こんばんは星空

 

このシリーズ1はこちら

 

シリーズ2はこちら

 

 

全く読書感想文になってない、作品紹介だけのブログです。

 

今回は日本の文学で『路傍の石』山本有三 

 1937年昭和12年に『朝日新聞』に掲載が始まる

 1940年に山本は断筆を決意(当時の検閲などのため)

 

 

私が持っていた本はこの表紙のものでした

 

あずき色の分厚い本で、文章も少し古くて読みにくく

読むのに時間がかかりました。

本から漂ってくると思いますが、暗い、つらい、理不尽

そういうことが次々と続きます。

そしてまだ若いのに主人公は自分のことを「路傍の石」(道ばたのただの石)だというのです。

主人公は辛い目にあっても、泣いたりもしますがいつもなんとか立ち直り

また前へ進むのです。

苦心して読んでいると、子供ながらに世間の冷たさ、意地悪さ、理不尽さに打ちのめされて

あげく、この作品は「未完」で終わります。

私が子供の時に読んだときは未完だったとは知りませんでした。

 

Wikiのあらすじを載せます

あらすじ
 時は明治時代の中期。尋常小学校6年生の愛川吾一は成績優秀で度胸もあり、担任の教師・次野に何かと目をかけられていた。

 

しかし吾一の家では没落士族の父・庄吾がろくに働きもせず山林の所有権をめぐる裁判や自由民権運動に入れあげ、母・おれんが封筒貼りや仕立物の内職でようやく生計を立てている状態。

 

成績優秀な吾一だが、経済的な事情から旧制中学校への進学は諦めざるを得なかった。

それを見かねた近所の書店の主人で慶應義塾出身の黒川安吉が学費援助を申し出るが、プライドだけは高く、さらにおれんと安吉の関係を疑う父にはねつけられてしまう。

結局、小学校を卒業した吾一は、父親の借金のカタとして街一番の呉服商・伊勢屋に丁稚奉公に出される。

 

主人や番頭と対面するなり、「吾一」の名前が読みにくいからと「五助」に改名させられた吾一は、主人の機嫌を損ねて辛く当たられ、先輩にいじめられ、辛い奉公生活をおくる。

 

伊勢屋の息子は元同級生で劣等生の秋太郎、娘は吾一の初恋の人・おきぬだったが、今では彼を見下げてやはり辛く当たるのだった[注1]。

 

劣等生だが金の力で中学校に進学した秋太郎の登下校を、吾一はうらめしげに眺める。

そんな中、母・おれんが生活苦の中、心臓発作で急死。

 

母を失ったが、故郷へのしがらみが無くなった彼は東京にいるという父を頼り、伊勢屋から逃亡。

 

上京して父が住むという本郷区根津(朝日新聞連載時は谷中)の下宿屋を訪ねるが、そこで待っていたのは更なる試練だった。

 

根津の下宿屋に父はおらず、吾一は女主人に言葉巧みに丸めこまれて留め置かれた挙句、「小僧」の立場で雑用係としてこき使われる。

 

そのあげく「人質」としての価値が無くなったと判断され、下宿屋を追い出されてしまう。

 

途方にくれていたところで「おともらい稼ぎ」(注:葬式をまわって、参列者のふりをして、まんじゅうなどをもらって生活している)の老婆に拾われるが、

 

その手伝いをしていた矢先に「文選(活字拾い職人)見習い募集」の張り紙を見つけた事で、紆余曲折ありながらも吾一は「印刷工」として、念願の文字を扱う仕事に付き、

 

次野先生との再会と、彼の尽力で夜学に通う道も開け、苦労しながらも一人前の文選工として成長していく。 

 

[注1:ただし、おきぬと違い、秋太郎の方は、吾一が奉公のため伊勢屋に姿を見せた際には「あ、吾一っちゃんだ」と嬉しそうに言っており、番頭にもう友達ではなくただの奉公人なのだからと「五助」と呼ぶ事を強要されて渋々言う通りにするという経緯があり、その後も「五助」と呼ぶ際には気兼ねしている節があった。また、後に吾一が自分の勉強の相手をする事になった際、女中が自分のために持ってくるお菓子を吾一にも分けてくれたりもした。]

 (引用終わり)

 

実は心に重く暗く残っているものの

こうしてwikiであらすじを読むまで、詳しいあらすじを忘れていました。

それにしてもどうしてこの本を買ってもらったのかしら

買ってもらったのはおそらく昔の梅田にあった旭屋書店

母に本を買ってもらうのは、たいていそこでした。

 

夏休みの課題図書だったのかなぁ

きっと読みだしてあまりの暗さにくらくらしただろうな、当時の私

今の書評サイトを見ると、大人になってから再読したら感動したと皆さん書いてらっしゃいます。

今から読んでもいいかもしれませんね。

皆さんの中で、買ったけど、有名だけど、挫折した本ってあったりしますか?