遠近法で描く中国 -2nd Season- -16ページ目

遠近法で描く中国 -2nd Season-

片手にピストル 心に花束 唇に火の酒 背中に人生を。 

著者:江國香織(Rosso) / 辻仁成(Blu)
発行:角川書店 / 平成11年9月 / 単行本
ジャンル:小説、コラボレーション

同じタイトルで、男女二人の作家によって書かれた、二つの作品です。
掲載時は、月刊誌で交互に連載するスタイルだったとのこと。
江國氏が女性主人公、辻氏が男性の主人公を担当し、各々の「独白」形式で物語が展開します。
最初の何章かに於いては、タイトルが全く同じだったりするのです。

何より、このような作品が登場したという企画が素晴らしい、と感じました。
二人のそれぞれに実力のある作家が、当然苦しみもあったようですが、最も楽しんでいたのではないでしょうか。
ストーリィは淡々と、多くの場面でそれぞれの主人公が、哀しみを抱えながら進んでいきます。
そしてある場面で、当然、交差するのです。

イントロダクションを江國氏が担当し、辻氏がそれを追う形で創られたようです。
ですから、作品として読むときには、色々な読み方があるのでしょうが、私の場合においては、
赤(江國氏作)→青(辻氏作)を交互に、一章ずつ読み進めていきました。
もちろん、それが正解だとは思っていませんし、どちらかをまるっと読み終えてから、もう片方に進んでも良いと思います。
ただ、私がその方が良いと感じたから、そうしただけです。

この作品は、それが完成したということが、何より素晴らしいことです。
江國氏が書き上げた原稿は、直接辻氏に送られたのだろうか、それとも編集者を通じて送られたのか。
受け取った側はどのように闘志(?)を燃やしたのだろうか。
翌月の雑誌の発売を待つ読者の期待や、高揚感。
二人の作家がそれぞれの技量を出し合って、紡ぎ上げてゆく物語たち。
すでに過去の時間であっても、それらを想像するだけで何と楽しいことか。
ですから「読み方」、も人それぞれであって良いと思うのです。

ラヴ・ストーリィの行方としては、奇を狙ったものではなく、本当に淡々と進みます。
江國氏の文章がどちらかというと中性的で、辻氏のそれが女性的という点では、違和感もなかったと思います。
ただこれを述べても仕方のないことなのですが、やはり技量という点では、江國氏なのかなと感じたりもします。
突然に不用意に「冷静」や「情熱」という語を使ったのは辻氏の意図なのか、それとも。

一読の価値がある作品です。
作中では、イタリア(ミラノ、フィレンツェ)の情景がふんだんに描かれていますので、竹野内豊&ケリー・チャン(陳慧琳)主演で映画化された作品で、その世界観を体験してみるのもよいと思います。



冷静と情熱のあいだ―Rosso (角川文庫)/江國 香織
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冷静と情熱のあいだ―Blu (角川文庫)/辻 仁成
¥480
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副題:日本を踏み台にした巨龍たち
著者:西原哲也
出版:NNA / 2008年8月 / 単行本
ジャンル:香港、中国、華人、財閥

香港を牛耳る華人財閥の歴史、そして牽引するリーダー達を、私たちはどれほど知っているでしょうか。
また彼らの多くが日本企業と接触を持ち、事実上彼らを追い越して成長を遂げています。
永く英国の管理下にあり、戦時中は日本の統治下に置かれた香港は、時代に翻弄される運命をたどってきました。
激流の時代を生き抜き、強かに企業を立ち上げ、財閥までのし上った経営者たちに光を当てたのがこの1冊です。

<目次>

はじめに

第一章 李嘉誠の生い立ち「スキャンダル」
第二章 李嘉誠と香港の飛躍「日系企業と香港」
第三章 李嘉誠と包玉剛「英資財閥への挑戦」
第四章 包玉剛一族の興亡「日系企業との関わり」
第五章 李嘉誠と李澤楷「親子の不和」
第六章 新鴻基3兄弟「悩める王国」
第七章 ヘンリー・フォック「戦争のビジネス」
第八章 ニーナ・ワン「血と肉と金と」
第九章 李嘉誠と財閥力「慈善事業と同族経営」

あとがき
参考文献

気になった箇所のご紹介です。

「李嘉誠がそうしたネクスト・メディア嫌いを強めるのは、中国政府首脳と一枚岩である李嘉誠の思想的、イデオロギー的な背景からではもちろんない。」(19頁)
→ネクスト・メディア:蘋果日報(アップル・デイリー)、壱週刊(ネクスト・マガジン)

「姓名が二文字の場合が多い中国本土人とやや異なり、香港人の姓名は圧倒的に三文字で構成される。だが中華圏の一部では、女性が政治・経済や社会活動で活躍しているような場合、姓の上に夫の姓をつけて四文字とする風習がある。必然的にそれができるのは女性の名士に限られることになる。例えば、香港の陳方安生(アンソン・チャン)元政務長官や范徐麗泰(リタ・ファン)立法会議長などがその例に当たる。」(24頁)
→私の経験からでは、三文字の大陸人も実際多いと感じます。

「そして1941年12月25日、日本は香港を占領する。香港にとっては、この時から暗黒時代の幕が開ける。この日が「ブラック・クリスマス」と呼ばれるゆえんだ。」(37頁)

「この茶楼には当時、事業で成功した者たちが多く集まっていた。給仕として働く李嘉誠には、彼らの話し声はいやおうにも聞こえてくる。ビジネスの知恵や、日々の心構え、強烈なまでの成功に対する気迫。茶楼の会話は、14歳の少年にはあまりにも刺激的だった。」(38頁)

「香港から船で一週間もかかる国に、アポイントも取らずバイヤーを装って乗り込み、技術を盗もうと工場で働いてしまう。成功への憧憬とエネルギーに満ち溢れた李嘉誠の凄さだろう。」(48頁)

「例えば、現在の中国の自然破壊や環境汚染、そして食品の安全性の問題は、政府がそれらを規制しないことが原因だと多くの人は言う。規制すれば、地元の産業が停滞するためだ。しかしそれは全てを説明していない。中国のそうした諸問題は、モラルがないままに経済が膨張したことが問題なんだ。」(64頁)
→アップル・デイリー(蘋果日報)の創業者、ジミー・ライ(黎智英)へのインタビューの一部

「個人的に財閥のことを調べていると、気がつくことがある。財閥に批判的な単行本は皆無に等しいということだ。(中略) (それ以前に)もともと財閥や中国本土についての批判など恐れ多いという一種の「空気」がメディア全体にまん延しているような気がする。」(68頁)
→現在の香港メディアの「実態」なのかもしれません。

「(実はその数年前から、)中国共産党政府が武力で香港を奪還する、との噂がまことしやかに流れていた。そして六七暴動を機に、それが現実を帯び始め、多くの市民がわれ先にと海外に移民していった。(中略) 富裕層は保有していた不動産を狼狽売り同然で手放し始めたため、相場も暴落した。」(83頁)
→六七暴動(1967年5月6日~10月頃収束):日本語中国語:大陸での文化大革命(1966-)の影響を受け、香港の左派が英国統治政府に対して起こした暴動。興味深いところは、共産党の周恩来首相の停止呼びかけに応じた形で収束したということ。

「李嘉誠は個人資産の3分の1に当たる約3兆3600億円という天文学的な巨額を投じて「李嘉誠基金会」を設立し、出身地である広東省に300億円を寄付して汕頭大学を設立したほか、ケンブリッジ大学に44億円、米スタンフォード大学に6億円を寄付するなど、教育や医療分野を中心にこれまでに1200億円も資金提供してきた。」(273頁)

「中華圏、しかも特に香港は、金を儲けることが目的化されたような都市である。(中略) 香港で尊敬される人物は、スポーツ選手や政治家ではなく、金儲けに成功した李嘉誠のような成金の富豪たちだ。しかし金儲けにあくせくしているように見えても、その一方で、寄付の精神が市民まで根付いているところは香港の不思議な側面だと私は思っている。」(276頁)

「香港内では、富豪たちが所得税を収めてないことに対する批判がよく聞かれる。香港は先進国・地域の中では貧富の差が極めて激しい地域として知られるが、富める者がますます豊かになる構造になっているのだ。(中略)彼らの所得税がゼロであることは、個人で慈善基金を設立するというのは節税の意味さえ持たないことである。たとえ名声欲が背後から見え隠れしていても、寄付の精神が旺盛なところは賞賛されるべきだと私は思っている。」(278頁)

「華人財閥は株式保有と経営が一体化してしまっている実態もある。今後、二代目に引き継がれるにつれ、それらが確実にネックになるとみられる。それらは同族経営という弱点だろう。血のつながりを重んじた華人財閥は、血のつながりの濃さゆえに、勢力を縮小していくことになるのではないかと想像している。」(288頁)

「(だが、)全面的普通選挙のない香港では、財閥一族が政府高官になり、立法会議員になって香港の政治経済を運営する「商人治港」が特色である点を考えると、今後財閥が解体されるどころか、その甚大な影響力が香港で問題にされるということはおそらくないだろう。」(294頁)

「英国という欧州文化で育ち、3年半の日本統治期間を経て、アジアの中でも独特で異質な味を醸し出していた「Hong Kong」は1997年に中国に返還されると、中国の単なる一都市「香港」に成り下がり、世界からの「注目度」は急速にクールダウンしてしまった。」(295頁/あとがき)

「(だが)香港の華人財閥はその間、レッセフェール(自由放任主義)の評価が高い香港にありながら、実際にはカルテルで甘い蜜を吸い、着実に世界に向けて勢力を拡大していたのも確かである。そして返還以来、実は自分たちは「HongKonger」ではなく、華人であり、中国人であることを誇示するようになり、それによって中国本土に巧みに入り込んだ。」(296頁/あとがき)
→後半部を最もわかり易い具体例で示せば、映画スターの成龍(ジャッキー・チェン)氏でしょう。

香港についてはもっと語りたいことがありますので、次の機会に委ねたいと思います。



秘録華人財閥―日本を踏み台にした巨龍たち/西原 哲也
¥1,575
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著者:村上龍
出版:幻冬舎 / 平成19年8月 / 文庫本
ジャンル:小説、北朝鮮、福岡

自分で自分のブログを管理するのが面倒なのですが(微笑)、
当ブログでも最低二回は紹介している作品です。
物語の設定は2011年ですから、現世界ではすでに追い越していることになります。
その時期、我が日本は、まるで悪夢のような、民主党政権だったわけです。
まるでこの作品に描かれていいる、内閣府そのもののような。

物語は、北朝鮮の反乱軍と称する少数精鋭部隊が、福岡ドームを占拠し、瞬く間に応援部隊が到着、そして福岡市を占領下に置くところから始まります。
村上作品の真骨頂ともいうべき、豊富な取材力と構成力の下に、人間の感情その醜い部分までも含めて、壮大なスケールにて描かれた内容です。
占領されている側の、福岡市民の心情の描き方が素晴らしく、現実としてありえないことではない、と感じました。

現実の北朝鮮、というならず者国家が、どのようなアクションを起こすのか、全く理解できませんが、日本人として、ある種のシュミレーションとして、読んでおくべき2冊(上・下巻)だと思います。

もうお勧めというより、必読書ですね。

最後に、巻末の島田雅彦氏の解説から一節を紹介します。
「小説は共感を確かめ合うジャンルというよりは、情報量の多さを誇り、それが本当にあったことのように錯覚させる力が問われるジャンルだった。」(下巻/588頁)

私は、小説を読もうとする読者たち(自分を含む)が、小説と小説家のレヴェルをこれ以上なく堕としているのではと感じていて、島田氏の一言は、作家自身によるそのことへの痛烈なメッセージだと、受け止めました。


半島を出よ(上) [ 村上龍 ]
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