今日は、学校教育に関わる記事を2つご紹介します。
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苫野一徳氏 熊本大学准教授
苫野ゼミ卒業生の新米先生の多くが、今学校現場でとても苦しんでいて、本当に悲しく思うと同時に、まだまだ現場を変えられていないことを、心底申し訳なく思う。
「自由の相互承認」の原理を、とことん身につけてきた卒業生たち。
子どもたちを「管理・統制」するのではなく、とことん主体性にゆだね、支援し、「ゆるやかな協同性に支えられた個の学び」(学びの個別化・協同化の融合)を実現する教育のあり方にも、十分精通している卒業生たち。
国内外のそんな先進的な実践を、彼らはたくさん見て、議論して、考え合ってきた。これまでの彼らの学びの量と質には、僕も誇りを持っている。さあ、いよいよ、自分たちもそんな実践にチャレンジする時だ!
……が、新米先生は、(当然?)そんな実践をやらせてもらえない。
とにかく統制しろ、座らせろ、黙らせろ、怒鳴れ(嘘でしょ?)、叱るときは正座させろ(嘘でしょ?)、自由にさせるな。。。
高圧的に統率なんかしなくても、というか、しない方が(もちろん、適切な支援を土台にすれば)、子どもたちが主体的に学びに没頭すること、関係性を自分たちで築き合えることを、身体的に十分知っている卒業生たちは、それが苦痛で仕方ない。
で、やんわりと、個別化・協同化の融合をやってみる。子どもたちがどんどん学びに没頭する。自分のペースで学べるということ。必要に応じて、友だちの力を借りたり、力を貸したりできるということ。その意義を、子どもたちはすぐ理解する。算数が嫌いだった子が、好きになったと言ってくる。
勉強だけじゃない。黒板の掲示物なども、子どもたちが自分で作る。自分たちの学びの場は、自分たちの手で作る。どんどん工夫が起こる。協力し合う。折り合いをつける。教室に愛着もわく。
「学びのコントローラー」を手にした子どもたちが、自分たち自身でぐんぐん成長する姿に、「子どもたちって、やっぱり本当に力がある!」と確信を深める卒業生たち。
……ところが、そんな実践が気に食わないベテラン先生がいる。だから卒業生を、文字どおり「怒鳴る」「罵倒する」。
「そんな子どもたちが作った汚い掲示物を授業参観で保護者に見せられるか!」「型通りに授業をしろ!」「思い思いの場所で読書をさせるな、読書は自分の机で!」(なんで?苦笑)
それでも、卒業生たちは必死で頑張っている。しなやかに、したたかに。時に箸の上げ下げに至るまで、何もかもを統一・統率する学校が、子どもたちを幸せにしないということを、十分に知っているから。
……今すっごく悲しくて、ちょっと過剰な書き方をしてしまいました。
告発がしたいわけじゃない。
どんな先生も、子どもの幸せを願っている。幸せな子ども時代を過ごしてほしいと思っているし、幸せになってほしいと思っている。
だからこそ、学校現場に、考えてほしい。気づいてほしい。知ってほしい。どうすれば、そんな学校を作れるのか?
どんな学校、どんな実践が、子どもたちの「自由」とその「相互承認」に、幸せに、寄与できるのか?
それは、何でもかんでも言う通りにさせること?そうやって、「自分で考える」ことや「人と協力し合う」機会を奪うこと?言われた通りにしかできない人を育てること?
できれば、『教育の力』を読んでほしい。
先生たちは、ただ知らないだけ。この100年にわたって展開・蓄積されてきた、様々な「よい」実践を。
知ってほしい。知れば、もっと知りたくなる。そして、変わりたくなる。
原稿がたくさんある。講演もたくさんある。学校づくりをしている。ちょっとパンクしている。でも、足元から、もう一度見直していこうと思う。
熊本に来て4年。熊本・九州の教育のために、もっと力を尽くしたい。火がついた。
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ファミリーコンパス 渋谷聡子さん
【真実を分かち合う学校へ。公立小学校のチャレンジ】〜ベテラン先生との経験や余力の差に胸を痛める新人先生
京都市立葵小学校にて、全教員参加による対話研修も2年目に突入。今回は、京都市教委の統括首席指導主事や京都教育大学の水本教授をはじめとした見学者も多数参加。
昨年度は、先生自身が初めて対話の場を体験し、学級で対話の授業を実践するまでに進化した1年。先生同士の対話の場も定例化し、年度末には自分たちだけで学校のビジョンを対話から形成し、ますます熱気が高まる中で迎えた新年度。
新しく転任されたきた5名の先生。
そのうち1名は定年間近のベテラン先生。対話なんて見たことも聞いたこともないのに、キャリア的に学年主任になった先生にとって正直やりにくいであろう状況。でもそれを素直に出すこともできず、周囲の先生方と噛み合わない空気もちらほら。
そんな中で対話がスタート。
テーマは自由だが、知らず知らずのうちに現組織で最もホットなテーマに凝縮されていく。
何度も躊躇しながら、みんなの前で涙とともに声を絞り出すように話し始めた新人先生。
転任してきたベテラン先生(学年主任)とのアウトプットに差を感じる新人先生。保護者からの評価への恐れ、自分に対するジャッジ、それでもどうすることもできないほど多忙で毎日がいっぱいいっぱいという現実。
新年度が始まってからずっと苦しくて辛かった胸の内を、誰にも言えないまま今日まで来たことを、ぽつりぽつりと明かした。
新人先生への感情へ自然と寄り添い共感する先生方。
新人先生にみんなが共感している脇で、号泣しているもう一人の新人先生。その先生もまた、同じような痛みがあったのだと思う。
いま必要なのは「どうするべきか」という課題解決ではないことを、みんなが感じていた。
そんな中、居心地が悪くなっていたベテラン先生から声があがる。「そんなふうに思ってたなら、そっちから聞いてくれたらいつだって教えてやるのに!」
少し強めの口調でひたすらしゃべり続けるベテラン先生の言葉の奥から聴こえてくる「俺も転任してきたばかりで不安なんだ。俺のことをもっとわかってほしい」というメッセージ。
ベテラン先生の言葉を受け取った後、みんなが出してくれたニーズ(願い)の中から先生自身が真っ先に選んだのは〈つながり〉
「本当は先生もみんなとつながりたいし、理解されたいがあるんですね」
その言葉に、照れ臭そうに、ものすごく嬉しそうに、少年のような表情で頷くベテラン先生。
近づき難く頑固なイメージで孤立しかけていたベテラン先生の真のニーズに触れて、全校先生の表情が一気にゆるんでいく。
いつもながら笑いあり涙あり。先生方の愛とパワーと真実に溢れた対話の場。
たった数時間で学校の課題の本質に一気に迫り、誰もがそこから回避することなく意欲的に向き合う先生方。それは、これまでの対話を通して「真実を分かち合う」ことのパワーを知っているから。
対話を終えた後、市教委の首席指導主事からのフィードバックが印象的だった。
「(新年度から約2ヶ月経ち)現在、すでに市内で○○名の先生方が休職している。保護者や子どもたちが多様で対応が大変なのはあって当然。だからこそ、先生同士の関係性が安心安全で今日のような対話ができる組織かどうかが大切。どの学校でも同じことが起きている。全ての学校で対話が必要だ。市教委の人事に今日の場を見せたい。」
まだ経験も余力も少ない自分を責める新人先生。時代の変化に応じて変化を求められるベテラン先生。その間で両方の気持ちを尊重したいが自分も限界ギリギリの中堅先生。
どの先生方もみな、子どもたちへよりよい学びを提供したいという強い想いがある。そして、教師の前にひとりの「人間」として日々悩み、苦しみ、葛藤しながらも常に明るく前進していこうとがんばっている。
新学習指導要領に示されている「主体的で対話的な深い学び」
先生方の多様な信念や教育観がぶつかり合うであろう「カリキュラムマネジメント」
いずれも、先生方一人ひとりが主体者となり、真実を分かち合っていく対話が求められていく。
それを全校先生が一丸となって取り組み続ける葵小学校と市村校長のチャレンジ。今年度もイキイキと始動!
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どちらの記事も、読んでいて涙が出ました。
本当に過酷で忙しい状況の中で
ヘトヘトになって疲弊しながらも
子どものためにと真摯に向き合ってくれている
現場の先生たちがたくさんいる。
保護者も子どもも、先生たちも
誰もが真実から対話できるような学校が
全国に広がっていくことを願います。
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