2月堂から若草山を左手に見ながら春日大社をめざして進むと途中にお茶屋さんがありました。時代劇に出てくるような茶店がとっても心和ませてくれます。時間があれば寄って一服したかったんですが、とりあえず一枚撮って前へ進むことにしました。
春日大社は768年、藤原氏の血を引く女帝、称徳天皇の勅命により、左大臣藤原永手(藤原不比等の孫)らが現在地に四所の神殿を創設したのが始りで、平城京の守護の為、藤原氏の氏神として創建されました。
春日大社という名称について、古くは「春日大神社」、「春日神社」、「春日社」と呼ばれてきましたが、明治4年、「官幣大社春日神社」になり、更に昭和20年、神社と国家の分離にり、翌昭和21年、宗教法人法に基づいて「春日大社」と改称されたそうです。
ちょうど女官の方が歩いていて、自然の中に溶け込むように佇む格式高い神社というオーラが出ていました。
この南門が出入り口となっていて、朱と白のコントラストが神々しい雰囲気を醸し出しています。
なんでも創建当初は鳥居だったのが、平安時代にこのような楼門に造りかえられたそうです。
中門の向こう側に本殿があり、向って右(東)から、第一殿 武甕槌命(タケミカヅチのミコト)、第二殿 経津主命(フツヌシのミコト)、第三殿 天児屋根命(アメノコヤネのミコト)、第四殿 比売神(ヒメガミ)の四柱が祀られています。
中門から本殿に向かって拝もうとしたとき、ラッキーなことに結婚式をされていました。古式ゆかしい結婚の儀が目の前で行われいるのがとても不思議でとても幸せな気持ちにさせてくれます。
宝庫は校倉造で御本殿の神様の御神宝(鏡・刀・鉾・弓矢)が収められているそうで、3月の春日祭の時だけ扉を開けて飾るんだそうです。
この写真は宝庫の底の柱部分なんですが、真っ直ぐに引いた砂紋がありました。枯山水とかの庭園にはいろんな形の砂紋がありますが、これはどんな意味があるんでしょうね。枯山水では砂紋は水を表していて、川や海を表現していますが、この宝庫も水に浮かんでいるような表現をしてるんでしょうか。
この灯篭、ずっと昔は、毎夜火が点されていたそうですが、現在は、2月の節分の「節分万燈籠」、8月14・15両日の「中元万燈籠」という行事の祭に境内にある3000基の灯篭に火が入るそうです。
樹齢が600年で木の周りは3メートルもある木が、直会殿の屋根を斜めに貫いていてこれまで切られることなく自然な姿で残っています。
ちなみにこの木の隣に御神木があり、樹齢1000年、木の周りは9メートルもある大杉です。
1日目はこれでタイムオーバーとなりました。
まだまだたくさん見たいところはあったんですが、詰め込みすぎて歴史に触れるせっかくの機会が希薄なものなってしまうのも悲しいので仕方ないかと思います。
ということで、これでひとまず旅行記を締めたいと思います。
長々と書きましたが、読んでくださった方に感謝です。






