『ハワイイ紀行 完全版』(評価★★★★★) | 遠近法で描く中国 -2nd Season-

遠近法で描く中国 -2nd Season-

片手にピストル 心に花束 唇に火の酒 背中に人生を。 

副題:Cruising Around Hawaii
著者:池澤夏樹
発行:新潮社(新潮文庫) / 2000年
ジャンル:世界再発見

池澤氏の本を読んでいて何度も感じたことは、ぼくの物書きの心の師匠であり、敬愛する作家、片岡義男氏に文体が似ていることでした。
池澤氏は今沖縄に住んでいるということですが、やはり島を愛する人たちの語りの手法とは、似てくるものなのでしょうか。
池澤氏の本については、バハ・カリフォルニアでクジラを追い、素潜りの達人、故ジャック・マイヨールとの交流を描いた『クジラが見る夢』(新潮社)に次いで二冊目です。

[目次]

Ⅰ 淋しい島
Ⅱ オヒアの花
Ⅲ 秘密の花園
Ⅳ タロ芋畑でつかまえて
Ⅴ アロハ・オエ
Ⅵ 神々の前で踊る
Ⅶ 生き返った言葉
Ⅷ 波の島、風の島
Ⅸ 星の羅針盤
Ⅹ エリックス5の航海
Ⅺ 鳥たちの島
Ⅻ マウナケア山頂の大きな眼

あとがき
文庫版あとがき



ハワイについては過去に『ハワイ』(岩波新書/山中速人著)について読みました。
しかしそれは少なくとも十年以上前のことで、今は手元にもなく、実家にあることだけは確認できています。
ですので、ここではこの本だけに絞り込んで、参考になった箇所の引用紹介をします。

「旅を目的主義的に組み立ててはいけない。旅の値打ちを見たものの数や、名所旧跡の数々、買い物の量、撮った写真などで計ってはいけない。旅はただ気持ちよく過ごした時間の長さでのみ評価されると考えよう。この島がいい時間を与えてくれれば、それ以上望むものはない。」(19頁)

「学校で勉強していると、先生や教科書はいかにも権威があるように思われる。真理をすべて把握して、子供にもわかるように話してくれる人であり、わかりやすく書いてくれた本であるような錯覚を抱く。しかし実際には教科書に書いてあって先生が教えてくれるのは、何十年か前の真理だ。自分で本を読むようになると、学問がいかに速やかに変わっているかがわかる。」(61頁)

「宣教師たちは印刷機を持ってやってきた。それまでのハワイイ語には文字がなかった。話し言葉しかない言語を耳で聞いて採集し、文字をあてはめ、正書法を作り、文法を整理し、最後には聖書のハワイイ語訳を作ってしまう彼らの努力には敬意を払いたいと思う。(中略) だが、それは他方ではハワイイ語そのものを変えてしまう。文字なき言葉はそれに応じた性格を持っている。文字を得ることでそれが変わる。発音は固定され、曖昧な部分は削り取られ、語られる場の雰囲気を反映するイントネーションは消えうせる。なによりも文字を知るものに権威が生じる。ハワイイ人の言葉なのに、それを文字化できる宣教師の方が偉いということになる。文化というのはすべてそういうものなのだ。」(212頁)

「観客達の前で、そして一段と高い台の上に居並んだ審査員たちの前で踊ってはいても、彼らは人に見せるものではなく、もっと偉大な存在を想定して踊っているかのように見えた。見るべきは神々であり、我々人間はそれを脇から見せてもらっているにすぎない。床を踏みならす足に、時に優雅、時に強烈な手の動きに、彼らを統率する朗唱者の声や打楽器の力強い響きに、何よりも彼らの真剣な表情に、人間を超える者への姿勢を読み取ることができる。陶酔を誘うものがある。」(233頁)
→あるフラ・ダンスの大会を見ているときの、筆者の感想です。

「では、フラとは何か。フランクの説明によれば、フラとは手の動きや足の動き、それに表情などで詩的感情を表現するものだという。すべての始まりは詩である。詩が朗誦され、その言葉に合わせて振りが決まる。(中略) 詩が表現しているのはもっぱら自然への讃歌である。あるいは自然という形で存在する神々への讃歌。ハワイイの土地には、たとえ社会制度がどう変わろうとも、神々が生きている。彼らを楽しませるために人間は踊る。だから、踊りは厳密で、間違いは許されない。かつてタブー制度がきちんとしていた時代には、踊りを間違えたものが死をもって罰せられたことさえあったという。ここでは踊りは暇つぶしや遊びではなく、宗教的な意味を帯びた大事な行いだった。」(239頁)

「フラは神々に捧げるものでしょ。ハワイイ人にとってはもっともトータルな信仰表現。まずハワイイ語の知識は必須。自分の踊りのメレ・フラ、つまり詩の内容が理解できなくては正しくは踊れない。言葉は本当に大切ね。」(244頁)
→ハワイイ人の血をひく、フラの教師をする女性の言葉です。
「私たちハワイイ人の精神の根底には自然崇拝の気持ちがあるの。ある場所に行って、そこの雰囲気を感じ取って、それが詩になる。そういう詩を踊るわけだから、もとのその場の自然が伝わらなければならない。」(247頁)
→同じく女性教師の言葉です。自然崇拝は日本にもかつてはあったはずですよね。

「レイとはただの飾りではない。見せに行って買うものでもない。自然から霊力(マナ)を引き出すために自分の手で作るもの。」(254頁)
→ハワイイ人が首などにしている、おもに花飾りのことです。

「ペトログリフは場所の芸術である。その場から動かすことはできない。そういう意味では、場の選定はすでに制作の一部であって、風景を読み取る力のないものには、すぐれたペトログリフは作れない。」(304頁)
→ハワイイには約135箇所に、およそ二万五千点の図像が残っているそうです。

「二種類のサーファーがいると思う。第一は波に挑戦して、なんとか波をねじ伏せてやろうとする攻撃的なタイプ。もう一つは波と踊るというか、メイク・ラヴする人たち。波を抱きしめて、心を通わせて、波の動きに入ってゆく。どちらもおもしろいけれども、メイク・ラヴなんて言いかたができるスポーツは他にないかもしれない。」(331頁)
→レジェンド・サーファーと呼ばれる女性に話を訊いているところです。筆者のサーフィンが争いの形を取らないスポーツではないかという問いへの答えとして。

「ウィンド・サーフィンってのはハワイイのサーフィン精神とカリフォルニアの航空機産業の間に生まれた子なんだよ。」(362頁)

この紀行の後半では、ミッドウェイ諸島への旅の模様も収録されています。これは単行本から文庫本に編集される際に、追加されたものの一部だそうです。
これによってこの文庫本は[完全版]と称されることになったとのことです。
残念ながらハワイという場所に行ったことがないぼくには、ここまでしか書くことはできません。
あとは読んでくださった方皆さまが、それぞれのハワイを見つけてくださればいいなと感じます。
この本を8月14日という日に読み終え、15日という特別な日にそのレポートを書いていることに、ぼくは言葉では表せない因果を感じるのです。

ハワイイ紀行 完全版 (新潮文庫)/池澤 夏樹

¥940
Amazon.co.jp


生かして頂いて、ありがとう御座位ます。
最後に、あなたの貴重な"数分"を募金のために使わせてください。
☆クリック募金★
http://www.dff.jp/
http://clickbokin.ekokoro.jp/
ありがとうございます