訳者:片岡義男
発行:草思社 / 1976年5月(1998年6月新装版1刷) / 単行本
ジャンル:音楽、哲学
1960年代のアメリカで伝説のバンドといわれた「グレートフル(グレイトフル)・デッド」のヴォーカル、ジェリー・ガルシアが語る、「もうひとつの生き方」について書かれた本です。この本は二人の対談形式になっています。
[目次]
序 チャールズ・ライク
1 新しい生き方を目ざして
1) 十五歳でドロップ・アウトしてから
2) ロックンロールの直撃を受けて
2 新しい生き方のなかで
もうひとつの生き方? 片岡義男
共感した箇所のご紹介です。
「現代のアメリカは、体制がもはやかたまりすぎ、超管理状態にあるため、なにか新しいことをしている人たちにとっての唯一の突破口は、ドロップ・アウトすることなのだ。
管理社会のいいなりになっていると、自分の一生をそれこそ文字どおり「なんにもしないで」終わってしまうことになりかねない。」(9頁)
「ガルシア ぼくは、個人的な哲学というものを持たない。ぼくが持っているものといえば、循環を感じとる能力だけだ。ぼくが考えるのだが、ものごとはなにごとによらず多かれ少なかれ、循環している。いろんなことが、周期をもって、起こってくる。だからその周期が自分にとってもっとも不利になっていくことがたとえあっても、大局的には均衡がとれていて、これが、時というものの機能なのだと思う。」(51頁)
「ガルシア 教えるということは、結局、教え方の問題なんだ。しかし、誰もが人に教えるというのは、よくないと思う。人はやはりなにかをやるべきなんだ。たとえば音楽を学ぶときには、音楽のあるところへいけばいい。それが、音楽を学ぶことだ。ぼく自身、音楽を教えてもらったけれど、教えてくれる先生というような存在は、ぼくにとっていたためしがない。
生きるということは、基本的に言って、前へ向かっていくことなんだ。生きていけば、より多くを知り、より多くのことがらを発見していく。さらにいろんなことがおこってきて、より多くのことがわかっていく。ずっとひとつにつながって、つづいていくわけだ。」(151頁)
「ジェリー・ガルシアは、十五歳のときにドロップ・アウトしたという。
ドロップ・アウトとは、なにだろう。
この本のなかでジェリーが語っているところによると、ドロップ・アウトするということは、生きるということを社会的な一般的な視点からとらえるのをいったんやめにして、ごく個人的な感性のレヴェルでとらえていくことなのだ。
これは、さほど特別なことではない。」(230頁)
「自分はこれをやるのだときめたこと、見つけたことをやりつづけることによってのみ、ジェリーの言う「新たなる空間」つまり「もうひとつの生き方」が、ただ単なる夢ではなく、自分の日常をとりまく現実のものとなっていく。
ハイとは、理想の社会を自分の生活からつくっていこうとすることなのだ。」(233頁)
「良質のドロップ・アウトたちとつきあってつくづくわかるひとつのたしかな事実は、自分の好きなものとして一生やりつづけていけることがらとの健康的なつきあいをとおして、その好きなことにかかわるたいへんなトレーニングを自己に課し、ながいあいだの自己訓練をへて、彼らが高度にプロフェッショナルになっている、という事実だ。」(234頁)
「人と人とのコミュニケーションに、ひんぱんすぎるほどについてまわる否定のパワーやマイナスのエネルギー、つまりひとことで言えば、抑圧だが、この抑圧を必要としなくても、人間の集団生活は社会として成り立つのだということを実証しようとしている世界、それが、ジェリーの「もうひとつの生き方」であり、ジェリーはその生き方を、コズミックな共感世界へ持っていこうとしているようだ。」(235頁)
ドラッグを使ってハイになって演奏するミュージシャンが、わざわざ生き方を説くのか、という先入観のもとに読み始めました。
親しんだ片岡氏の繰り出す文章の力だけではなく、ジェリー・ガルシアという人間の哲学、彼の言う宇宙とのつながり、その世界に圧倒されます。
チャールズ・ライクは、それを宗教だと言います。
仕事とは、コミュニケーションとは、そして生きるとは、そんなことに迷っている若いひとにお勧めします。
ただ、片岡氏の文章に不慣れな人にとっては、読みづらい部分があるかもしれません。
自分の生き方をさがしている人のために/ジェリー ガルシア

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