茂木健一郎さんがこんなふうに
書かれているのを読みました。
人格は、いわゆるビッグ・ファイヴ
開放性 Openness、
誠実性 Conscientiousness、
外向性 Extraversion、
協調性 Agreeablness、
神経症的傾向 Neuroticism
で記述されるが、興味深いのは、「正解」がないことである。
「知性」には正解がある。
問題には答えがあり、命題には証明がある。
最適化は、関数が与えられれば、パラメータ空間の中で正解がある。
将棋や囲碁は、次の最善手という最適解を求める試みである。
しかし、人格には、そのような最適化、正解がない。
たとえば、外向的な人は、内向的な人に比べて、コミュニケーションなどの点で有利で、望ましいように思われるけれども、実際には内向的な人にはそのユニークな意味がある。
内向的な人にしか気づけないことや、そのような人にしか担えない役割がある。
神経症傾向(neuroticism)は、くよくよ悩んだり、迷ったりすることで、通常は困ったことのように思われるけれども、実際には神経症だからこそ、できることもある。
たとえば、映画監督のウディ・アレン。
ウディ・アレンは明らかに神経症的で、その映画は、そのような傾向を全面的に出したものだけれども、だからこそ表現できること、描ける物語がある。実際、ウディ・アレンの映画は、その神経症的傾向の一つの果実であるとも言える。
進化の過程で、さまざまな性格的傾向の多様性が残ってきたのは、それぞれの性格に意味があったからだと考えられる。
性格には正解がない、多様性こそが大切なのだ、ということを心にしみこませて、自分自身のユニークな人生を送りたい。
私は、ウディ・アレンの映画が大好きなので
共感しながら読みました。
人の人格には本来
「正解」なんてないんですよね。
でも
私は、無意識のうちに
敏感、繊細、内気、恥ずかしがり屋、消極的
そんな人格に「×」をつけ
そしてそのかわりに
明るい、元気、積極的
そんな人格には「○」をつけていました。
だから
繊細で内気な我が子を
受け入れらませんでした。
子どもたるモノ
元気で明るく外遊びが好きで
身体を動かすことが好きで
積極的に友達を求め
いつも無邪気でケッロとしているものだとばかり
思っていました。
でも、
自分の子は
そんなステレオタイプの子どもとは
正反対のタイプ。
もっと他の子と同じようになってほしい
もっと元気で明るくてハキハキして
何でも積極的に挑戦するような子になってほしいと
ずっと思っていました。
でも、
ようやくわかりました。
人は多様で正解はない。
内向的で
慎重で
繊細であることは
欠点ではない。
繊細な子を育てる
お母さんの苦しさの中には
その繊細さという人格に
「×」をつけてしまっていることから
やってくる苦しさもあります。
あなたの中は
どんな
「○」「×」の判断があるか
静かに見つめてみてくださいね。
その
「○」「×」を手放すことで
どんな特性も
受け入れることができるように
なりますよ。
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