おはようございます太陽

 

SNSで現代短歌を見かけました

現代短歌とは

伝統的な決まりに縛られず、口語(話し言葉)や現代の言葉を使い、個人の日常生活やリアルな感情を自由に表現する短い詩のことです。

 

どれもとても素敵なのでいくつかご紹介したくなりました。

 

岡本真帆さん
「ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし」

 

大松達知さん
「誤植あり。中野駅徒歩十二年。それでいいかもしれないけれど」

 

木下龍也さん
「愛された犬は来世で風となり あなたの日々を何度も撫でる」

 

俵万智さんの子育て短歌
「最後とは知らぬ 最後が過ぎてゆく その連続と思う子育て」
「振り向かぬ 子を見送れり 振り向いた ときに振る手を 用意しながら」

 

木下龍也さん

「いつからか頭の中で飼っている 悩みがついにお手を覚えた」

 

佐々木あららさん
「遺書の「遺」を書きまちがえて塗りつぶし  みっともなくてまだ生きている」

 

枡野浩一さん
「肯定を必要とする君といて 平気平気が口ぐせになる」

 

加藤千恵さん

「燃やすとき公害になる」補聴器の電池を抜いた 入棺のとき

 

雲はメタんご星人さん

「ドトールなう」つぶやく君のドトールは ここじゃないのかいまじゃないのか

 

デレデレいかがでしたか?心を鷲掴みにされるってこういうことですね。

私は臆病だからなかなか短歌がかけないです

俳句や短歌って、だれかの目にとまることが前提な感じがするのです。

もっと心を開いて、日々のことを短歌にできたらいいなと思いました。

 

ーおまけー

サラリーマン川柳です

 

 

 

 

 

おはようございます雲

 

も~、「夕立」っていったら災害レベル、なんでなん???

そしてまったく涼しくならない。湿度があがるだけ。

 

雨 雨 雨 雨 雨 

盆踊りマスターのぽぽろんさんに叱られそうです( ̄▽ ̄)

落ち着いて思い出せば違う曲だと思うのに

「東京音頭」=「三波春夫さんが歌ってる姿」と頭の中でごっちゃになってました。

三波春夫さんが歌って大ヒットしたのは「東京五輪音頭」ですね。

 

 

 

ウインク簡単な解説です

 

🎐 東京音頭(1933年)
初出:1933年(昭和8年)に「東京音頭」として発売   
※原曲は1932年制作の「丸の内音頭」。

作詞:西條八十/作曲:中山晋平 
歌唱:小唄勝太郎・三島一声(レコード化) 

特徴:都会の盆踊りを盛り上げるために作られた新民謡。

東京の地名が多数登場し、景気づけの「都市の祭り歌」として大ヒット。
発売当時だけで約120万枚を売り上げたとされる。 
現在も盆踊りの定番曲で、東京ヤクルトスワローズやFC東京の応援歌としても使用。 

曲の性格:  「東京の街を元気づけるための盆踊り歌」。
昭和初期の新民謡ブームを牽引し、全国的な“ご当地音頭”ブームの火付け役となった。 

🏅 東京五輪音頭(1963年発表/1964年東京オリンピック)
発表:1963年6月23日(オリンピックデー) 

目的:1964年東京オリンピックの公式テーマ音頭(NHK制定) 

作詞:宮田隆/作曲:古賀政男 
初歌唱:三橋美智也(発表時) 
代表的歌唱:三波春夫盤が大ヒット(1964年末までに約130万枚) 

特徴:レコード会社各社が競作で同曲を発売する異例の展開。
戦後復興を世界に示す大会としての「東京五輪」を祝う国民的応援歌。

曲の性格:  「戦後復興を成し遂げた日本を世界に示すための国民的祝祭歌」。
盆踊り調で親しみやすく、全国的に広く歌われた。

 

ニヤニヤどちらも私の子供の頃(50年前)は盆踊りで流れていました。

東京音頭が昭和生まれなのが意外です。もっと大昔からある曲だと思っていました。

「東京」と聞くだけで、憧れや華やかさを感じて盆踊りも盛り上がった気がします。

 

大阪市内では盆踊りが絶滅した地域が多いんですよ、きっとコロナで中止となり、そのまま消滅したのでしょう。昔は子供の数も多くて、小学校ごとに盆踊りがあって、子供も大人も小学校をはしごする人もいました。

 

うちの息子らの時代でも、盆踊りの日だけは門限がなくて

自転車であっちこっちの小学校をぐるぐる回っていたようです。

もう盆踊り自体が「懐かしい思い出」になってしまいそうです。

 

おはようございます太陽
 
今日おかげさまで夫が退院します。
経過はすごく順調で、やはり予防のうちに手術してよかったです。
ただ血圧コントロールは重要なようで、家でも安静が続きます。
 
熊あたま 熊あたま 熊あたま 熊あたま 熊あたま 
 
私の大切なブロガーさんのお一人
セラママさんの愛犬(お空にいます)セラヴィくんを描きたくなって描きました。
セラヴィくんはスピッツです。私は自分が小さい頃家でスピッツを飼っていたので
スピッツも大好きなんです、それでスピッツさんをブログで見つけて
お友達になってもらったのがセラママさんです。
 
セラヴィくんは本当によい子で
そしていつもご主人様がつくるご飯やおやつを食べるのが大好きでした。
毎回のように食事を待っている写真をアップしてくれて
それがとても愛おしく思って見ていました。

 

それをクーピーとシャーペンで描きました。

あんまり似てなくてごめんねあせる

 

たくさん歴代のにゃんこ、わんこを飼っていても

特別な子がいる人は多いと思います。

 

私にとってはそれは「ロビン」です。

ロビンの最期はこのブログの「ロビン」というテーマにまとめています。

 

ロビンが好きすぎてTシャツを作りましたが

もったいなくてずっと飾っています。

 

ロビンのことを想うとやっぱり泣き顔になります。

 

この大好きな「おすまし顔」で、「大丈夫、私はお空でたのしくやってるよ

おかあさんのこと みてるよ」と言ってくれているよう。

 

きっとセラママさんもずっとセラヴィくんのことを想って

暮らしていらっしゃるのよね。

 

ちなみにお気づきの方も多いでしょうが(読者のかたには)

令和の令くんはロビンの毛並みにそっくりです。

 

皮膚病が長いこと治らなくて、ペットショップから売り物にならないからと保護猫になっていた生後半年をすぎた令くんは、亡くなったロビンと姿形がそっくりでした。

体重まで同じでした。(メスのロビンは、特に小柄でした)

 

私はロビンを亡くした時は、新しい猫をお迎えすることは

考えてなかったけど、首のまわりの毛がすべて抜け落ちてダチョウみたいな令くんを

すぐ連れて帰ろうとおもいましたし

連れて帰ったら絶対に治るという変な自信があったのです。

実際にすぐに治りました。

 

今ではオスなので体つきはずいぶん大きくなって

ロビンとは姿形はかわりましたが

ロビンの導きでうちにやってきてくれたであろう令くんが

私の次の愛おしい子になりました。

 

ロビンと違って「阿呆っぽい」のが魅力の令和の令くん

 

(もちろんローラちゃん犬も他の猫ブタネコ黒猫ネコたちもそれぞれの気持ちで愛してますよ~)