都市のなかの緑 その3
さて、お話は日本庭園のあるホテルのお庭に戻ります。これは、先週の土曜日の朝の庭園です。朝の日差しが差し込み早朝からこのお庭を散歩する人、太極拳をされている人などなど。私も朝食をいただいた後、朝のお庭の散策をしました。このホテルは韓国のアシアナ航空のクルーも宿泊していて、出発前にこのお庭を散歩されていました。 この門は江戸時代に作られたものでが詳細が不明との事。門の前にある青銅灯籠は、東京プリンスホテルにあったものを移築しているそうです。(江戸時代の初期のものです。) この門をくぐると「観音堂」があります。奈良県の真弓山長弓寺の境内にあったものを、1954年に日本庭園に移築されました。堂内には、室町時代の作である「十一面観音半迦像」が安置されています。
とてもとても穏やかなお顔をした観音さまでした。 この十一面観音は人々が災厄から免れるご利益があると言われています。また昨年秋には、「観音堂」の修復が行われ、ベンガラという赤色の顔料により戸や柱が、鎌倉時代に建立された当時の美しさを再現しています。 そして、狛犬好きな私が、激写しまくりの狛犬ちゃんです。これは中国の乾隆時代の作と言われ、1931年ごろの赤坂 「星の丘茶寮」(ご存知と思いますが、魯山人のお店です。)にあったものと言われています。 玉と遊ぶ獅子が雄でもう一対の子をあやしているのが雌とのことです。こども連れの狛犬は、そうです、玉造温泉神社にもありますが、本当に珍しいのです。これは、是非実物を見ていただきたいので、子をあやしている狛犬ちゃんは 今回掲載はしません。(意地悪ではないですよ~) 他にも奈良県の念仏寺より、1959年に移築されました。鐘楼は、桑名藩主 松平越中守定勝が1656年(明暦2年)に建立したものと言われている「鐘楼」があります。 さて、このお庭を囲むもう一つのホテルは旧北白川宮邸です。北白川宮は、明治初期、伏見宮邦家親王の第13王子が創設した宮家です。あまり宮家として有名ではないのかもしれませんが、このシリーズの第一回目の竹田宮恒久王はこの北白川宮能久親王の第一王子です。 このホテルがある高輪の三丁目には閉館したホテルパシフィック東京(今は他の複合施設になっていますが。)があり、そこは朝香宮、東久邇宮邸の跡地でした。 品川・高輪は界隈はは江戸時代、赤穂義士、大石良雄ら赤穂義士が預けられ肥後細川家などの下屋敷跡があり、義士らの切腹地として知られてもいますが、大正時代には皇太子であった昭和天皇が一時期東宮御所としていたこともある場所です。 近年では新幹線の停車駅にもなり、ますます多くの人が利用する利便性のよい場所になりました。 もし、出張の時にお時間があれば、あるいは、ほんのひとときのお茶の時間でも、都会の喧噪を忘れ、しばし古き良き時代に 時をかけていってみませんか。 多分、いつも違った東京の表情が見えてくると思います。