それからの俺は、それまで無理に空元気を続けて来た反動もあって、無気力で何も出来ず、ぼんやりした日を過ごした。
そして迎えた文化祭当日。
俺は他の男子同様、女子の言うなりににメイドの格好をさせられ、カフェと言う名の教室で接客をしていた。
メイドって言っても百均で買える白いエプロンのついた黒いメイド服だから薄くてペラペラで、清楚な感じは まるでない。人生初のスカートは素足に貼り付いて気持ち悪いし動きにくくて仕方なかった。
その上、女子たっての希望で着けたネコ耳のカチューシャは男子のプライドを ことごとく削っていった。
その2つのアイテムを男子全員分揃えただけで、うちのクラスの予算は殆ど底をつき、カツラまでは揃えられないから地毛を女子の手によってアレンジされ化粧を施された。
女子は自前の服でウェイターの役をする事になった。
もちろんメイド服が入らない規格外男子もいて、そいつらもウェイターに回された。
そんな安っぽいメイドカフェでも、世の中の女子は よっぽど女装男子が好きなのか、それなりに好評で客足は途切れることがなかった。
☆
慣れない接客に疲れて来た頃、
「二宮くん、休憩、次、私と二宮くんの番だから、そろそろ…」
高橋がモジモジした様子で声をかけて来た。
「休憩? やった、疲れたよ〜」
俺は素直に喜んだ。
「でね、あの、一緒に、回らない?」
そんな俺に高橋は益々恥ずかしそうに俯いて そう言った。
「あ…」
そうだった…
どうしよう…
俺は高橋から視線を逸らせて断る言葉を探した。
「えっと…」
「もしかして、誰かと約束してる?」
「いや、そう言うわけじゃない、けど、」
「私と一緒じゃ嫌かな…」
小声になって俯く彼女に胸が痛んだ。
…そうだよな
ずっとはぐらかされて…
好きな人に冷たくされるって
辛いよな…
ズキンズキンと心臓の痛みが俺を締め上げる。
彼女の気持ちが、俺には分かるから。
「嫌、とかじゃなくて… ほら、俺、こんな格好だから」
俺はスカートを摘んで足をクロスさせ、
「高橋が恥ずかしいんじゃないかと思って」
首を傾けて おどけて言った。
彼女はパッと顔を明るくし、
「そんな事ない! だってすっごく似合ってるし!」
頬を染めて熱弁してくれた。
「似合ってるって言われても… 嬉しくない」
あははって笑って返すと、
「ホント似合ってるよ! この中で1番可愛いと思う」
彼女は益々熱を込めて言った。
その顔や仕草から俺の事を想ってくれてるのが伝わって来て、可愛いく見えてしまって戸惑う。
「そう…? 高橋が嫌じゃないなら…じゃあ一緒に回ろっか」
「ホント?!」
弾んだ声で微笑まれ、俺の胸も高鳴った。
「うん、どっか見たい所ある?」
「あのね、今年の先生たちの模擬店お化け屋敷なんだって。すっごく怖いって評判になってるの、知ってた?」
「そうなんだ?」
「プロジェクト…マッピング? そう言うの、ちゃんとした機材を使ってて、今までと全然違うんだって」
「…プロジェクションマッピングね。マジで?」
そんなこと考える奴って言ったら1人しかいない。
「保健室の小林先生が監修してるらしいよ。機材も先生のツテで用意したって。なんかすごいよね」
やっぱりね、って言いそうになるのをグッと堪え、
「それは見てみたいな」
俺は乾いた笑みを浮かべて頷いた。
☆
3年生の模擬店で焼きそばを食べた後、俺は高橋と先生主催のお化け屋敷がある特別教室棟へやって来た。
一階から三階までの全ての教室をお化け屋敷にしているようで、かなり規模が大きい。
特別教室は怪談の定番、音楽室や理科室が含まれているから否が応でも期待が膨らむ。
その反響を物語るように、入り口には大勢並んでいた。
…さすが小林先生…
てか俺、怖いの苦手なの忘れてた…
今更引き返せないので列の最後尾に並ぶ。
メイドの格好のせいでチラチラと好奇の視線が突き刺さるけれど、そんなのはもうどうでも良かった。
隣の高橋を見ると期待に満ちた目をキラキラさせている。
「…高橋、お化け屋敷とか好きなの?」
思わず尋ねると、
「大好き! ワクワクするよね!」
元気いっぱいの笑顔が返って来た。
「だ、だよね〜」
あははは…と、俺は やっぱり乾いた笑みを返すしかなかった。
入り口のドアの前では血塗れの白衣を来た先生が順路の説明をしていて、先生も大変だな、なんて思っていたけれど、俺たちの順番が近づいて来てそれが大野先生だと分かった時、俺は軽くパニックになった。
あれ以来、大野先生には会っていない。なのにいきなり、しかもメイド服、かつ女の子一緒のところを見られるとか ありえない。
逃げたい気持ちでいっぱいの俺に容赦なく順番は回って来た。
「…了解。じゃあ合図来たら次入れます」
中の人と連絡を取っているのか大野先生は横を向いていて俺にまだ気づいていない。彼の手の中のスマホに目をやると、あの餃子のプクッとしたシールが指の間に見えた。
「はい、じゃあ次の人…」
言いながら振り向いた大野先生が俺を見て目を丸くした。
「にの、みや…?」
「…はい」
「なに、その格好…」
「メイド、でーす」
俺はヤケクソになって、さっき高橋にもして見せたように、スカートの裾を摘んで持ち上げ足をクロスさせて首を傾けた。
「あははッ、なに、なに、なんで」
そんな俺に先生はやたら食いついて笑った。
…この前はあんな顔したクセに…
あのカサついたキスを払拭するほど俺の女装は面白いのかよ…
「うちのクラスはメイドカフェなの! 趣味じゃないからね?」
ムッと眉間にシワを寄せて、俺は苛立っていることをアピールしているのに、
「あー…あははッ、似合う似合う。可愛いじゃん」
先生は気にも止めないで笑い続けた。その笑いにかぶさって、
「ホント、超可愛いっすね。隣の人、二宮先輩の彼女っすか?」
間延びした声がいきなり割り込んだ。ビクッとして、そっちに顔を向けると、いつの間に来たのか神宮が側にいて俺たちを見下ろしていた。
「…彼女じゃねぇけど」
俺は舌打ちしそうになるのを堪えて神宮から顔を逸らした。
高橋が真っ赤になってアタフタしているのが分かり、下手に否定するとまた彼女を傷つけちゃうなって口を噤んだ。大野先生も笑いを引っ込めて押し黙っている。
「へぇ… でもこのお化け屋敷のドキドキで恋が燃え上がりそうっすよね。いいなぁ、リア充で」
神宮だけが綿菓子を片手にニヤニヤしながら軽薄な言葉を口にするから、苛立って睨んで見上げた時、どこからかカラランと乾いた金の音がした。
「あ、合図来た… えっと、順路、矢印に沿って行ってもらって、上まで行って西階段で裏口に…そこがゴールだから。えっと、気をつけて… その、中、暗いから… うん」
大野先生の辿々しい説明。
俺はそれを聴き流して、
「んじゃ行こう」
俺は見せつけるように高橋の手を取って、勢いよくドアを潜った。
つづく
今週も読んで頂き
ありがたき幸せにございまする。
しかしながら辛い展開になりそう…?
でも頑張って読んでくださいね
そして『おっさんずラブ』
マジで辛い…
そんな時はアニメ見ようアニメ!
今日は鬼滅の刃だ٩( ᐛ )و