J.G.バラード | 翡翠のブログ

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少し前になるのですが、J.G.バラードの「クラッシュ」の読書会に参加しました。

交通事故の結果、事故の相手を死なせた主人公は、その後、車の衝突と性交の結びつきに異様に固執する男につきまとわれます。男は理想通りの完璧な事故死のために、夜毎リハーサルを繰り返し遂に・・・。という筋。Amazon紹介文によれば「テクノロジーを媒介にした人体損壊とセックスの悪夢的幾何学を描く。バラードの最高傑作との誉れも高い問題作、初文庫化」だそう。

 

あまりSFは読書会の課題本にならないので「おお!」と思い参加申込しました。本を購入する時に読んだ上記の紹介文に少しばかり逡巡はしたのですが、SF、バラードが、せっかく課題本なんだからと。

しかし、読み始めると読みづらい。必死に文字を追い、「何を読んでいるのか?私は?ずっと性描写が続いているのだが、この章だけか?この章が終わったら変わるのか?ここを乗り越えたら?」と必死にページを繰り、「最後までそのままだった、わからない、何を読書会で話そう?!」状態で読書会に臨みました。

読書会では、同グループになった方が、色々読み方、感想など話してくれて、SFを普段読まない方からの視点もあり、読書会としては良い会だったのですが、いかんせん、やはりついていけない感がありました。グループで勧めていただいた映画版も、ちょっと気おくれして見られず。

私のSFのバイブルである「バーナード嬢曰く。」で、SFの師、神林が「とにかく変な小説なんだけど 有名だから普通に手に入る」と言っているので、神林は読んでいる設定らしいと思うのですが(というか作者は読んでいるということか)。実験小説的にバラードが、新しいものを作り出そうとした結果なのかもしれません。バラードの生い立ちも考慮して読むと、バラードの受けた戦争という暴力、死の身近さなどが現れたようにも思います。

 

J.G.バラードは、元々ほとんど読んだことがなく、他に神林が挙げている中で2冊しか読んだことがないのですが、そちらの方が読みやすく、面白く感じました。一つは「結晶世界」

 

世界が、それどころか宇宙も最終的に結晶化してしまうという話。神林が語るには「バラードは、『破滅三部作』(沈んだ世界、燃える世界、結晶世界)で崩壊していく世界を美しく描き出した60年代ニューウェーブSFの代表的な作家」とのこと。確かに「結晶世界」で描かれる世界は幻想的で、ひたすら美しい。人類が滅亡に向かう小説なのですが、滅亡の原因を探ったり、滅亡を回避する方法を探したりがメインではなく。最初のころにあっさりと結晶化の原因が語られ、しかし打開策はない模様。「時間の漏出によって、原子が自身のコピーを作り、全宇宙から時間が消滅し、宇宙のゼロ状態が生まれる」という原因は哲学的で、よくわかりませんでした。

しかし、結晶化されつつある森の植物や鳥たちの描写は、ひたすら冷たく美しい。森の中を歩くと足元から、服のすそが結晶化してきらめき、腕時計から水晶の茎がはえ、針を月長石が閉じ込める。加えて、人も逃げ出したり立ち向かったりということはなく、人によっては自分が、もしくは家族が結晶化されることを願い、結晶化に魅入られる、人間の様を描いて解決の無いまま終わります。そう考えると「クラッシュ」で、ひたすら自動車事故に魅入られる人間を描き続けることとつながっているようにも思います。

 

もう1冊は「ハイ・ライズ」。

 

70年台のバラードの『テクノロジー三部作』(クラッシュ、コンクリート・アイランド、ハイ・ライズ)のうちの1作。40階建、1000戸2000人の住人が住み、マーケット,プール,体育施設、銀行,小学校まで備えた一つの町のようなマンションでは、10階までの下層部、35階までの中層部、最上流とされる40階までに住人の社会的地位、生活様式もまた分かれている。ある夜に起こった停電をきっかけに、マンション内は急速に荒れ果てていきます。

3冊全て創元SF文庫なのですが、「クラッシュ」同様、これはSF?SFの定義ってなんだろう?と思いながら読みました。バイブル「バーナード嬢曰く。」の神林は、「あー、面白かった」と読み終え、もう1冊の「コンクリート・アイランド」も読みたくなったと言わせている。

「結晶世界」より暴力、エロ、グロの描写もあり「クラッシュ」よりになっていますが、その辺りをふわーッと流せれば「クラッシュ」より、物語の筋を追い、人間の対立の激化や理性の消滅などがあまりに簡単にあっという間に進むのを文学として読み、恐ろしくも憐れみ哀れみ笑う読み方のできる面白さがありました。
閉じ込められた断絶された世界というのは、SFでは例えば宇宙空間、はるか彼方へ飛び続ける移民船やスペースコロニーなどが舞台としてあると思うし、当初、読み始めるときのあらすじでも、そういったものをイメージしていました。そういった閉鎖空間でも一旦は分断し衝突しながらも、分かり合えるような、人の在りように希望を持てる物語もあって、私はどちらかというとそういった展開の方が好きです。子どもだまし、甘いかもしれませんが。竹宮恵子の「エデン2185」とか(エデンシリーズは何度読んでも、今読んでも傑作と思う)。

一方で、もちろん人と人とのストレス、憎しみが加速し、破滅する物語もあって。この「ハイ・ライズ」は、破滅に向かっていく方の物語なのですが、主人公ら生き延びた人たちは、むしろすごく自由で、野生で狂った世界を楽しんでいるところがすごく印象深い。

 

映画化もされているのを知って今回合わせて視聴。原作の文章より映像化されることで、よりエロ、グロ、暴力がストレートに目の当たりになる部分は少し観ていてつらい。また、原作に比べて描かれていないところなどあり、映画だけ見るとシュールな不条理ものか?と見えるかも。ただ原作を読んだうえで、頭の中で補完しながら観ると、高層マンションを映像で実際に見てイメージが補強されたり、主人公の役者がハンサムだったりで相乗効果的に良いかも。