発行:集英社インターナショナル / 単行本 / 2007年
ジャンル:小説
北京オリンピックを目前とした、上海を舞台に、東トルキスタン(ウィグル)の若者、アフガニスタン情勢、911同時多発テロ、在上海日本総領事館員自殺事件などをテーマあるいはモチーフに、中国の抱える問題と周辺諸国の若者たちを描いた作品です。
ぼくの体験から、『大地の咆哮』(杉本信行著)、『中国農民調査』(陳桂棣、春桃共著)を前もって読まれると、さらに理解が深まると思います。
杉本氏は、元上海総領事を務めた御方で、前述の領事館員自殺事件の際はその上司であった人です。
「中国農民調査」は本国ではすでに発禁となった本であり、現在の農民の抱える多くの問題が、実際の中国人記者によって書かれた本です。
内容はとても深く哀しく、大変ヘヴィであるということだけは、付け加えておきます。
簡単に読める本ではありません。
さて、本題の「上海クライシス」は元外交官という肩書を持つ著者が、その豊富な体験をもとに、中国の深部を描いています。
もちろんこれは、小説であることは承知の上ですが、上海に住んだことのないぼくにも、その実態をなんと上手に描いているのだろうと感心させられました。
いわんや、上海に滞在する方、あるいはご縁のある方には、更にその世界に溶け込んで読むことができるのではないでしょうか。
この本を読んでいて感じたことは、ぼく自身が様々なところで発している「魔都上海」という言葉が著者によって普通に、使われていることでした。
ストーリィそのものについては、これが小説であるため、書くことを控えさせていただきます。
目次の紹介も同じ理由により割愛します。
感想を簡単に述べてみますと、登場人物がちょっと多かったのではないかという感があります。
意味のない人物、とまでいえませんが、省いてもよかったと思える人物の登場により、物語の幅は広がっているのですが、主要なキャストの心の描き方が、なんともぼかされた感じを受けました。
また、結局この主人公を、日本人の外交員なのか、ウィグル人兄妹なのか、あるいは中国の公安なのか、もっとそこにスポット当てて、とその心の情景を描いて欲しかったと思います。
春江氏の作品は、ぼくにとって初めてなのですが、すでに”中欧三部作”というシリーズで名声を得ている作家なら、ちょっとぼかしを入れ過ぎたのではないかと思うのです。
前半部分の期待を持たせるストーリィ展開に対し、後半は失速感と、枚数足らずで、半ば強引に、結末をまとめたのではないかとも、感じました。
最後のオリンピックの開会式の場面は、もちろんその前(2007年発行)に書かれた小説であるにしても、物足りなかったです。
敢えて加えなくてもよかったのではないでしょうか。
ちょっと辛口の紹介になりましたが、この日本にスパイ防止法がないなど、しっかりと現実の日中関係が描かれているところは、さすが元外交官だなと感じました。
経験の浅い深いに関わらず、著者が今後も”小説の世界”で活躍されるのなら、重厚なテーマに沿った骨太なシナリオを期待します。
アマゾンの書評ではおおむね好評に描かれているのは、それだけ中国という国の本質を、我が祖国の民が知らないのかと感じた瞬間でもありました。
上海クライシス/春江 一也

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