定で考えること
第9章 価値判断後の使い方
第10章 カタカナ語を減らせ
第11章 擬音語・擬態語・擬情語の使い方

おわりに
日本ディベート研究協会「ディベート大学」の活動
ご協力いただいた「ディベート大学」会員


共感した箇所のご紹介です。
「もともと学問は実践から生まれたものである。論理を体系化した論理学は、ギリシャ人の議論・討論・論争の中から、誕生したものである。」(4頁)

「それではコトバの訓練の方法とは何か。それが、只管(しかん)朗読であり、只管文章であり、只管スピーチであり、只管ヒアリングである。すなわち、良い文章を、ただひたすら朗読し、ひたすら書き、ひたすら話し、ひたすら聞くということだ。」(20頁)

「むしろ俳優・演劇人には両方できる人が多い。名優仲代達也や森繁久弥などはその筆頭であろう。これはセリフの(只管)朗読を通じて、おのずから、文章の達人になったのである。俳優や演劇人は、長年、セリフを通じて、只管朗読をやってきたようなものである。文体・文型が身体に叩きこまれている。だから自在に文章が書ける。自在にセリフがしゃべれるようになっている。」(24頁)
→この両方とは、スピーチ力と文章力のことです。

「グローバル時代の掛け声で、英語の必要性は高い。しかし、日本語すら満足に話せないのに、英語などは夢のまた夢である。日本語の英語べたは、英語べたというよりも、日本語べたや迫力不足ではないかと私は思う。英語力のせいにするのはおかしい。人間は、自信や信念や気概があれば、発音が下手でも、堂々と話ができる。堂々たる態度は、愛国心や自国の文化に対する自信や誇りから生れるものである。」(34頁)

「論理とは明瞭明晰であること、矛盾がないこと、首尾一貫していること、科学的であること、数学的であること、分かりやすいことである。(中略)
 あいまいな表現とは、単純に、単刀直入にいわず、まわりくどい、もって回った表現、慇懃にして分かりにくい表現をすることである。」(36頁)

「コトバを定義しないのは、日本文化のあいまいさに関係がある。日本人があいまいさを好み、明瞭明晰にすることを嫌うならば、論理の文化が普及するには時間がかかるだろう。グローバルスタンダードとは、明瞭明晰で、論理的であることだ。あいまいさは非グローバル化である。」(99頁)

「信念や哲学のない論理力は論理力ではない。いとも簡単に相手の脅しに屈して、信念を曲げるような論理は論理ではない。こういう本物の論理力は、テキスト本では養成できない。徹底的なディベート、すなわち、おのれの信念の是非が問われるような激しいディベート討論の訓練こそが、ほんものの論理力を育成するのである。」(124頁)
→日本国と外国との領土問題が解決しないのは、こういうところに原因があるのでしょうね。

「ディベートとは論理学の実践版である。というよりは、二千年前、ギリシャ時代、人々が都市国家の広場に集まり、ディベート(議論、討論、論争)をしたことから論理学が誕生した。議論や討論が先である。学問は後から体系化したものである。」(140頁)

「思考には三つの要素がある。判断、推理、概念である。これを思考の三要素という。」(141頁)

「戦後教育の最大の欠点は、技術やハウツウは教えても、人格や人間性を教えないことである。いわゆる道徳教育がない。(中略)
 学校や職場のディベート教育や論理教育も議論のテクニック堕したハウツウ教育である。当然、戦略的ディベート、戦略的論理などは教えない。ディベートや論理は、切れ味が鋭い刀と同じである。殺人剣にもなるし、活人剣にもなる。それゆえに、ディベート力や論理力を発揮する際の、心構えや人間性を教えることがきわめて重要なのである。」(158頁)
→一部脱字がありますが、原文のとおりです。

「論理的であるための基本は、全肯定・全否定の立場に立つという思考に慣れることである。自分の思考作業を全肯定・全否定にすることである。」(166頁)
→つまり、あいまいな部分をなくす、ということです。

「価値判断力があるか否かで、大人と子供の違い、ものごとを論理的・科学的に見えるか否かが決定される。それほど重要である。」(178頁)

「日本人は、テキストで論理力を学習しようとする。しかし、欧米人は、実践的な討論を通して論理力を鍛錬する。どちらが優れた方法かはいうまでもない。
 身体で覚える技術は、実践で鍛えるしかない。論理というものは千変万化する。教科書のような決まった定式はない。ボクシングと同じである。どこからどのような論理が飛んでくるか分からない。実戦練習しかないのである。」(186頁)

「カタカナ語の濫用は要注意である。カタカナ語はあいまいであり、意味が明瞭明晰に定義されていないからである。(中略)
 筆者が時代小説を読むことをすすめるのは、カタカナ語がないからである。(中略) とくに、柴田練三郎の「眠狂四郎シリーズ」は、文章訓練・文体訓練として勧めている。簡潔な文章、細やかで豊かな表現力は、見事としかいいようがない。時代小説はカタカナ語を使わないで表現するための理想的なテキストである。」(189頁)

「明治時代の知識人、西周や森鴎外や福沢諭吉が、外来語を日本語に翻訳した苦労には、外来語を日本に啓蒙し普及させるという明白な知識人としての責任があった。」(195頁)

「松尾芭蕉の奥の細道にでている俳句を読むと大変分かりやすい。文字の奥の奥を読んで意味を把握せよ、という難解なものはない。芭蕉の俳句が分かりやすいということは、単純とは違う。俳句の言葉は論理的であり、同時に感性的、情緒的である。感性や感覚でとらえた対象をわかりやすく表現することにかけて天才的であったのだろう。」(218頁)

「(だからこそ、本分で取り上げたように、)筆者は、歴史最高のディベーターは西郷隆盛であると言っている、たとえ寡黙でも、無口でも、西郷のように、鋭く真理を突き、肺腑をえぐるような発言に勝るものはない。「一言の真理は万言の弁舌に勝る」。」(227頁)


ディベート、論理力という観点から日本語を考える、という経験を持たない人にお勧めします。
日本語を鍛えると言うことは、自分自身の日本人としての本質を高めることにもなると思います。


論理力―「コトバの力」を鍛える超技術!/北岡 俊明

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副題:会社がみるみる強くなる
著者:大久保恒夫
発行:かんき出版 / 2005年1月 / 単行本
ジャンル:ビジネス、経営

経営コンサルタントとしてユニクロ、良品計画(無印良品)の業績回復に貢献した大久保氏の著作です。小売業に携わる人には必読でしょう。


[目次]

まえがき

1章 経営者は現場を動かせ
2章 すべてはお客さまのために
3章 マネジメント・レベルを上げる
4章 スピードを常に意識する
5章 集中は力なり
6章 差別化して勝つ
7章 課題は情報のシステム化と商品開発
8章 現場を動かすマネジメント十カ条
 一条 仕事の価値を高める
 二条 自分で考えて実行させる
 三条 仕事が簡単にできるようにする
 四条 優先順位をはっきりさせる
 五条 具体的な話をする
 六条 成果をはっきるわからせて誉める
 七条 どんどん誉める、失敗しても誉める
 八条 情報をオープンにする
 九条 その場で直ちに意思決定する
 十条 現場を把握し理解する

まとめ 最後のメッセージ


共感した箇所のご紹介です。
「(また、)徹底力を高めるために「5Dを覚えろ」という運動もやりました。
 5Dとは「元気を出せ」「声を出せ」「気持ちを出せ」「スピードを出せ」「知恵を出せ」。五つの「出せ」つまり5Dです。」(20頁)

「マネジメント・レベルとは、経営トップが学者のような理論的に高度なことを言うのではありません。トップと現場とがどれほど情報を共有し、」コミュニケーションを密にしているか、頭脳からの命令で瞬時に手足を動かすことができるか、ということなのです。」(23頁)

「組織の上下左右ですべての情報を完全に共有し、本部の指示やトップの方針を自分の頭で直ちに具体化して行動に移せる人間・・・。つまり「作業員」から「商人」へ、すべての従業員が変身しなければなりません。」(34頁)

「お客様が買いたい商品が目立って、売り込まれていて、自分が欲しい商品があれもこれもいっぱいで並んでいれば、お客様は、この店は品揃えが豊富だ、と感じてくださいます。それこそが、もっとも活気のある売り場なのです。」(39頁)
「売れ筋商品をアピールして、結局は品数が減っていっても、お客様にとっては、自分の欲しい商品がアピールされていて、その中から選べる状態になったので、「品揃えが良い」と言われるようになったのです。」(42頁)
→ユニクロの再建を例にしています。

「コストとは、お客様に満足していただくための、人的・物的活動にかかる費用である」(52頁)

「「小売業の仕事は単調で、喜びが少ない」
 と感じている人が意外に多いようです。
 なぜでしょうか。それは、売り場の人たちがお客様志向をしていないからです。売り場で何が売れているか、何が品切れしているか、お客様が何を求め、何に不満を感じているかへの関心が低すぎるのです。」(59頁)

「経営幹部たちは会議が好きですが、役にも立たない会議ばかりしていると、現場とのギャップは広がるばかりです。問題点を会議で解決することはできません。会議では問題点が把握され、対応策が決定され、それを現場で具体的に実行してその結果が報告される。そのようにして、現場の問題が少しずつ解決されていくのです。」(71頁)

「正しい方針を打ち出すためには、まず、現場の問題点をすべてオープンにしなければなりません。問題点こそ、素早く正しく報告される必要があります。そこでオープンにされた現場の問題点を、全社を挙げて解決していくのです。」(72頁)

「ユニクロではこれを
 「作る人が売ることを考え、売る人が作ることを考える」
 という言葉で表現しています。互いに相手の領域に踏み込んでオーバーラップすることによって、情報を共有するのです。」(75頁)

「多くの会社では、商品部は自分用の帳簿を作ってみていて、販売部はまた別の帳簿を作って、お互いに別の帳簿を見ています。それでは話があいません。売り場は一つなのですから、互いに共通する帳簿を開発して、立場の違う人たちが常に同じ帳簿を見るようにします。そこから、問題点を見つけて、手を打って、その成果を確認するのです。」(77頁)

「もう一つ重要なのは、両者の側からともに、意思決定ができる人たちが出席するということです。意思決定ができない人たちが話し合っても、
 「それは上司に確認してから決めます」
 ということになって、スピードは上がらないし、何も決められません。」(77頁)

「売り場や倉庫にある在庫を、できるだけ早く、たくさんのお金に代える方法を考えなければ、商売は成り立ちません。売り場の商品がお金に見えてくれば、つまりサラリーマンや作業員ではなく、商人の目で見られるようになれば、在庫管理に対する関心も変わってくるはずです。」(136頁)

「お客様のニーズに合った商品を作るために、もっとも安く品質の良い素材・原材料はどこにあるのか、それをどこで誰に加工してもらうのが一番良いか、物流はどうすべきかといったことを考えるのが、バイヤーの仕事なのです。」(188頁)

「抽象論で話をして、自分の行動に移すのは現場の仕事だとするのは、責任逃れにほかなりません。」(203頁)

「今まで多くの企業の経営改革を実行してきましたが、成功のためのポイントがいくつかわかってきました。それは次の三つです。
 1)組織のすべての人がお客様志向をすること
 2)計画や書類の作成よりも、現場の人の行動を変えることを重視すること
 3)大きな成果につなげるには、集中することとスピードを上げること」(214頁)


営業職をしていたときに、チェーンストア業界ともお取引がありましたので、興味深く読みました。
小売業に特化して書かれていますが、それ以外の業種でもヒントはたくさんあります。
著者がまえがきで述べられているように、大切なことは、繰り返して何度も書かれています。


また一歩、お客さまのニーズに近づく―会社がみるみる強くなる/大久保 恒夫

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