おはようございます

 

本日、8 月 6 日を迎えました。広島に原爆が投下された日を思い、静かに祈りを捧げます。過去に苦しんだ方々の痛みを忘れず、今日という一日を丁寧に過ごしたいと思います。

1945年8月6日午前8時15分に、米軍のB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」により、原子爆弾「リトルボーイ」が広島に投下された(広島市への原子爆弾投下)。

これにより、一瞬のうちに14万人が死亡し、市街は壊滅した。

この歴史的悲劇から目をそむけないために、犠牲者の霊を慰め、世界平和を祈るために、この日に広島市では原爆慰霊祭が行われる。

 

↓今までに私が書いた原爆関係の記事です、もし気になる記事があればお読みくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(このあと

『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』も『戦場は女の顔をしていない』も読みました)

 

 

 

※昨年度の分ですが

子供達の平和への誓い


いつかはおとずれる、被爆者のいない世界。
同じ過ちを繰り返さないために、多くの人が事実を知る必要があります。

原子爆弾が投下されたあの日のことを、思い浮かべたことはありますか。
昭和20年(1945年)8月6日 午前8時15分。
この広島に人類初の原子爆弾が投下され、一瞬にして当たり前の日常が消えました。
誰なのか分からないくらい皮膚がただれた人々。
涙とともに止まらない、絶望の声。
一発の原子爆弾は、多くの命を奪い、人々の人生を変えたのです。

被爆から80年が経つ今、
本当は辛くて、思い出したくない記憶を伝えてくださる被爆者の方々から、
直接話を聞く機会は少なくなっています。
どんなに時が流れても、あの悲劇を風化させず、
記録として被爆者の声を次の世代へ語り継いでいく使命が、私たちにはあります。

世界では、今もどこかで戦争が起きています。
大切な人を失い、生きることに絶望している人々がたくさんいます。

その事実を自分のこととして考え、平和について関心をもつこと。
多様性を認め、相手のことを理解しようとすること。
一人一人が相手の考えに寄り添い、思いやりの心で話し合うことができれば、
傷つき、悲しい思いをする人がいなくなるはずです。
周りの人たちのために、ほんの少し行動することが、
いずれ世界の平和につながるのではないでしょうか。

One voice.
たとえ一つの声でも、学んだ事実に思いを込めて伝えれば、変化をもたらすことができるはずです。
大人だけでなく、こどもである私たちも平和のために行動することができます。
あの日の出来事を、ヒロシマの歴史を、二度と繰り返さないために、
私たちが、被爆者の方々の思いを語り継ぎ、一人一人の声を紡ぎながら、平和を創り上げていきます。


令和7年(2025年)8月6日
こども代表
広島市立皆実小学校 6年 関口 千恵璃
広島市立祇園小学校 6年 佐々木 駿

今年の文章はHPに上がり次第更新しますね。

 

 

おはようございます太陽

 

SNSで現代短歌を見かけました

現代短歌とは

伝統的な決まりに縛られず、口語(話し言葉)や現代の言葉を使い、個人の日常生活やリアルな感情を自由に表現する短い詩のことです。

 

どれもとても素敵なのでいくつかご紹介したくなりました。

 

岡本真帆さん
「ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし」

 

大松達知さん
「誤植あり。中野駅徒歩十二年。それでいいかもしれないけれど」

 

木下龍也さん
「愛された犬は来世で風となり あなたの日々を何度も撫でる」

 

俵万智さんの子育て短歌
「最後とは知らぬ 最後が過ぎてゆく その連続と思う子育て」
「振り向かぬ 子を見送れり 振り向いた ときに振る手を 用意しながら」

 

木下龍也さん

「いつからか頭の中で飼っている 悩みがついにお手を覚えた」

 

佐々木あららさん
「遺書の「遺」を書きまちがえて塗りつぶし  みっともなくてまだ生きている」

 

枡野浩一さん
「肯定を必要とする君といて 平気平気が口ぐせになる」

 

加藤千恵さん

「燃やすとき公害になる」補聴器の電池を抜いた 入棺のとき

 

雲はメタんご星人さん

「ドトールなう」つぶやく君のドトールは ここじゃないのかいまじゃないのか

 

デレデレいかがでしたか?心を鷲掴みにされるってこういうことですね。

私は臆病だからなかなか短歌がかけないです

俳句や短歌って、だれかの目にとまることが前提な感じがするのです。

もっと心を開いて、日々のことを短歌にできたらいいなと思いました。

 

ーおまけー

サラリーマン川柳です

 

 

 

 

 

おはようございます雲

 

も~、「夕立」っていったら災害レベル、なんでなん???

そしてまったく涼しくならない。湿度があがるだけ。

 

雨 雨 雨 雨 雨 

盆踊りマスターのぽぽろんさんに叱られそうです( ̄▽ ̄)

落ち着いて思い出せば違う曲だと思うのに

「東京音頭」=「三波春夫さんが歌ってる姿」と頭の中でごっちゃになってました。

三波春夫さんが歌って大ヒットしたのは「東京五輪音頭」ですね。

 

 

 

ウインク簡単な解説です

 

🎐 東京音頭(1933年)
初出:1933年(昭和8年)に「東京音頭」として発売   
※原曲は1932年制作の「丸の内音頭」。

作詞:西條八十/作曲:中山晋平 
歌唱:小唄勝太郎・三島一声(レコード化) 

特徴:都会の盆踊りを盛り上げるために作られた新民謡。

東京の地名が多数登場し、景気づけの「都市の祭り歌」として大ヒット。
発売当時だけで約120万枚を売り上げたとされる。 
現在も盆踊りの定番曲で、東京ヤクルトスワローズやFC東京の応援歌としても使用。 

曲の性格:  「東京の街を元気づけるための盆踊り歌」。
昭和初期の新民謡ブームを牽引し、全国的な“ご当地音頭”ブームの火付け役となった。 

🏅 東京五輪音頭(1963年発表/1964年東京オリンピック)
発表:1963年6月23日(オリンピックデー) 

目的:1964年東京オリンピックの公式テーマ音頭(NHK制定) 

作詞:宮田隆/作曲:古賀政男 
初歌唱:三橋美智也(発表時) 
代表的歌唱:三波春夫盤が大ヒット(1964年末までに約130万枚) 

特徴:レコード会社各社が競作で同曲を発売する異例の展開。
戦後復興を世界に示す大会としての「東京五輪」を祝う国民的応援歌。

曲の性格:  「戦後復興を成し遂げた日本を世界に示すための国民的祝祭歌」。
盆踊り調で親しみやすく、全国的に広く歌われた。

 

ニヤニヤどちらも私の子供の頃(50年前)は盆踊りで流れていました。

東京音頭が昭和生まれなのが意外です。もっと大昔からある曲だと思っていました。

「東京」と聞くだけで、憧れや華やかさを感じて盆踊りも盛り上がった気がします。

 

大阪市内では盆踊りが絶滅した地域が多いんですよ、きっとコロナで中止となり、そのまま消滅したのでしょう。昔は子供の数も多くて、小学校ごとに盆踊りがあって、子供も大人も小学校をはしごする人もいました。

 

うちの息子らの時代でも、盆踊りの日だけは門限がなくて

自転車であっちこっちの小学校をぐるぐる回っていたようです。

もう盆踊り自体が「懐かしい思い出」になってしまいそうです。