『木に学べ』(評価★★★★★) | 遠近法で描く中国 -2nd Season-

遠近法で描く中国 -2nd Season-

片手にピストル 心に花束 唇に火の酒 背中に人生を。 

副題:法隆寺・薬師寺の美
著者:西岡常一(薬師寺宮大工棟梁)
発行:小学館(小学館文庫) / 2003年
ジャンル:日本再発見

最後の宮大工、と称された西岡棟梁が法隆寺に学び、薬師寺にその魂を吹き込んだ、木への想い、感謝がしっかり詰め込まれた言葉の数々です。
全編インタヴューに応える形ですので、まさに棟梁の息遣いが間近で聞こえてくるようです。


[目次]

第一章 千三百年のヒノキ
第二章 道具を遣う心
第三章 法隆寺の木
第四章 薬師寺再建
第五章 宮大工の生活
第六章 棟梁の言い分
第七章 宮大工の心構えと口伝
あとがき

解説
西岡常一氏略年譜

「わたしに何か話せゆうても、木のことと建物のことしか話せませんで。」
1頁めの、最初のこの言葉から一気に西岡棟梁の世界に引き込まれます。
すべてが、棟梁の口語体で書かれています。
ぜひ一緒におつきあいください。

「棟梁いうものは何かいいましたら、「棟梁は木のクセ見抜いて、それを適材適所の使う」ことやね。」(12頁)
→木も、人も同じですね。人の上に立つ者は、人のクセを見抜き、適材適所に使うこと。難しいと皆さんが考える経営の基礎とは、たったこれだけのことなのです。

「木のクセを見抜いてうまく組まなくてはなりませんが、木のクセをうまく組むためには人の心を組まなあきません。」(12頁)

「それじゃあ、普通の大工と宮大工どこが違う言われましたらな、ふつうの大工さんは坪なんぼで請け負うて、なんぼもうけてと考えるやろ。わたしらは堂や塔を建てるのが仕事ですがな。仕事とは『仕える事』と書くんですわな。塔を建てることに仕えたてまつるいうことです。もうけとは違います。そんだけの違いです。そやから心に欲があってはならんのです。彫刻する人が仏さん彫るとき、一刀三礼といいますわな。わたしたちは『一打ち三礼』ですな。『千年もってくれ、千年もってくれ』と打つわけですわ。」(14頁)
→己が天から授かった事に仕えているのだろうか、真剣に考える必要がありますね。


「これは、近頃の人が自然を尊いものと考えておらんからやね。おじいさんやおばあさんに、朝起きると太陽を拝み、空気があるんで生きられる、ありがたいいうて拝まされたもんや。今は太陽はあたりまえ、空気もあたりまえとおもってる。心から自然を尊ぶという人がありませんわな。このままやったらわたしは一世紀か二世紀のうちに日本は砂漠になるんやないかと思います。」(22頁)

「今の大工は耐用年数のことなんて考えておりませんで。今さえよければいいんや。とにかく検査さえ通れば、明日はコケでもええとおもってる。私ら千年先を考えてます。資本主義というやつが悪いんですな。利潤だけ追いかけとったら、そうなりまんがな。それと使う側も悪い。目先にことしか考えない。」(26頁)

「こうした刻みを入れた斧を、木を伐る前に、その木にもたせかけて拝むんですわ。「これから木伐らしてもらいます。ありがとうございます」ってな。」(35頁)

「「仏を崇めず神を敬わざるものは、伽藍、社頭を口にすべからず」という口伝があり、神道というもの、仏法というものを理解せねば、宮大工の資格がないということですな。」(185頁)

「とにかく、人の心がわからないようでは人を束ねてはいけません。棟梁というのは、大工だけやなしに、ありとあらゆる職人を束ねていかないといけないのだから、ありとあらゆる人の苦しみをよく知っていなくてはならない、ということでしょうな。」(191頁)

「御利益ばっかり願う宗教はウソや。利益とはひとつの方便ですわ。本当の仏教というのは、自分が如来であり、菩薩であるということに到達する。それが仏教ですわな。それは文字を通して考えていくやり方もあるし、死ぬほど自分の体を苦しめて、そこから悟りを開く、いろいろ方法はありますわな。いずれにしても、自分の体の中に仏があるちゅうことを見つけ出す。これが悟りと言われてるんですわな。」(250頁)

「今の人は、物まねしてすぐ芸術家になりたがる。ちょっと人と変わったもん作ったら、自分は芸術家だと言いますわな。昔は芸術家みたいのはおまへんで。みんな職人でんな。職人の中で達した人が、後世になって芸術家と言われるんで、生きてるうちに芸術家と言われる人はおらんわ。」(255頁)

口伝『神仏を崇めずして伽藍社頭を口にすべからず』
口伝『伽藍造営には四神相応の地を選べ』→今でいう風水のようなものです
口伝『住む人の心を離れ住居なし』
口伝『堂塔の建立には木を買わず山を買え』
口伝『堂塔の木組は木の癖組』
口伝『木の癖組は工人等の心組』
口伝『工人等の心組は匠長が工人等へのおもいやり』
口伝『百工あれば百念あり』
口伝『ひとつにする器量のない者は、自分の不徳を知って、棟梁の座を去れ』
口伝『諸々の技法は一日にしてならず、祖神達の徳恵なり』

「技術というもんは、自然の法則を人間の力で征服しようちゅうものですわな。わたしらの言うのは、技術やなしに技法ですわ。自然の生命のまま活かして使うという考えや。だから技術といわず技法というんや。」(265頁)

法隆寺に使われているヒノキは、千三百年もたっているそうです。
そして千三百年もたせるには、それ以上生きているヒノキを使うのだそうです。
今の日本には四百年以上のヒノキはないそうです。
薬師寺の再建にあたり、西岡棟梁は台湾へヒノキを求めて行きました。
台湾の山々には、二千年を超えるヒノキがまだ存在するのだそうです。
日本最後の宮大工による、伝統技法に基づいて再建された薬師寺の一部に、いま台湾のヒノキが使われています。
薬師寺には中学生の頃、課題のためにグループで連れ立って行った記憶しかありません。
そう、嫌々ながら行ったのです。
何一つ、記憶に残っていないのです。
今度はもっと違う目を以って、薬師寺に逢いに行こうと思いました。
もちろん、この本を携えて。

木に学べ―法隆寺・薬師寺の美 (小学館文庫)/西岡 常一

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