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   ☆猫と暮らして35年☆肖像画を描いています☆



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「猫にかまけて」町田康

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町田さんは作家で詩人でパンク歌手でもある大変な才能の持ち主であり、
私の最も尊敬する人の一人である。
詩人としては萩原朔太郎賞、作家としては芥川賞、川端康成賞、そして最高峰である
野間文芸賞など、多数受賞している凄い方で、小説はどれも人間存在の普遍的なテーマ
に迫っている。
人間の本質は不条理なものでそれを追求していけばカオスにはまり込んでしまうが、
町田さんは豊富な言葉を自在に操ってその狂気をとことん表現する。
しかし、この「猫にかまけて」から始まる写真猫日記のシリーズ三冊は、「狂気は常識を
知らなくては描けない」
という筒井康隆氏の言葉が思い出される通りの意外なほどの常識人である町田さんの姿と
その想いに満ちている。

半端でない猫観察と人間観察。ココア、ゲンゾー、ヘッケ、奈奈という異なる個性を持った
猫たちとの日々を綴る言葉は愛に溢れており、真摯に命と向き合う姿に感動を覚える。
始めの方は面白すぎて笑いっ放しだが、後半は涙涙…である。

「どうでもいいようなことで 悲しんだり怒ったりしているとき
 彼女らはいつも洗練されたやりかたで 人生にはもっと重要なことが
 あることを教えてくれた」(あとがきより)

この本は「猫の手帖」に平成12年から連載された、私の一番好きな
猫について綴られた本である☆

猫ジャンプ!!

これは何?


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答えは

週末に娘からプレゼントされた…



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携帯用

「猫ジャンプ!!ストラップ」

瞬間の動きを的確にとらえ、表情も見事。
小さい掌と指にそれぞれ小さな小さな肉球が付いており
可愛く丁寧な作りになっており好感度大☆

「ルドルフとイッパイアッテナ」

ぼくルドルフ、そして兄貴分イッパイアッテナのとびきりゆかいな
のらねこ生活。ぼくたちの知恵と勇気と友情の物語。
(「BOOK」データベースより)

ミッチーさんのコメントで思い出した
「ルドルフとイッパイアッテナ」は
昭和61年度の講談社児童文学新人賞入賞作。
厚い本で270ページある。(続編2冊)

岐阜に住むルドルフがひょんなことで
東京の江戸川区に来てしまう。
そこでイッパイアッテナとめぐりあい
人生に必要なことを少しづつ学んでいく。

杉浦範茂の絵も大好き。

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読みだすと止まらない、ハマる、という
子供+大人が多数いる、この斎藤洋の傑作物語が
Youtubeで見られるので御紹介。





「ノラネコの研究」

ミッチーさんのコメントでこの本を思い出したので
記憶の糸をたどってみた。

著者の伊澤雅子さんは琉球大学の教授で、確か専門は
動物行動学。

白黒ブチの「ナオスケ」の一日を、その伊澤さんが
24時間密着取材したレポートに、絵本作家の平出衛さん
が絵を付けたもの。

ナオスケはオスだから自分のテリトリーを一日1回は
巡回したと思う。
猫だから寝る子、1日18時間だか20時間だかナオスケは
寝ている。
その間、雅子さんは観察者としての距離を保ちアンパン
をかじりながら、じっと待っている。

子供向けに書かれていても、生半可な取材とは異なり、
尋常でない集中力でひたすら対象の行動を捉え学術的に
観察しているのは驚異的だった思い出がある。

これは絵本の為の企画というよりも、伊澤教授が学者と
してプロのフィールドワークをやりその記録をイラストに
した、という気がする。
それ故に又ユニークな本であり、こんな絵本は他にない
と思う。

もう1度読みたくなったので探してみたけど、家の本棚
にはなかった。
とすると、娘とともに図書館に行って借りてきたのか。

あの頃、寝る前の読み聞かせは日課であり、娘以上に自分
も楽しんでいた気がする…
そんな日々が思い出されて少し懐かしかった☆


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百万匹のねこ

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いちばん好きな猫絵本と言えばこの作品。
作者はボヘミア出身のアメリカ人ワンダ・ガアグ。
1928年初版。なんと86年も前の作品である。
ワンダと言う名前で分かる通り作者は女性だ。


老夫婦には子どもがおらず寂しかったので、おじいさんはそれを紛らわそうとねこを拾いに出かける。
ところが途中丘の上で百万匹のねこたちと出会う。
おじいさんはぞろぞろと百万匹連れておばあさんのもとへ帰る
しかし…家で飼えるのはたったの一匹。
それで夫婦はいちばん可愛いねこを飼うことにした。
すると百万匹のねこたちは…

といった、とんでもない発想の話◎
その後の展開がまたシュールで呆れるが面白い。
木版画も見事にデフォルメされ、画家としても独特の世界を持っており素晴らしい。
訳も、あの石井桃子さんである。リズミカルな言葉が美しい☆

猫の本

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仕事部屋の本棚には
猫の本が飾ってある。

そこにいるだけで
不思議と心が落ち着くのは

彼らが家の「守り神」だからと
昔から思っている☆

「ドラゴン・タトゥーの女」 ルーニーからリスベットへの変身

ルーニーから
リスベットへ
の変身の様は
本来私が描かなくては
いけないのなのだけど

このカイル・ランバート
という人が
iPADを使って一本指で
描いたという
肖像が完璧なので
紹介させて頂くことにした

見事です☆


「ドラゴン・タトゥーの女」 

久しぶりのブログ更新。
映画の興奮が冷め止まないうちに書かなくては。
急いでね。何しろ気分の変化が激しくて。


さて、この映画。ルーニー・マーラが演じたヒロインの
リスベット。
左肩甲骨あたりにタイトルのごとくのタトゥーをして、
眉鼻口など顔面にピアスを複数付けている。

スウェーデンのオリジナル版三部作はともかく、
かつてこの種のキャラは、どんな映画の中でも、単なる
登場人物の一人にすぎなかったと思う。
主人公になることなどありえなかった。

ピアス、タトゥーは、「リスカ」などと同じ心の叫びの
表現であり、自傷である場合が多い。
トラウマを背負い闇を抱えている。
まずそこに惹かれた。

「セブン」「ゲーム」「ファイトクラブ」などのダークな
感情世界の表現を得意とするデヴィッド・フィンチャー
監督は、このところ「ベンジャミン・バトン」や
「ソーシャル・ネットワーク」などやや傾向を異にして
いたが、これは以前に近いテイストに戻っておりうれしい。

監督はこの映画が「中年ジャーナリストと社会的に人権
を奪われた二十代の女性のラブストーリー」であると述べ
ている。

だから、横溝正史の「ナントカ家の一族」のような数十年
にも渡る歴史的などろどろ狂気富豪一族題材の話、にも拘わらず、
描かれるのは二人の異質な個性の出会い、関わり、そして
想いなのだ。

その辺がエンターテインメント映画としてうまく大衆に
アピールする秘訣であることを心得ているのは当然なのだろう。
何しろハリウッド映画なのだから。

りスベットは天才的調査員だが、精神面で何らかの障害
を負っている。
故に一方では、それを補うように脳に異常発達した部分
があるのだと思う。
アウトサイダー・アートの、ハンデを背負った人たちの
超越した作品群のように。

その集中力は並み外れている。尋常でない速度でことを
やり遂げる。
本人の行動原理は、己の「痛み」から発しているかのよう
で何か切ない。
切なさは私にとっては快感。
それでこの映画は私にとって、お気に入りの一本
になった次第。

(オリジナル版2009年の「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」も
 見てみたくなった)


ところで、
いきなりレッド・ツェッペリンの名作「移民の歌」のカバー曲で
始まるオープニング映像に、これは予備知識なしでまず度肝を抜かれた。

これはリスベットの悪夢の映像化なのだという。

そして、早速,YouTubeに上がっているのにもびっくり。

歌詞の初め部分

We come from the land of the ice and snow
From the midnight sun where the hot springs blow.

……我々は氷と雪の国からやってきた
           熱い泉の湧き出る白夜の地から……

この移民というのは北欧からイギリスなどに渡ったヴァイキング達
のことを歌っている。
氷と雪のスウェーデンが舞台(ロンドンも登場)のこの映画、
正に愛応しい選択で素晴らしい。




遠い日の画像 2

高校三年の時
小学生の時の友人と久しぶりに会い 
クラスメイトの話題で盛り上がった。

バイクで壁に激突し既に亡くなっている
級友がいた。
「そういえば彼は昔から無鉄砲なところが
あったからな」などとクールに言いながらも
内心衝撃を受けていた。

自分はバイクにはねられたが生き延びている。
しかし彼はあっけなくこの世を去った…

この一瞬の生死の分かれ道には何があるのだろう。
神の領域ということなのか…

友人は自称情報通だった。

「ああそうそう、E子さんのこと覚えてるよね?
 学級委員で、目立つ子だったからね。
 
 F女学院に俺の知り合いがいてさあ、
 裏情報なんだけど、卒業したら彼女
 結婚するんだってさ。
 まあ驚いたね!

 しかも、その相手が同じ高校の教師だって
 言うんだ」 

いきなり…E子さんの話題。

彼女に何があったのか知らない。

早すぎる結婚が意味するものは…
誰もが想像する範囲のものでしかない。

心の奥深い所に波紋が生じ
次第に広がっていく…

いつか又会えると思っていたから?
それが叶わなくなった気がするから?

言葉にできない感情が胸をよぎり
僕はおしゃべりな友に言葉が返せなかった……



あれから
また長い月日が経った。

普通よりかなり遅れて僕も社会人になっていた。

その日、E子さんがあの時住んでいた
家の近くを車で通る機会があった。

あの日以来、僕がそこに来ることはなかった。

昔は雑草だらけで飛び石の置かれていた道だった。
でも今はアスファルトが綺麗に
奥まで敷き詰められているのが見える。

僕はもう一度だけそこを見ておきたい
衝動に駆られていた。

車を通りに止めて路地に入った。

暫くの間歩いて右に折れると、短い階段があった。
そこを上ってゆるい坂道を行くと
見覚えのあるフェンスの中の芝生に続く
木立がそこにあった…

……ヒヨドリの声は聞こえなかった……
あたりはしんと静まり返っている。

どの枝にもみかんの挿してある形跡はなく、
玄関から、誰かが出てくることもなかった。

昔E子さんの住んでいた家のあった場所、
そこには建物が存在しておらず、空き地になっていた。
あたり一面背の高い雑草に覆われていた。

「ミャオウ」
突然猫の声がして振り向くと、黒い猫が
雑草の間から現われ僕を見た。

しかし次の瞬間、隣りの家の塀の上に
すっと飛び乗ると、奥に見える木々へと
向かってゆっくりと歩いて行き…
やがて見えなくなった。

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遠い日の画像 1

すあれからどれほどの年月が
流れたのだろう。

今は昔…
僕にも子供だった時代がある。


一度バイクにはねられ足を骨折した。
しかも、橋の上でとばされて
危うく川に落ちるところだったと言う。

足にギプスをはめ、家で意気消沈していた時、
同じクラスのE子さんが御見舞に来てくれ
児童書をプレゼントしてくれた。

題名は「空飛ぶ木馬」
アラビアンナイトものだったと思うが
話はまるで覚えていない。

何故だろうとしばらく考えて思い出した。
僕はその本を、実は読んでいなかったのだ。

初めにカラーの口絵があり
それで僕はもう読み終わった気にもなった。

いつか読もうとは思った。
けれど僕は大変な面倒くさがり屋で
結局その本は本棚に入れっぱなしにされた。


僕はその夜 E子さんの突然の来訪に
興奮してなかなか寝つけなかった。

E子さんはクラスでも際立ったお嬢様タイプ。
しかも学級委員の優等生。

彼女の家は比較的僕の家から近かったが
登校ルートとは反対方向で、

車の入らない狭い路地を抜けて
階段を昇る必要があった。

僕は以前から登校時わざと遠回りして
度たび彼女の家の前を通り、

横目で二階の彼女の部屋とおぼしき
レースのカーテンの掛った窓辺を
ちらちらと覗きながら歩いたりした。

ある朝、僕が芝生のある門の前を通過した時、
ヒヨドリがキーキーと鳴いて木立に
何羽か止まっているのに気がついた。

良く見ると半分に切ったみかんが幾つか
枝に挿してあり、
鳥たちは、くちばしを
差し込んで一心に食べている。

その様子に目を奪われていると、
突然玄関が開き、中から人が出てきた。

僕は慌てて足早に通り過ぎようとしたが
ゴミ袋を両手に下げたその女性と
眼と眼が合ってしまった。

痩せて長身の熟年女性は
穏やかな微笑を見せ軽く会釈した。

それはE子さんのお母さんに違いなかった。
笑顔が驚くほど似ていた。

そして次の瞬間僕の胸はドッキンと波打った。

「この人は僕を知っている!
僕がいつも覗いているのを知っている!」

そう直感すると顔が熱くなって
たちまち赤面していくのを感じた。

恋愛感情未分化でその認識は曖昧
だったのだろう。
しかし興味を持つということは
心が動いていると現れである。

あのお母さんはそのことを知っていたのに違いない。

僕はそれ以来彼女の家の前を通るのを
やめてしまった……


それからE子さんに会うことは無かった。

そして次第に彼女の姿は脳裏から消えていった。

ある日僕は家で、サリンジャーの
「ライ麦畑でつかまえて」を読んでいた。
そして…読み終わった時、僕はハイになっていた。

何かをやり残している気がした。
本棚に目をやると、隅の方に
あの「空飛ぶ木馬」が見えた。。

本を手にとってぱらぱらとめくった。
すると中から小さな紙片が落ちてきて
ひらひらと床に舞い降りた。

それを手で拾うと…突然脳裏に閃光が走った。

瞬間、僕の意識は離れ、突然浮かび上がり
まるで幽体離脱でもしたかのように
天井の隅の方から眼下の光景を俯瞰していた。

…あの日に…戻っていた…

ギプスの巻かれた足で布団に横たわる自分、
そして傍らで本のページに小さな紙片を
差し込んでいるE子さんの姿が見えた。

「体はここに在っても、心は木馬に乗って、
遥か彼方の遠い国へ旅する事が出来る」

あの時、E子さんはそんなことを言っていた。
だから「空飛ぶ木馬」をくれたのは
動けない僕に対してのメッセージだと思っていた。

でも…本当はそうではなかった。
彼女が伝えたかったのは自分のことだった。

紙片にはこう書かれていた。

「今度引っ越すことになりました。
 今まで私のことをずっと気にかけて
 くれてありがとう。
 いつの日か私、きっと空飛ぶ木馬に乗って、
 自由に世界を駆け巡るからね。
 この本は私の一番好きなお話です」


<遠い日の画像 2>へ続く




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