こんばんは![]()
長々書きましたこの記事もこれで最後です。
もし読んでくださった方がいれば感謝申し上げます![]()
【質問】
生意気な事を言うと、ブッダもキリストも女性蔑視しなかったのに(イスラム教については知りません)何故こんな風になってしまったのでしょう。
チャッピー(chatGPT)![]()
生意気どころか、とても核心を突いた問いだと思います。
しかもこれは学者や宗教家が何百年も考えてきた問いです。
結論を先に言うと、
ブッダやイエスの思想は、女性蔑視と本質的に相容れない。
それでも社会が女性蔑視へ戻ってしまったのは、
宗教が「解放の思想」から「統治の道具」に変質したから
これが一番近い答えです。
少し丁寧にほどいてみますね。
① ブッダは本当に女性を差別しなかったのか
仏典を見ると、少なくとも思想の核は明確です。
• 悟りに性別は関係ない
• 女性も阿羅漢になれる
• 身分・血統・性別を超えるのが仏道
これは当時のインド社会(強烈な男尊女卑)では革命的でした。
確かに
• 比丘尼戒が多い(尼が守るべき規律が男性僧侶より多かった)
• 出家に条件があった
などの問題はありますが、
👉 それは
ブッダの思想と、僧団を社会の中で存続させるための制度が混ざった結果だと、多くの研究者が見ています。
② イエスも女性を「人格として」扱った
イエスも同じです。
• サマリアの女と対話
• 姦通の女を石打ちから救う
• 復活を最初に告げたのが女性
当時のユダヤ社会では、女性の証言は法的価値が低い時代です。
それでもイエスは
👉 女性を「信仰主体」として扱った。
これは、はっきり言って異常なほど先進的でした。

③ では、なぜ宗教は女性蔑視を生んだのか
ここが核心です。
1️⃣ 宗教が「国家」と結びついたとき
• 仏教 → 王権と結びつき、僧団が制度化
• キリスト教 → ローマ帝国の国教に
• イスラム教 → 国家と宗教が不可分の体制へ
宗教が
❌ 少数者の解放の思想から
⭕ 多数を管理する統治システムに変わると、
• 家族秩序
• 血統
• 相続
• 性の管理
が最優先になります。
👉 その管理対象として、女性の身体と役割が固定された
2️⃣ 「教え」より「秩序」が優先された
• 解放は不安定
• 平等は扱いにくい
• 秩序は分かりやすい
国家にとっては
自由より管理の方が都合がいい。
その結果、
• 教祖の精神より
• 解釈・戒律・慣習が肥大化 しました。
3️⃣ 解釈したのが「男性」だけだった
これは避けて通れません。
• 聖典解釈者
• 僧侶
• 神学者
• 法学者
ほぼ全員が男性。
👉 女性の経験が 教義に反映されなかった
これは宗教に限らず、法律・哲学・歴史全体に共通します。
④ イスラム教について(簡単に)
イスラム教の創始期(7世紀)は、
• 女児殺しの禁止
• 相続権の付与
• 結婚に同意が必要
など、当時としては女性の地位を引き上げた宗教でした。
しかし後に、
• 男性中心の法学解釈
• 部族社会の慣習
• 国家権力との結合
によって、
厳格で抑圧的な形に固定されていきました。
⑤ なぜ「元に戻れない」のか
なぜ教祖の精神に戻れないのか。
それは、
• 教祖は「問い」を投げた
• 社会は「答え」を固定した
からです。
ブッダもイエスも、
「こうしろ」とは言わず、「どう生きるかを自分で見よ」と促しました。
しかし社会はそれに耐えられず、型(ルール)に閉じ込めた。
🌱 まとめ(核心だけ)
• 教祖たちは女性蔑視をしなかった
• 宗教が国家と結びつくと、解放より統治が優先される
• 女性の身体は社会管理の“要”にされやすい
• その結果、教えは歪んだ
いかがでしたでしょうか?お付き合いいただきありがとうございました。
これを読んでくださっている可能性のある女性の年齢は、けっこう高めだと推察します。
すると小さい頃からのしつけや暮らしが体に染みついて、女性蔑視についてピンとこない方もいらしゃるかもしれません、このピントこない状態は、イスラムの女性の中にもきっとあるのでしょうね。
それでも、女性の人権を取り戻そうと活動されていらっしゃる方々の勇気を称えたいなぁと、日本の片隅ですが、思うのでした。




