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遠近法で描く中国 -2nd Season-

片手にピストル 心に花束 唇に火の酒 背中に人生を。 

副題:~飯森範親と山形交響楽団の挑戦~
監修;飯森範親
取材・構成:松井信幸
発行:ヤマハミュージックメディア / 2009年7月 / 単行本
ジャンル:音楽、オーケストラ、山形

指揮者の飯森範親氏と山形交響楽団が出逢ったことで、地方のオーケストラが変革していく姿を追ったドキュメンタリーです。
飯森氏のお名前は私がまだ中国にいた頃から知っていて、たいへん興味のあった方です。
その飯森氏と山響をフリーライターの松井氏が取材し、一冊にまとめたものです。

<目次>

プレトーク

第一章 飯森範親と山響の出会い
第二章 新しいボスがやってきた
第三章 しなやかな発想と大胆な行動
第四章 もっと山響が聴きたい
第五章 飯森範親”極私的”インタビュー

おわりに

気になった箇所のご紹介です。

「自然と向き合い、美味しいものを食べ、都会で感じるストレスとは無縁の暮らしを送っていれば、自ずと汚い音など出せなくなるのではないか、飯森はそう感じている。」(17頁)

「自分が常任指揮者になる以上、ただ演奏会を振る機会が増えましたというだけではダメだ。少なくとも数年のうちに評価が変わり、「山形に山響あり」と全国に認められるオーケストラにならなければ意味がない、飯森はそう言い切った。」(35頁)

「「音楽家はサービス業です」とは飯森の持論だ。」(54頁)

「「指揮者と楽団員は、上司と部下の関係ではなくて、一つの音楽を作り出す『仲間』です。だから、一層仲間を大切にすることは大切だと思います。」」(69頁)

「毎年、日本中の音楽大学から数百人の『音楽家の卵』が巣立つ。その中で、ソリストはもとより、プロのオーケストラに入団できる演奏家はほんの一握りだ。ごく身近にあるオーケストラは、実はとんでもないエリート集団なのである。」(70頁)

「「例えば、何かを指示した時に『できません』って言う人に対して、『できません』って思わせないような工夫が必要ですね。」」(71頁)

「いい演奏をすることは当たり前。そこにプラスαの要素をどれだけ上積みできるか、それが『飯森マニフェスト』のもう一つの側面である。もうすっかり定着した演奏前の『プレ・コンサート・トーク(プレトーク)』もそういった飯森の思いが体現された企画である。」(86頁)

「飯森は、山響に『食と温泉の国のオーケストラ』というキャッチフレーズをつけた。」(91頁)

「「最近、世界的にオーケストラの演奏レベルが低下しているという声があります。その原因は、以前ほどレコードやCDがリリースされなくなってきたからと言われています」カラヤンなどの時代には、レコーディングが頻繁に行われていた。」(101頁)

「CDを出せば、山響の音を全国の、さらには世界中のクラシック・ファンに届けることができる。CDを聴いた人が、「山形に行って、山響を生で聴きたい」と思ってくれれば、これほど大きな宣伝効果はない。それも飯森の意図の一つだった。」(104頁)

「忙しい日々を送った後、週に一度、あるいは月に一度、オーケストラでもスポーツチームでも何でもいい、自分が暮らす街の誇りを仲間とじっくりと味わい、楽しむ。そこで活力を得て、また日々の生活に戻ってゆく・・・・・。こんな風に人々の暮らしに根ざしてこそ、文化と呼べるのではないか。」(112頁)

「飯森は、「クラシックこそ最高の音楽」、「こんなにすごいことをやっているのに、なぜお客様が来ないのか」と捉えがちな、クラシック界の偏見には賛同しない。ジャンルに関係なく、音楽には素晴らしい力があると思っている。」(128頁)

「このオーケストラが必要だと、聴衆に思ってもらえるような状況を作り、それが継続される努力を続けること。飯森と山響が取り組んできたことは、まさにそれなのだ。」(129頁)

「(実は、)「客ウケ狙い」のあちら側と、「お客さまへのサービス」のこちら側には、飯森なりの明確な線引きがされているのだ。」(130頁)

「三月三十一日は、「耳にいちばん」ということから、『オーケストラの日』として制定されている。毎年、全国のオーケストラで様々な行事が行われる。」(142頁)

「(ただ、)飯森は「音楽は素晴らしい」「犯罪から子どもたちを救え」と言葉で言うつもりはない。楽しくて心が豊かになるような演奏でコンサートホールを満たし、音楽に包まれる歓びを一人でも多くの若者に味わってもらう。(中略) その先は若者一人ひとりが感じたものを自分の人生に持ち帰ればいいのだから。」(144頁)

「『消費者のニーズをリサーチするアンテナを張ることで、それに敏感に反応しながら、常に先を行く、良い意味で消費者の期待を裏切るようなレアな商品を提供し続ける』 これは、別にどこかの企業理念でも何でもありません。音楽家である僕が掲げる重要なコンセプトの一つです。」(194頁/おわりに)

本書の分類をすれば、経営者やリーダー向けのビジネス書のようです。
ちなみに私が借りた図書館では「人文」に分類されていましたが(微笑)。
取材・構成(おそらく執筆も)を担当された松井氏は脚本家でありライターだそうです。
だからなのか、文章がなぜか連結せず、ぶつ切りにされているような違和感を感じました。
飯森氏や山響はたいへん興味深い題材であり、もっと違うアプローチの方法があったのではと思うのですが、文章構成手法が、どうも映像ドキュメンタリー風で、効果音と字幕とガツンとした映像で観せる感覚を、無理やり文章にしてしまっていると感じたのが残念です。
対して、飯森氏の肉声や、章の合間に登場する登場人物と関わり深い方々のインタビューはとても共感できます。
正直、本書のタイトルも好みではありませんが、内容には興味があり、その最初に感じた違和感が、最後まで消えることはなかったということなのです。
この方の文章を他で見たことはないのですが、どちらかというなら「ビジネスライク」であり、対象に対する思い入れや愛情は、あるのかもしれませんが、文章に全く活かされていないと思いました。

映画『おくりびと』(2008年)に飯森氏と山響が出演されているということなので、こちらも注目して観てみたいと思います。



「マエストロ、それはムリですよ・・・」 ~飯森範親と山形交響楽団の挑戦~/松井 信幸
¥1,680
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2013年3月の読書メーター
読んだ本の数:7冊
読んだページ数:3031ページ
ナイス数:4ナイス

冷静と情熱のあいだ―Blu (角川文庫)感想
辻仁成とは、と聞かれると私にとってはまず「エコーズ」のヴォーカルだった。時を経て作家としてデビューされていたのは知っていたが、今まで作品を手にとることはなく、ふとしたきっかけでこの作品を読むことになった。江國香織氏との共作という作業の中で「冷静」と「情熱」を多く用いたのは辻氏のほうである。そこに氏がこの作品に秘めた「想い」を感じた。
読了日:3月30日 著者:辻 仁成
冷静と情熱のあいだ―Rosso (角川文庫)感想
江國氏の作品は初めてなのですが、辻氏と対決(?)したこの作品に敢えて挑みました。「たっぷり2分間(または10秒間)」という表現手法がお気に入り。人によっては不親切と捉えられるかもしれないが「アオイは変わったわ」を説明しすぎない展開に、好感がもてました。
読了日:3月30日 著者:江國 香織
秘録華人財閥―日本を踏み台にした巨龍たち秘録華人財閥―日本を踏み台にした巨龍たち感想
日本では伝わらない(メディアに相応の責任がある)香港・華人財閥を率いた経営者の手腕と人物像。李嘉誠氏のみで1冊の分量にしても良いと思うほど、魅力のある人物。登場する人物に謎が多いのは理解できるが、著者の憶測が所々で挿入されているので読者には自らで考えるという注意が必要。
読了日:3月28日 著者:西原 哲也
半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)
読了日:3月13日 著者:村上 龍
半島を出よ〈上〉 (幻冬舎文庫)
読了日:3月13日 著者:村上 龍
半島を出よ〈下〉 (幻冬舎文庫)
読了日:3月13日 著者:村上 龍
半島を出よ〈下〉 (幻冬舎文庫)感想
北のおぼっちゃまとその一族の支配体制が続く限り、全ての日本人が一読しなければならない、フィクションだと切り捨てることができない作品。村上龍氏の長編を読み解くには、知識と経験と豊富な想像力、そして当然、体力が必要だ。
読了日:3月13日 著者:村上 龍

読書メーター

「90年代お勧め香港映画」大紹介。

まずこの企画の趣旨を述べたいと思います。
知る人は知るのですが、ほとんど話題にならないのが事実であり、たいへん残念なのですが、
レスリー・チャン(張國榮)という名の香港の俳優が自らの命を絶って10年の月日が流れました。
2003年4月1日のことでした。
香港では、この時期に合わせて、それなりに追悼イベントなども行われるようです。
しかし、日本ではすでに「香港映画」というジャンルすら聞かなくなった気がします。
今思えば中国返還への前後である90年代は、香港映画の最盛期でした。
そのような素晴らしい時代に思いを馳せて、あくまで独断ですが、好きな香港の映画を5本、選んでみたいと思います。
予定していたよりも長文になりました。5作紹介のつもりが、6作になってしまいました。
ですが、分割はしたくないので、そのまま掲載します。

1作目:まずは、レスリーの出演作品から。

★『君さえいれば』(原題:金枝玉葉/1994)
監督:ピーター・チャン(陳可辛)   
出演:レスリー・チャン(張國榮)、アニタ・ユン(
袁詠儀)、カリーナ・ラウ(劉嘉玲)、陳小春ほか
ジャンル:ラヴ・コメディー
内容:アニタ演じる少女は、カリーナ演じる有名歌手の大ファン。少女は、彼女に一目会うことだけを望んで、”男性”募集のオーディションに男装して参加する。しかし”彼女”がそのオーディションに受かってしまう。レスリーはカリーナのマネジャー兼恋人でもあり、その同居している部屋に少女は居候することになる。レスリーは少女を男性だと信じきっているので、フランクに話しかけたり、肩を組んだりするのだが・・・徐々に”彼”に好意を抱き始める・・・。レスリーは、自分が男性に興味があるのかと悩みながら、しかし気持ちを抑えることができなくなる。カリーナもレスリーの変異に気づき始めて・・・。
アニタの幼馴染を陳小春が演じていて、彼は実はアニタのことが大好き。なのに、それを表に出さずに懸命に彼女を応援している姿が、たいへんに健気です。
この映画の中でレスリーが歌う主題曲『追』が、名曲です。切なくて、愛しくて。

2作目:次も、レスリー主演作品です。

★『逢いたくて、逢えなくて』(原題:夜半歌聲/1995)
監督:ロニー・ユー(于仁泰)
出演:レスリー・チャン(張國榮)ほか
ジャンル:ラヴ・サスペンス
内容:中華版『オペラ座の怪人』とも『ロミオとジュリエット』ともいわれる作品です。
実際は1930年代に上映された作品のリメイクということです。
この作品でレスリーが演じるのは、かつて大スターと目された役者です。
愛する恋人と引き離され、嫉妬から顔に大火傷を負わされ、日の目をみない生活を余儀なくされます。
ストーリィとしてはどこにでもあるような内容ですが、役者レスリーの姿を、存分に見せ付けられる作品です。
もちろん歌う姿もあり、彼には哀しい歌と演技が、大変似合うと思わせられます。
周りを支える役者陣もそれなりに名のある俳優なのですが、まさにレスリーのための映画となっています。

3作目:90年代、最も話題となった作品の一つといえばこちら。

『恋する惑星』(原題:重慶森林/1994)
監督:ウォン・カーウァイ(王家衛)
出演:トニー・レオン(梁朝偉)、フェイ・ウォン(王菲)、金城武ほか
ジャンル:恋愛(?)
内容:これに関しては内容どうこうではなく、とにかく一度は観てほしい作品。
個人的には撮影を担当した、クリストファー・ドイルのカメラ・ワークが大好きなのです。
返還前の混沌とした、これぞ香港という虚像かつ現実を、丁寧に描いています。
この作品は、日台ハーフの俳優・金城武の出世作となり、フェイの歌う主題曲『夢中人』は、中華圏の各地で大ヒットとなりました。
今は影も形もない、「香港映画」のパワーというものを、世界に見せつけた歴史的作品です。

4作目:金城武出演作品をもう一つ。

★『世界の涯てに』(原題:天涯海角/1996)
監督:リー・チーガイ(李志毅)
出演:金城武、ケリー・チャン(陳慧琳)
ジャンル:ラヴ・ロマンス
内容:李氏は、馳星周原作の映画、『不夜城』(1998)の監督でもあり、ここでも金城武と組んで作品を撮っています。
『恋する惑星』ではまだ初々しさの残っていた金城武の演技は、わずか2年で相当完成度が高まっているのに対し、歌手としてデビューしたケリーの演技は、まだ硬いなと感じます。
金城武はコンスタントに映画に出演しているので、彼の演技は多くの作品で観られますが、当作品で見せる彼の、まだ無邪気さの残る笑顔は、おそらく最高ではないかと思えるのです。
金城武とケリーの相性はたいへん良く、『アンナ・マデリーナ』(1998)、『ラベンダー』(2000)でも二人は共演しています。
『ラベンダー』でのケリーが、演者としては最も美しいだろうと、思っています。
話は作品に戻りますが、この映画の見所の一つは美しい風景です。
タイトル通り、「世界の涯て」を求めて、切ない三角関係を奏でながら、香港から舞台をヨーロッパへと移します。
この風光明媚に負けない、二人の演者としての美しさを楽しんでほしいと思います。

5作目:マイナー作品ながら、最高のコメディーを。

★『月夜の願い』(原題:新難兄難弟/1993)
監督:ピーター・チャン(陳可辛)
出演:レオン・カーフェイ(梁家輝)、トニー・レオン(梁朝偉)、カリーナ・ラウ(劉嘉玲)ほか
ジャンル:ホーム・コメディー
内容:最初に紹介したレスリー出演の『君さえいれば』と同じ、チャン監督の作品です。
簡潔にいうなら、彼の創るコメディーは、ドタバタで馬鹿馬鹿しくて腹がよじれるほど笑えるのだけど、最後にほろっとさせてくれる魔法、なのです。
この作品は二人のレオン(俗にダブル・レオン)の出演ということで話題となりました。
トニーに関しては、先に紹介した『恋する惑星』にも出演していますが、順序としては、当作品のほうが1年早い公開となっています。
すなわち、この作品でのトニー・レオンはまだ俳優としてそれほど認められていたのではない、ということです。
だから、というわけでもないのでしょうが、二人のトニーは、共にたいへん若々しく、ノビノビと演技をしているように見えるのです。
話は変わりますが、共演しているトニーとカリーナは後に夫婦となるのです。
しかし、この作品で夫婦を演じているのは、カーフェイとカリーナなのです。
トニーは、二人の息子を演じます。
ちなみに申し上げますが、この三人はほぼ同世代の、香港を代表する俳優です。
ということは、カーフェイとカリーナは特殊メイクを施し、かなりの「老け役」も演じるのです。
カリーナは、やはり設定により、相当ぽっちゃりになってしまうのです(微笑)。

舞台は香港、冷め切った両親と息子という家庭。息子は昔のように、両親に仲良くなってほしいと願っています。
細かいところは省きますが、ある満月の美しい夜、ひょっとしたことで、息子はタイムトリップをするのです。
旅先は、自らの両親がまだ20代の頃で、二人は知り合いだが、交際する手前という状況です。
息子は当然身分を偽りますが、父である青年時代のカーフェイと仲良くなります。
未来の実の母であるカリーナは異質な雰囲気を持つ、トニー(実の息子)に惹かれ始めます。
このままでは、父と母は結ばれない!すると、トニーが所持していた元の時代の家族写真から、段々とトニー自身の姿が薄くなり、消えかかっていきます。
まあ、どこかで観たような展開でございますが(微笑)。
とにかく、それも含めてとことん笑わせてくれる作品です。
余談ですが、レオン・カーフェイのフル・ネームは、「トニー・レオン・ガーファイ」であり、ダブル・レオンどころか、ダブル・トニー・レオンになってしまって、もうややこしいったらないんですよ、本当に。

さて、チャン監督は近年、金城武とジョウ・シュン(周迅)を迎えて『ウィンター・ソング』(2005)を、ジェット・リー(李連傑)、アンディ・ラウ(劉徳華)、金城武を率いて『ウォー・ロード』(2007)を撮っていますが、あの突き抜けた明るさを全て削ぎ落としてしまい、内容は賛否様々としても、暗く、あるいは重い雰囲気の、作品に仕上げているのです。
こういったところに、私がかつて栄えた「香港映画」は消えた、と思う根拠があるのです。

6作目:さてここまで引っ張っておいて最後の作品紹介なのですが、これまたピーター・チャン監督作品なのです。

★『ラブ・ソング』(原題:甜蜜蜜/1996)
監督:ピーター・チャン(陳可辛)
出演:レオン・ライ(黎明)、マギー・チャン(張曼玉)ほか
ジャンル・ラヴ・ロマンス
内容:この作品のメイン・テーマは、中華圏の大スター、テレサ・テン(鄧麗君)です。
原題である「甜蜜蜜」も彼女の歌った曲のタイトルで、劇中では歌手でもあるレオンがカヴァーしています。
レオンは歌手としてデビューし、「香港四天王」の一人と呼ばれた実力者です。どちらかというと無口で、朴訥とした青年を演じさせたなら、彼は一級品の役者です(微笑)。
マギーも実力のある香港の女優で、『宋家の三姉妹』(1997)で孫文の妻、宋慶齢を演じたのをご存知の方もいるでしょう。
ただ、これを残念と言っていいのか、マギーが最も美しく描かれているのは、この『ラブ・ソング』から『宋家の三姉妹』での2年間の演技ではないかと思っています。
勿論、この作品の後も様々な作品(『HERO』2002年等)に出演しているのですが、役柄のせいなのか、あまりに痩せすぎという感が否めないのです。
この作品の舞台は香港なのですが、レオンとマギーは大陸から出稼ぎにきた若者を演じています。
当時の香港に於いて、大陸からの出稼ぎというのは「小馬鹿」にされる対象だったようで、マギーはひたすら広東語と英語を駆使して、ばれないように努力してきます。
そして彼女のアルバイト先のファスト・フード店に彼が現れるのですが、言葉は理解できない、雰囲気も田舎者丸出し、という姿なのです。
なんとなく放っておけなくなった彼女は、色々と彼の面倒を観ることになり、次第に二人は近づいていくのですが、やはりお金がほしい二人は、いわゆるフリー・マーケットのような市場に出店して、一儲けしようと考えます。
何を売るかという話になったとき、二人が選んだのは、テレサのミュージック・テープでした。
大陸出身の二人にとってテレサは、誇りであり、きっと香港の人もそう想っているのだろうと考えます。彼女の音楽は心の故里なのだと。
しかし、香港に住む都会人は、いわゆる「古臭い音楽」としてテレサの音楽に見向きもせず、マギーが有り金をはたいて仕入れた商品は、まったく売れなかったのです。
この時、レオンはまったく資金を持っていませんでしたので、ただ彼女を手伝い、そして慰めるだけの存在でした。
ファスト・フード店では金を稼げないと感じた彼女は、マッサージ店で働き始めます。
そこで客として来た香港を牛耳るマフィアのボスの一人と出会い、少しずつ惹かれていくのです。
レオンとの距離は次第に離れていきます。
この後、彼女がマフィアの抗争に巻き込まれたりして、二人は離れ離れになり、音信も途絶えます。ストーリィの最期に二人は再会をはたすのですが、それはニューヨークの街角にある電気店(?)のテレビ・モニターの前でした。
時は1995年の5月、ニュースはテレサの死をを報じていたのです。

この作品は本当にストレートなラヴ・ストーリィです。

チャン監督お得意の能天気ドラマは一度も登場しませんでした。
おそらくこの作品が、監督の以後の創作へ影響を与えたのだと思われます。

以上、6作品紹介して参りました。
冒頭で述べたように、香港映画はもうすでに消え去りました。
ここで紹介した監督や俳優の多くは、もちろん作品を撮り、演技を続けていますが、作品の規模が大きくなり、大陸資本によって作品が撮られ始めると、面白みが一気に失くなった気がします。
お気づきだと思いますが、香港のアクション・スター、ジャッキー・チェンについて、ここまで全く触れてきませんでした。
ジャッキーがハリウッドを目指したまでは評価しますが、その後大陸資本に迎合し、全く面白みのない作品に出演し、現在に至ったということは、多くの方がご存知かと思います。
また、彼は時々、場違いな政治的発言も行っているようです。

敬愛するレスリーが、自らへ死を行使した瞬間、香港映画も息絶えたのではないかと思っています。
もちろん、自殺を肯定する気はありません。
ただ、彼には他に選択肢がなかったのだろうなと。
彼は純粋過ぎた故に、将来の自らと、そして香港映画界の未来に絶望したのでしょうか。
今回このように6作品を選んだことを機に、改めてレスリーへ哀悼の意を捧げたいと思います。
世界中のレスリー・ファンの心の中で、彼が今も生き、彼が愛した香港映画も永遠に消えないということをここに誓って。