春雷 35 | 背徳的✳︎感情論。














すっかり暗くなった空の下、沈んだ気持ちで帰路につく。

駅前の商店街の明かりが いつにも増して眩しくて、騒がしくて、茶化されているような、そんな気分になってどんどん身体が重くなって俯いて歩く。

文化祭も終わり、明日は休日。

普通ならもっとテンションが上がってるハズなのに、高橋の泣き顔とか、大野先生への諦め切れない気持ちとか、色んなモノが頭の中で渦を巻いていた。

それに最後に見た神宮のニヤついた笑み。

アレが俺の沈む心に拍車を掛けた。


アイツなんであんな所に居たんだろう


本来なら自分のクラスの片付けをしていないとオカシイのに。


考え出すとまたあの嫌な顔が思い出されて俺はブルっと頭を振った。


帰ろう。とにかく。


大きく ため息をついてから駅への入り口を潜ろうとした、その時、

「あっ! キミ!」

どっかで誰かを呼ぶ甲高いが響いた。


うるせぇ声だな。

そうは思ったけれど自分には関係ない。そのまま歩き続けていると、

「ちょ、待って、キミ! そこの男子高校生!!」

変な呼び方が聴こえ、思わず立ち止まって周りを見回した。

「そう、キミキミ!」

そんな俺を指差しながら、スーツ姿の女性が駆け寄ってくる。

「え、俺?」

キョトンとして首を傾げる俺にその人は大き頷いて、

「うん、キミ、前にウチに来てた子だよね?」

彼女は確信に満ちた瞳でそう言った。

「はぃ? 家に?」

全く心当たりはなく、俺は少し引いて彼女を上から下まで眺めて見た。

年は20代後半だろうか。黒のパンツスーツに黒縁メガネ。奥二重の上品な顔立ち。髪はポニーテールにしていて、装飾品は何もない。化粧も派手過ぎず薄過ぎず、肩に下げた大きな鞄も相まって いかにもキャリアウーマンと言う印象。

少なくとも俺には、こんな年上の女性と知り合う機会はまずない。


「えっと人違いだと思うんデスケド

益々首を傾げてそう告げると、

「えぇぇ、そんなハズないよ、キミでしょ」

彼女はメガネの奥の円い瞳をパチパチさせて俺に顔を近づけた。

身長は俺とそんなに変わらない。

俺はそんな彼女の肩をそっと押さえ、

「そうは言われましても俺には心当たりが

視線を空に泳がせて言った。しかし彼女は一歩も退かない。

「いや絶対キミだって。9だったかな、ウチに来たでしょ?」

9?」

「どうしても2人で話がしたいって、智に」

「さとし?」

「そう!」

そこまで言われて、ようやく俺の頭に一つの可能性が浮かんだ。


「ひょっとして大野先生の、」

彼女

自分で言いながらギョッとした。

そう言われれば、あの時見た顔と同じ気がする。服装が違い過ぎるしメガネもしていなかったから全く分からなかった。

「そうそうそう! ほらやっぱあの時の子じゃん。智の生徒さん」

彼女は「あっはっは」って豪快に笑って俺の肩を叩いた。その力が結構強くて俺はヨロけて「痛ッ」と小さく呻いた。


このノリ小林先生みたいだ


大野先生、ホントに小林先生がタイプだったのか。

そんな事を思いながらも、

「で、俺に、ナニカ」

声をかけられる覚えはないぞ、と低い声で尋ねた。


「あ、うん、いきなりゴメンね。最近 智の奴、ちょっと様子が変であ、いや、アイツが変なのは昔からなんだけどさ。最近一層変だから、学校でなんかあったのかなって気になっててね」

彼女はそれまでの朗らかな表情を消し、メガネを指で押し上げ、真面目な顔で俺を見た。

でも俺には彼女が言った「昔から」って言葉に、そんなに前から付き合ってるのかと、絶望に似た嫉妬を覚えていた。


「で、キミを見かけたからついキミなら何か知ってんじゃないかなと」

「はぁ

「学校での智、どう?」

俺に尋ねながら、彼女は重そうに鞄を掛け直した。

「どうって言われても俺、先生には習ってないんで」

「習ってない?」

「あ、えっと、俺、今2年なんですけど、先生は1年の教科担当で」

「じゃあ、智に話があるって、わざわざウチに来たのはどう言う用件だったの?」

「それは

矢継ぎ早に質問されて俺は言葉に詰まった。

そんなことはとても説明できないし、信じても貰えないだろう。

それに大野先生の様子が変なのは、俺のせいかも知れないのだ。


「えぇっとぉ

何とか何か返そうと思うけれど何も思いつかない。

彼女の瞳が不審気に曇る。

その上、駅前は帰宅の学生やサラリーマンが増えて来て喧騒が大きくなっていた。


最近、智のスマホに変なメールがしょっちゅう来てるみたいなんだよね」

俺が何も言わないからか、彼女は話のアプローチを変えてそう言った。

「変なメール?」

それは俺じゃない。

「うん。9月の終わり頃からキミが来た後からだと思う。頻繁にメールが来るようになって」

「そんな、俺じゃないですよ」

メールが来ると、智、見た事ないような険しい顔になるんだよねそれで気になって一回覗き込んだら、『何でもない』って隠されてさ。それからはトイレにもスマホ持って行くんだよ? それまではその辺にポイポイ置いてたのに」

それって、つまり、浮気とかじゃないんですかね」

そもそもなんで俺が俺の失恋の原因のこの人の相談を受けないといけないのか、そんな気持ちもあって 素っ気なく言い放つと、

「え、智、彼女いるの?」

彼女はメガネの奥の瞳を真ん丸にして俺を見た。


は?」

「え?」

「いやえ?」

「え?ってなに。智に彼女なんているの?」

「え、だから、彼女なんでしょ?」

「そのメールの相手が?」

「いやいやいやいや」

「ちょ、なに言ってんのか分かんないんだけど」

「それはこっちのセリフです」

「いやいやいやいや」

「いやいやじゃなくて! 貴女が大野先生の彼女なんでしょ!?」

拉致があかない会話に痺れを切らし、俺は声を荒げてそう言った。


「は?」

彼女の目が点になる。

「ごまかさなくても大丈夫ですよ。一緒に住んでるのも知ってるんだし」

ちょっと苛立って顔をしかめると、

「そりゃ経済的な事情でって、は?」

彼女は混乱しているのか、俺の顔を見たまま瞬きを繰り返す。

無言の時間に電車が到着したのか人の往来が激しくなり、道端で話している俺たちを避けていく。


「えっと、ちょっと待ってねえぇっと、キミは私が智の彼女だって言ってんの?」

そうなんでしょ?」

俺にそんな事訊くなよ、そんな気持ちが ため息になって出た瞬間、

「ちょ、ヤダ、やめてよ気持ち悪い!」

あははッってまた豪快に笑いながら、彼女が俺の肩に力いっぱい張り手した。

「痛ッ、ちょ、やめて欲しいのコッチなんですけど」

「だってキミが気持ち悪い事言うから」

「気持ち悪いって何が、」

「私と智が付き合ってるとか、ないわー」

「だって一緒に住んで

俺が反論しようとした時、俺の肩に通りすがりのサラリーマンの肩がぶつかった。慌てて「すみません」って頭を下げた俺に、

「ねぇ、ちょっと時間ある? こんなとこで話してないで何処かに入ってゆっくり話そう」

彼女は顔を寄せて言い、強引に俺の手を引いて商店街の方へ歩き出した。












つづく




月魚



今週も読んで頂いてありがとうございます!


やっと佳境に入りますよー滝汗


広げた風呂敷を回収して行きますよー


終わりが見えて来ました(ウソ)


無事着地出来るように祈ってクダサイ!




そしてそして


どなた様にも

台風の被害がありませんように。。