おはようございます![]()
しおらしい事書きますが![]()
昨夜遅くの義父親の逮捕のニュースで
私もせんでもいいのに、ネットを見て回ったり、TVのニュースを見たりして
すっかり怖くなってしまい、寝付けなくなってしまいました。(いらんことをして自業自得ですが)
かばんや靴を撹乱のために置き回ったり
今朝のニュースでは、ご遺体自体の置き場を変えていたのではないかなど(NHKニュースより)悪魔の所業ではないですか?まだ10歳のなんの恨みもない子供ですよ。恐ろしいし、許せない事件ですね。
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ちょっと疑問がわいてAIさん(ChatGPT)に質問してみました。
『変なこと聞くんですが 今朝散歩の時、公園の大きな桜が、もう花が散って地面が花びらで覆われていました。
きれいだなと思いながらも、 花はなんでせっかく綺麗に咲くのに枯れるのかなあ 、桜のように散る物もあるし、茎についたまま枯れる花もありますよねぇ あれは、人で言うと老化現象なのでしょうか?』
(ChatGPT)いい質問ですね。
結論から言うと、
花が枯れるのは「老化」に近い部分もありますが、実はそれ以上に「役目を終えたから」という意味合いが強いんです。
花は「短い命のために作られている」
植物にとって花は、葉や根と違って
ずっと生き続ける部分ではなく、「繁殖のための特別な器官」です。
咲く → 虫や風に受粉してもらう
受粉する → 種(子孫)を作る
役目終了 → 枯れる
つまり、人間で言えば
「一生そのもの」ではなく、
ある役割のために現れて、終わったら消える存在なんですね。
桜が「散る」のはなぜ?
サクラは特に特徴的で、
花びらが一気に散りますよね。
これは実は偶然ではなくて、
受粉が終わると、花の付け根に「切り離す仕組み」ができる
風が吹くと、一斉に落ちる
こうすることで、
エネルギーを実(さくらんぼの小さい元)に回す、新しい葉を出す準備をする
という「次の段階」に進むんです。
茎についたまま枯れる花との違い
花には大きく2タイプあります。
① 桜タイプ(散る花)
花びらが落ちる
見た目が「美しく終わる」
② 残るタイプ(しぼむ花)
茎にくっついたまま乾く
そのまま種になることも多い
どちらも本質は同じで、
「種を残す」という目的を終えたあとに姿を変えているだけです。
人間の老化と同じ?
似ている部分と、違う部分があります。
★似ているところ
時間とともに機能が衰える一定のサイクルがある
★違うところ(ここが大事)
花は「最初から終わりまでが設計されている」
人間は「できるだけ長く生きるようにできている」
つまり花は
👉「役目を終えたら終わる存在」
人は
👉「できるだけ続く存在」
なんです。
■ 少し仏教的に見ると
桜が散る姿は、まさに
無常(すべては変わる)の象徴ですよね。
でも悲しいというより、咲くときは一心に咲く
終わるときは執着なく離れる
その潔さに、私たちは「美」を感じるようです。
■ 最後に少しだけ
人間の老化は「衰え」ですが、
花の終わりはむしろ
👉「次へ渡すための変化」です。
だから、あの桜の花びらもただ終わったのではなく、
次の命の途中にある姿なんですね。
えっと、植物と人を同列で見たり考えるのがそもそもの大間違いだと
説明を読みながら感じました、というか気がつきました。あほですよね~
というのも、説明の途中で【ある役割のために現れて、終わったら消える存在】と聞いて、それじゃあ女性の【生理】みたいな感じかな?なんて思ったけど、そもそも生態の仕組みが全く違うのにわざわざ同じように考えようとするなんてナンセンスでした。![]()
人は(私は)擬人化というか、ついつい自分たちと同列で見て
植物や他の生き物に対してまで、喜んでみたり悲しんでみたりしてしまうんでしょうね。
話はそれますが、以前に、動物は「死が怖くない」という文章を読んで、「そうなんだ、そうかもなぁ」と思ったのです。畏れないという意味では植物も動物も人より強い部分があるのですね~







