早々に興福寺参拝を切り上げて東大寺へ。
途中の奈良公園では鹿の角切があったそうですが、時間的にも無理なので諦めて、大仏様のほうへ向かいました。
奈良公園といっても総面積は500haもあり、寺社を取り囲んだ広大な公園で、鹿は約1200頭もいるそうです。
木々の緑や石畳の間を歩いてるととっても落ち着きます。と言いたいところですが、あちこちに観光やファミリーがわんさかで賑やかな公園になっていました。
と、早速、鹿クンに会うとあれあれ角が無くなってる。角切でやられちゃったんでしょうか。あちらこちらで鹿煎餅をもらってる姿を目にしましたが、中には煎餅欲しさにグイグイとプレッシャーをかけてる積極果敢な鹿クンもいて見ていて愛らしかったです。
奈良公園
東大寺は、もともと728年に建てられた金鐘山寺が金光明寺と改名されその後、現在の地に大仏殿を中心とした大伽藍に改修されたものだそうです。"大仏造立の詔"を発した聖武天皇によって、大仏は752年に完成しました。
この東大寺も興福寺同様に何度も火災に遭い、その度に再建されています。現在の大仏及び大仏殿は江戸時代に再建されたものだそうですが、創建当時にはあった東西の七重塔、講堂、食堂などは再建されず今に至っています。
さぁ、いよいよ大仏殿のほうへ。
まず真っ先に目に入ってきたのが、あまりにも有名な南大門。ずっと前に来たときの記憶がほとんどなかったのですが、南大門ってこんなに古い建物だったっけといぶかしげに思ったのですが、これは、鎌倉時代に復興にされたものが火災を逃れてそのまま残っているからということでした。
以外にもこの門は木組みそのまま剥きだしになっていて柱には朱塗りされていたであろう跡がくっきり残っていて古い姿が妙にリアルに感じました。
そして左右で睨みをきかせている金剛力士像。筋骨隆々とした姿にただただ圧倒されます。吽形(うんぎょう)、阿形(あぎょう)という1対の像はまさに"阿吽の呼吸"で睨みをきかせて守っているんですよね。
像を見ててひとつ気づいたのが、昔、歴史の教科書に載っていた像の指は欠けていましたが、今はちゃんと治っていたことです。これは平成になって解体修理が行われてリフレッシュした結果なんですね。
大仏殿はデカイ。現在の大仏殿は江戸時代に再建された時、以前より横幅が3分の2に縮小されたそうで、この姿で横に長いともっとスゴイことになってますね。
大仏殿ではなにやら工事らしき作業をしている人がたくさんいて何かなと思ったら、布袋寅泰がここでライブをするそうで、そのための準備だったみたいです。最近、寺社でライブっていうのをよく聞きますが、東大寺でライブって珍しいですね(初めてかな・・・)。
大仏殿に入ると出ました。大仏様(当たり前ですが・・・)。
やっぱりこれまたデカイ。高さは約15メートルで日本最大の金銅仏だからデカイのは当たり前ですが、台座にしても光背にしても何もかもスケールが凄いです。
この大仏殿には多聞天像、広目天像、大仏の左右に菩薩像があるんですが、これまた大きい。大きいづくしの大仏殿内ですが、若干暗くて、細部が見づらいという部分もありました。大仏様を1周するように拝観していくと長蛇の列が現れてビックリ。柱に空いた穴を抜ける為に順番待ちしてる人達でした。この穴は大仏の鼻の穴と同じ大きさになっていて、この穴をくぐると無病息災のご利益があるということですが、この穴けっこう小さいです。子供や女性なら大丈夫だと思いますが、大人の男性はキツイんじゃないかと思ってしまいました。厚生労働省が出したメタボ検診の基準、胴囲85cmがデッドラインかな?
盧舎那仏[大仏] (国宝)
時間もどんどん押してたんですが、せっかくだからと正倉院に向かいました。金堂(大仏殿)の裏側(北側)には講堂跡が森林公園のようにになっていてとっても気持ちよさそうでした。
正倉院は徒歩で15分くらいのところだったのですが、案内板を見て愕然としました。なんと土曜、日曜、祝日は休館だったんです。宮内庁の管轄だからでしょうか、休日は同じように休館だったんです。ちゃんと調べていけばよかったと後悔したのは言うまでもありません。
失意の中、正倉院から急ぎ足で二月堂へ。
壁でジグザグに走る石階段とその先に見える二月堂とがなんとも情緒たっぷりで、
二月堂はなんといっても「お水取り」ですね。よく「お水取り」になるといよいよ春が来るといいますが、この行事は、奈良時代から毎年休みなく続く修二会(しゅにえ)という天下泰平を祈願する法会で、中でも「お松明」は松明に点けた炎が境内いっぱいになり、火の粉が舞い、松明を持った僧が駆けるという圧巻の行事で、いつもよく火事にならないなぁと感心しながらニュースなどで見ています。
ということで、二月堂の歴史を調べたら1667年に「お水取り」の最中に失火して全焼し、今の建物は2年後に再建されたものだそうです。それまでは火災を免れて創建当時のまま残っていたのに江戸時代に入ってやっちゃったんですね。
二月堂からは東大寺の大仏殿をはじめ、遠くには奈良市内も見えて絶景です。そんなに登ってきたような感じはなかったんですが、こうやって上から眺めると結構な高さに来てるんだと再確認します。
三月堂は東大寺の中で奈良時代の創建当時のまま残っている数少ない建造物です。ただ、老朽化が進んで、鎌倉時代に南側の部分が改修されて、奈良時代の寄棟造の正堂に鎌倉時代の礼堂が付設されるというおもしろい建物になっています。
法華堂[三月堂] (国宝)












