クラクラする頭を振って、微かに震える足を踏ん張り、俺は元来た道を歩き出した。
途端に、今まで煌々と照っていた光がフッと消え、振り向くと、そこにもう桜はなかった。月の白い光だけが細い道を示していた。
…行かなきゃ、大野先生を探しに…
ずっと感じている嫌な予感が更に大きくなっていた。
俺は再び柵を越え、駐輪場から中庭に抜け、月に照らされた特別教室棟を見上げた。どの窓も真っ暗で人の気配はまるで感じない。
外からの入り口は当然閉まっているし、中に入るためには一旦本校舎の中に入らなければならない。
…玄関も閉まってるよな… 誰か先生に頼まないと…
頼める先生と言えば小林先生しかいない。
彼女の丸いメガネの顔が浮かんだ時、どこからかブーと低い音が響いて聞こえた。規則的に鳴り続けるその音で、俺はどこか近くでケータイがマナーモードで鳴っているのだと気づき当たりを見回した。
それは探さなくても、すぐ足元の植え込みの中で光って存在を知らせていた。
…なんでこんなとこに…
枝の中に手を突っ込んで拾い上げ、まだ鳴っているその明るい画面を見ると、いく筋にも入った ひびの中に『小林先生』の文字。
…小林先生から着信?
このスマホって…
びっくりしてスマホを裏返すと、そこにはあの餃子のシールが貼られていた。
…大野先生の…
なんで、どう言うことだ
考えている間もスマホは鳴り続け、俺は画面の受信マークをスライドさせ耳に当てた。
『もしもし大野くん? やっと出た! どうしたのよ、今どこ?』
途端に小林先生の声が早口に捲し立てた。
「小林先生、」
俺が呼ぶと、
『え? 誰?』
先生の声が動揺したモノに変わる。
「俺です、二宮」
『二宮くん? え、これ、大野くんのケータイよね? 今一緒にいるの?』
「一緒じゃない、俺いま、中庭にいるんだけど、このスマホ、植え込みの中に落ちてて。きっと大野先生になんかあったんだよ、早く探さなきゃ… 先生、入り口の鍵開けてよ、早く!」
『ちょ、ちょっと落ち着いて、二宮くん! 入り口の鍵ってどこの?』
「特別教室棟。そこでいなくなったんでしょ? 落ち着いてらんないよ、すごく嫌な予感がする」
そう言って、俺は大野先生のお姉さんに会った事、お姉さんが先生がストーカーに狙われているんじゃないかって心配していたことを一息に話した。
『待って待って、ストーカー?』
「不審なメールや電話が何度も来てたって。だから」
『分かった、でもちょっと落ち着こう。特別教室棟の中は片付けが終わった後、私が最後に全部見回ったけど誰もいなかったよ』
「隠れているのかも知れない」
『別の場所だったらどうするの。無闇に探しても時間が過ぎるばっかりだよ』
「だったらどうすれば!」
『落ち着いてって。キミが今話してるのは大野くんのスマホなんでしょ? その中にきっと手掛かりがある』
「先生のスマホ…」
俺は通話中のスマホを見つめ、必死に頭を巡らせた。
『とにかく、職員通用口まで来て。今開けに行くから』
スマホから聴こえた声に俺はハッとなり、
「分かった」
大声で返事して本校舎に向かって駆け出した。
⭐︎
職員通用口に着くと、ほぼ同時に小林先生がドアを開けて俺を中に通した。
先生はとにかく保健室へって言いながら俺を小走りで先導した。
「でも先生、スマホ、ロックが掛かってるよ」
保健室に向かいながら、俺は大野先生のスマホを操作し、それを確認して そう告げた。
「まぁ普通そうよね。パスワード、何か心当たりある?」
「いや… でも大野先生だったら単純に誕生日のような気がする」
「そうね、私もそう思う」
話している内に保健室に着き、先生がドアを開け俺を先に中に通した。
保健室の中は暖房が効いていて、先生は放課後からここにいたのだと分かる。
「で、知ってる? 大野くんの誕生日」
言いながら小林先生が俺に向けて手を差し出すから、俺はその手に大野先生のスマホを乗せた。
「…知らない」
そう言われると、誕生日も血液型もなんにも知らない。
俺はテーブルに鞄を置いて俯いた。
「私も知らないんだよねぇ… 聞いたことある気もするんだけど」
スマホを確認しながら小林先生が言い、
「他の番号って可能性もあるけど、誕生日から試すのが無難かな」
事務机のパソコンの前に座り、既に立ち上がっているその画面を見ながらマウスを操作し始めた。
「どうするの?」
後ろに立って画面を覗き込み、尋ねると、
「解析ソフト、作ったのがあるから試してもいいんだけど時間がかかるし… やっぱり職員名簿かな」
小林先生は独り言みたいに言ってパソコンをカチャカチャし始めた。
「また侵入するってこと?」
「だってそれしか。今はプライバシーの問題で昔みたいに住所や電話番号まで入った名簿配ったりしないのよ」
「それは前に大野先生の住所調べてもらった時に聞いたけど」
「職員のデータは学校の偉い人だけが管理してるから、そこにちょっとお邪魔して…」
小林先生が楽しそうにハッキングを始めた時、
「…待って、もっと早い方法がある」
俺は閃いて、先生の手を止めた。それから学ランの胸ポケットに入れていた名刺を取り出した。
「なに?」
小林先生が俺の手元を見て尋ねる。
「大野先生のお姉さんの連絡先、教えてもらったんだ」
答えながら俺は鞄から自分のスマホを取り出し、手書きで書かれた番号に急いで掛けた。
5回目のコールの後、
『…もしもし?』
相手が分からなくて探る口調で聡美さんが出た。
「俺です、二宮です、さっき、一緒だった」
慌てて名乗ると、
『ああ、二宮くん』
聡美さんは安心した声になり、
『さっそくどうしたの? 智に会えた?』
彼女も早口になって俺に尋ねた。
「それはまだ… で、あの、大野先生の誕生日を教えてもらいたくて」
『智の誕生日? 今月の…11月26日だけど、それがどうしたの?』
「11月26日だって」
俺は小林先生に向かってそう告げ、
「ありがとうございます! あとで、ちゃんと話します! 失礼します」
聡美さんにはお礼を言って電話を切った。
その間に小林先生は大野先生のスマホを操作し、
「開いたよ」
その画面を俺に見せて笑った。
⭐︎
小林先生がスマホをパソコンに繋ぎ、中のデータをディスプレイに映し、それを調べていく。
大野先生のスマホの中を勝手に見る罪悪感が胸をチクチクさせるけど、背に腹は変えられない。先生が見つかって会えたら、ちゃんと謝ろう。
「これか… ストーカー…って」
喰い入るようにパソコンを見つめていた小林先生が唸った。
「なに、何が分かったの?」
俺も画面を覗き込むと、そこには膨大な量の画像が貼り付けられていた。
それは全て、日常の大野先生の写真。明らかに隠し撮りされた、無防備な表情ばかり。
「なんだ…コレ」
俺は息を飲んだ。
「こうやって、自分はいつでも貴方を見てますよってアピールなんだろうね」
小林先生が苦い口調で言った。
「こんな… 送り主は?」
尋ねると、
「これ、LINEの写真履歴。相手は… 神宮…くん…」
先生は深くため息をついた。
そんな先生を横目に、俺は「やっぱり」と呟いた。
「やっぱり? 気づいてたの?」
「うん、でもそれより、先生がどこにいるか手掛かりになりそうなものは?」
俺がせっつくと、
「これ見て、神宮くんとの最後のやり取り」
先生はパソコンの画面を俺に向けた。
そこにはLINEのトーク画面があり、
『文化祭のあと、格技室に二宮先輩を連れて来てね。来ないとどうなるか分かるよねw』
吹き出しの中にそう書かれていた。
「は? 俺? なんで?」
いきなり自分の名前が出て来て、俺は狼狽えて画面を見つめた。
「遡って見てよ。神宮くん、大野くんを脅してたみたい」
小林先生はマウスを操作し、やり切れないと言うように、またため息をついた。
神宮とのやり取りは、最初は数学を教えて欲しいとか、そんな他愛のない会話で始まっていた。
何度目かのやり取りのあと、
『ひとりだけ特別扱いは出来ない。だからメッセージも控えるように』
の言葉を見つけ、
「あ、これ、俺が送ったヤツ」
俺は それを指差して呟いた。
そこで一旦会話は途切れ、しばらく日にちが空く。
それから2ヶ月ほど何の音沙汰もなかったトークにいきなり写真が添付される。
それは大量に続く写真写真写真。
学校の廊下を歩く大野先生。
中庭でうとうとしている大野先生。
音楽室でピアノを弾く大野先生。
コンビニにいる大野先生。
結婚式場に向かう大野先生。
バス停で俺と並んでいる大野先生。
電車に乗る大野先生。
駅前を歩く大野先生。
ラーメン屋から俺と出て来た大野先生。
公園で俺を抱きとめている大野先生。
家を出る大野先生。
家に入る大野先生。
玄関先で俺と向き合ってる大野先生。
俺がギュッと抱きついて、泣きそうな顔してる、大野先生…
その写真の後、
『これ、学校とか教育委員会に送ったら、どうなるかなw』
神宮はそう締め括っていた。
つづく
今週も読んで頂いてありがとうございます!
無事にアップ出来ましたw
そして今回でなんと!
40話!!!
頑張れ私!
ありがとうございます!
ありがとうございます!
コメント開けてます!
そして
そして
King gnu 紅白初出場おめでとう!!
🎉