1153年ということは平安時代
大阪市周辺はおそらく西側半分はまだ海だったのでは?
このあたりは海からは離れていたけれど
淀川も比較的近くにある湿地帯だったのですね(今はまったくその影はない)
それにしても「鵺(ぬえ)」って・・・
自分の頭の中にあるのは『鵺の鳴く夜は恐ろしい』のフレーズ
(横溝正史の小説「悪霊島」のキャッチコピーですね)だけです。
鵺は、平安時代末期に天皇の住む御所・清涼殿に夜毎出没し、天皇を悩ませた妖怪とされています。これを源頼政が退治したという伝説が「平家物語」や「源平盛衰記」などの書物で語られています。
鵺という言葉は、もともとトラツグミの別名で、夜に悲しげに鳴くことから、不吉な兆しを知らせるものとイメージされていました。その後、さまざまな動物が合体した妖怪として描かれるようになったとされています。
トラツグミのトラが妖怪鵺の手足の模様になったのかな?
そんなに怖い声ではないけどなぁ、美しい声
夜中に聞くと違うのかな?
さて妖怪鵺の想像図はこちらです
頭が猿、体はたぬき、四肢は虎、尻尾はヘビなんですよね
当時の「怖いもの」総動員って感じがしますね。
妖怪としては
鵺の「妖術」は、一般的な意味の術技ではなく、鵺の存在自体が、災いを呼び込む力や、不吉な兆候を知らせる能力として捉えられていたことを示しています。
その鵺が源頼政によって退治されて淀川に流されたという情報は
この地にそんなに早く伝わっていたのかな?
船で流れ着いて、その中にこんな妖怪が死んで乗っていたら、住んでいた人々はそれはそれは怖かったでしょうね。
その躯を船から引き上げてお祀りしてあげたなんて
ちょっと優しい人たちが住んでいたんだなぁとか、想像してしまいました。
なんとなく商売の街大阪というイメージですが当然のことながら
平安の昔からも、みゃくみゃくと、人々は暮らしていたんだなあぁと感慨にふけりました。






