おはようございます![]()
昨日うちのお盆の法要が終わりました。
舅の十三回忌も迎えることとなり、ふと「そもそも、なぜ三回忌、七回忌、十三回忌といった法事をするのだろう」と思ったのです。
日本の先祖供養は、単純に「仏教の教え」だけからできたものではないということはうっすらわかっていましたので少し深掘りしてみますね。
日本の「先祖供養」は、実は三つの文化が重なっている
大きく見ると、インドから伝わった仏教、中国の儒教などに見られる祖先祭祀、そして日本古来の祖霊信仰。この三つが長い時間をかけて重なり合い、現在の日本の先祖供養の形が作られていったと考えられている。
そもそも、お釈迦さまの時代の仏教に、現在の日本で行われているような「一周忌、三回忌、七回忌……」という年忌法要の体系があったわけではない。
仏教が中国へ伝わると、儒教文化の中で大切にされていた「親や祖先を敬う」という「孝」という考え方とも結びつき、亡くなった人のために功徳を積み、それを故人に回し向ける「追善供養」などが発達していった。
そして日本には、仏教が伝わる以前から、亡くなった人を「祖先」として祀り、子孫を見守る存在として大切にする、古くからの祖霊信仰があった。
そこへ仏教が入ってきた。
その結果、日本では「亡くなった人を仏として供養する」という仏教の考えと、「先祖を家の祖霊として祀る」という日本古来の考えが、あまり矛盾することなく重なっていったのだろう。
お盆なども、その一例だ。

仏教には「盂蘭盆(うらぼん)」という供養の伝統がある一方、日本では古くから祖先の霊を迎えるという習俗があり、それらが結びついて、現在の日本のお盆の形になっていった。
では、なぜ三回忌、七回忌、十三回忌なのだろう。
これも、仏教の教典に「必ずこの年に法要をせよ」と一律に定められているわけではない。
七という数字は、初七日から始まる七日ごとの供養や、七七日(四十九日)など、仏教の中で古くから節目として用いられてきた。
また、中国の祖先祭祀などの影響も受けながら、日本では三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌……といった年忌法要の習慣が形成されていった。
こうして考えてみると、私たちが何気なく行っている「法事」というものは、単純に一つの宗教の教えだけから生まれたものではないのだと思う。
インドで生まれた仏教。
中国で仏教とともに発展した祖先供養の文化。
そして、日本人が古くから持っていた祖先を大切にする心。
それらが長い年月の中で混ざり合い、今の日本人にとっての「ご先祖さま」という感覚につながっている。
そう考えると、十三回忌というものも、単に「決められた年だから行う法事」ではなく、長い歴史の中で人が亡くなった人を忘れず、節目ごとに思い出してきた、その積み重ねの一つなのですね。
実際お経をいただきながら、私は亡くなった舅のことや、元夫、そして両親を思い浮かべました。












