放課後になり、一郎はカバンを手にして角石に言われた校門から少し離れた駄菓子屋へ向かった。


駄菓子やは間口奥行一間半ほどの小さなあばら家で、店の前には背もたれのないベンチが置いてった。角石はすでにそこに座って口に頬張った飴らしきもので片方の頬を膨らませていた。


「遅かったぞ」

角石の口調は少し強い気がした。一郎は無言のまま角石の背にある店の壁にぶら下げられた玩具や駄菓子の連なりを見回した。

「まあいいや。まずは座れ座れ」

角石は、横にずれて、一郎が座れる場所を確保した。しかし、一郎はすぐに座ろうとはしなかった。

角石は、再び座れ座れと言いながら、自分の黒のカバンの中から一冊の雑誌のようなものを取り出した。


「実は、俺、将来政治家になろうと考えてんだ。これはその計画資料さ」

角石は話しながら手に持った雑誌のように見えた資料とやらを開いた。矢印や、選挙とか、東京などの文字が目に入った。

「それでさあ。一郎の親父さんてのは政治家らしいじゃないか。だから少し話を聞こうと思って呼んだんだよ・まあ気楽に気楽に」

角石はにこにこしながら言葉を繰り返した。




一郎が故郷の奥州水沢の中学から東京文京区の中学に転校したのは昭和31年のことだった。


一郎はなかなかクラスにうち解けなかった。


転校1カ月の間これらしい友達もできなかった。


ある日、同じクラスで一番背丈のある角石という男から放課後遊ぼうと誘われた。一郎は、何をして遊ぶのかと、なまりのある口を重たく開いてぼそっと答えた。角石は笑って、お楽しみお楽しみと言いながら自分の席へ戻って行った。


何はともあれ、誘われたのだから一緒に遊んでみようと一郎は思ったのだ。

人は繁栄におごりやすい。繁栄の切れ端にかかわる人を言うのではなく、繁栄を創り出し成し遂げた人においてだ。


おごりそして衰退していく。衰退の波は止められない。神に祈りを捧げる。なぜこうなってしまったのか?私がそれほどひどいことをしたのでしょうか、と。


道を極めたかに見えたのは幻と化し、持てるものは全て失い、人間関係も途切れていく。


ではどうしたら立ち直れるのか?それを描きたい。そう思うのである。